花と犬
だが、と銀時は桂を眺めつつ思う。
知ってしまった今となっては、以前は桂を男としてしか見ていなかったのが嘘のように、どこからどう見ても桂が女に見える。
けれど、そのことを桂には言わないほうがいいだろう。
「……まァ、話したところで、みんな、なにバカなこと言ってんだって笑うだけだろ」
銀時は軽く言った。
すると、桂の眼がふたたび銀時のほうに向けられた。
「……ああ、そうだな」
しばらくして、桂はそう返事した。さっきまでの重苦しいほどの堅い表情がほんの少しだけゆるんでいる。
「じゃあ、帰ェるか」
「ああ」
ふたりそろって歩きだす。
雑木林を出た。
まだ山の向こうに沈もうとしない太陽は明るく熱い陽ざしを地上へと降りそそいでいる。
「あ、そうだ」
ふと、桂がなにかを思い出したように声をあげた。
「なんだ」
「おまえ、先生に向かってテメーなどと呼ぶのは非常に失礼だ。ちゃんとあとで謝罪しておけ」
「……ホントしつけェな、おめーはよォ」
「礼儀というものは大切なんだぞ!」
桂はきりりとした表情を銀時に向けた。
生真面目で、えらそうだ。だが、それが、いつもの桂であって、なんだか銀時は安心した。
太陽が天頂にじわりじわりと近づいている。
その強烈な光が降りそそいできて、肌を焼く。
桂は汗を手ぬぐいで拭いた。ただでさえ、暑いのに、運動をしたあとだから、いっそう暑い。
今日は朝から、この塾の庭で松陽の指導のもと剣術の修練をしていた。
「あっちーよなァ」
銀時がだるそうに言って、地面に座りこむ。袖口を肩までたくしあげて腕を全部出してしまい、手をパタパタ振って、大きく開いたきもののまえからのぞいている胸元へと風を送っている。
その様子を桂は眺め、うらやましく思う。自分はあんなだらしのない格好はできない。
きっちりと襟を合わせたきものの下で、汗が肌を流れ落ちるのを感じた。
「ほんとうに暑いですね」
松陽が銀時に同意した。しかし、涼しい顔をして立っているので、説得力がない。
「そうだ」
ふと、松陽がなにかを思いついたような顔をする。
そして。
「汗をたくさんかきましたし、これから、川に行って、水泳の修練をしましょう」
そう提案した。
途端に、子供たちは顔を輝かせた。川の冷たい水の中に入ると気持ちがいいから、嬉しいのだ。
しかし、桂は表情を強張らせた。水泳の修練、それはもちろんきものを着たままでは行わないだろう。つまり、きものを脱がなければならないはずだ。それは、困る。だが、困るとは松陽に言えない。その理由を話せないのだから。
どうすればいい、と桂は悩む。