花と犬
好きだというのは、自分が女だからこそではないか。つまり、自分にとってはいちばんの友達だと思っていた相手は、自分のことを女としてしか見ていなかったのだ。
くやしいと、ふたたび桂は思った。
また、銀時が口を開く。
そして。
「俺ァ、おまえに、俺の嫁さんになってほしいんだ」
ふざけるな、と桂は思った。
が、その直後、言われたことが頭によみがえり、銀時に怒りをぶつけようとしていた身体の動きがぴたりと止まる。
嫁さんだって?
桂は眼を丸くする。
なぜ、いきなり話がそこまで行くのか。いくらなんでもそれは飛躍しすぎではないのか。
あっけに取られ、頭にのぼっていた血が引いていく。
少し冷静になり、銀時を観察する。
銀時は眼を逸らし、うつむいた。
その顔は真っ赤だ。まるで茹で蛸のようだ。
それはそうだろう。銀時の性格を考えれば、ついさっき言ったような台詞を口にするのは、すごく抵抗のあることで、ものすごく恥ずかしかったに違いない。
だいたい、松陽や塾生たちのいるところで桂の手を引っ張ってその場から離れるときも、耳を朱色に染めていた。あれも、そうとう恥ずかしかったのだろう。
今はそれ以上だ。顔から火がでる、という表現がぴったりな状況なのではないか。
桂の心はきゅんと収縮した。まるで甘酸っぱいものでも食べたような気分だ。
あれほど憤っていたのに、本気で絶交するつもりだったのに、怒りは消え去ってしまっていた。
なんだこれ、と自分でも自分の心の変化がわからない。
「銀時」
口がいつのまにか動いていた。
「嫁は無理だ」
すると、銀時が弾かれたように顔をあげた。強い衝撃を受けたような表情をしている。
うっ、と桂は内心うろたえる。
いつもは、やる気というものが全然なさそうで、喜怒哀楽をあまり表に出さない、格好つけたがり屋の銀時が、今はここまで余裕を無くして、ここまで素直に感情を顔に出している。
それは自分に対する恋心のせいらしい。
そんな純粋な想いを眼のまえにして、混乱する。
照れくさい。
妙に落ち着かない。