花と犬
頭の中が真っ白になった。なにも考えられない。
眼がひたすらに桂を見ている。
強い意志を宿した黒目勝ちの眼、その瞼を縁取る長い睫毛、すっと綺麗な線を描いた鼻筋、その下にある柔らかそうな紅い唇。
触れたいと思った。
触れたくて、しかたない。
次の瞬間、身体が動いていた。
「銀時?」
気づけば、間近に桂の顔があった。それは自分が桂との距離を詰めたからに他ならない。無意識のうちにしたことだった。
桂の眼が驚いたように大きく開かれる。
こんな近くまで銀時が迫ってきているのだから、困惑してとうぜんだ。
これ以上、近くづくのは不自然だから、近づくべきではないだろう。
けれど、銀時はさらに距離を詰めた。
桂に触れる。
とっさに身を退いた桂を、とらえる。
その顎をおさえ、顔をぐっと近づける。
ふっくらした唇に、自分のそれを押しつける。
「っ……ううっ……!」
桂がうめいた。
寄せられた銀時の身体から逃れようと暴れる。
身体を押しもどされて、銀時は至近距離にある桂の顔をじっと見る。
桂の大きな瞳が銀時を見据える。その頬は朱い。
心臓が胸の中で強く打っている。
早鐘のように鳴っている。
俺はこいつのことが好きなんだ。
そう、わかった。
ふたたび迫る。
「嫌だ!」
桂は拒絶した。
その身体をとらえる。樹の幹に押しつけ、逃げられないようにする。
そして、無理矢理、くちづける。
奪った唇の感触を口で感じる。
その柔らかさに、心が舞いあがる。
もっと強く感じたくて、吸ってみた。
自分がおさえこんでいる華奢な身体がビクッと震えた。
体温が上昇する。
興奮し、いっそう強く求める。
しばらくして、桂を解放した。
銀時は深く息をつく。
それから、桂を見た。
驚いた。
桂は樹の幹にぐったりと背を預けて座っていた。うつむいたその顔は真っ赤だ。
その上気した頬に光るものがあった。
涙だ。
桂が泣いている。
泣くのを、初めて見た。