花と犬
銀時は手を放そうとはしない。歩く足を止めようともしない。
「放せ!」
もう一度、桂は言った。
しかし、銀時は桂の手を強く引っ張って歩き続ける。
腹が立って、桂は握られた手を大きく激しく振って、銀時の手から逃れようとする。
だが、振りほどけない。
桂は口を引き結ぶ。
力の差を感じた。その差の大きさを見せつけられたような気がした。屈辱的だった。
黙々と進む少年は出逢ったばかりのころと比べるとあたりまえのことながら成長していて、単に背が伸びただけではなくて、たくましい身体になりつつあった。
一方、自分は、少年のように振る舞っていても、男物のきものの下の身体は少女のものでしかなくて、しかも、それは日に日に女らしさを増していた。
いくら眼のまえの少年のような身体になりたいと欲しても、努力しても、それを得られることはないのだ。
くやしいと思った。
けれど、どうにもならなくて、炎天下、桂は銀時に手を引っ張られて歩き続ける。
太陽はそちらのほうに眼をやるのも厳しいほどに輝き、地上に照りつけている。しかし、道沿いにある田圃の青々とした稲はその光を喜ぶように葉の先端を真っ直ぐ空へと伸ばしている。
銀時は神社の奥の雑木林に足を踏み入れると、ようやく立ち止まり、桂の手を放した。
雑木林の中には影が落ち、あたりの気温が少し下がったのを桂は感じる。
どこかで蝉が鳴いている。
銀時が身体ごと桂のほうを向いた。
桂は真正面から銀時をにらんだ。
そして、言う。
「絶交だと言ったはずだ」
すると。
「んなの知るかよ」
銀時は吐き捨てた。
自分の言ったことを乱暴に打ち消されて、桂の頭にカッと血がのぼる。
「なんだと!」
「だって、イヤだからな」
「ふざけるな」
「ふざけてなんかいねーよ」
銀時は挑むような強い眼差しを桂に向ける。
そして。
「俺ァ、おまえと話ができねーのはイヤだ、一緒にいられねーのはイヤだ、無視されんのはイヤだ、だから、絶交なんて、絶対ェ、イヤだ!」
そう一気にまくしたてた。
「なっ……!」
勝手すぎる言い草に驚き、あきれ、怒り、桂は言葉を喉に詰まらせる。
銀時はさらに言う。
「おまえのことが好きだからだ」
あのときと同じ台詞だ。
桂はますます憤る。