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自分らしく
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彼方から 第一部 第七話

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 何も出来なくて、ただ心配そうに自分を見守るノリコをどう思ったのか……イザークは一瞥した後すぐに、顔を背けていた。

   *************

「そうか、野郎……引き受けやがったか」
「一人でおれ達を退治なさるってか?」
「けっ!!」
 盗賊達のアジトであろうか、上座に座る頭の元、その前には豪勢な料理が並び、何人もの手下たちが酒を飲み、食べている。
 洞穴を利用したのか、それとも、土壁を掘り進めたのか、荒い土壁がむき出しになっている。
 盗賊達が屯するのにはお似合いの場所かもしれない。
「ばかやろう、侮るな。奴は並みの野郎じゃねぇぞ」
 誰もが、たった一人で盗賊退治を請け負った渡り戦士であるイザークを小馬鹿にし、端から舐めてかかっている。
 彼と直接刃を交えた頭だけが、その強さを分かっていた。
「いい格好だな、頭。あんたを傷つけることができる人間がいるとは思わなんだ」
 床に並べられた料理の向こう、頭の眼の前に二人の男が立っている。
 慣れ親しんだもの同士なのだろう、言葉を飾らずにそう言っている。
「世の中は広いということだな、ここに来る途中にも……」
 そう言って思い返すように自分のたるんだ顎に指を寄せる年配の男。
 ケイモスが、軍の兵士をその技で殺している所を、見ていた男だった。
「なに?」
「ああ、いや、なんでもない」
 頭の追及を、さらりと躱す年輩の男。
「確かに、あのイザークと言う男はできますね。気配を消していたつもりなのに、ドアの外にいたおれに気付きやがった」
 年配の男の後ろに控えていた若い男がそう言ってくる。
 彼も、年配の男と同じく、ケイモスの所業を見ていた者だ。
「だが、今なら奴はひどく弱ってんですぜ、わけのわからん病でさ」
 そう、自分の仕入れた情報を自慢げに話しているのは、宿番の男――ハンと言う名の若い男だった。
「満足に動ける状態ではないと言ったな……」
 肩に小動物を乗せたまま、頭はそう言ってハンを見据える。
「だが、一日か二日すれば回復すると聞いた、そうなれば、少々やっかいではないかな」
「ああ」
 年配の男は、頭にそう進言する。
「町の自警団は、前につぶしたっけな」
「ああ、わしの密告で――その首謀者を、あんたが殺った」
「町の奴らはふぬけばかりだ。町中におれ達が出ても何もできまい」
「夜ならハンが宿にいる。十分手引きできるさ」
 男の言葉に、頭の口元に不敵な笑みが浮かぶ。
 至極当たり前のように交わされる二人の会話には、罪悪感の欠片もない。
 自分達の利益の為に人の弱点を突き、陥れ、謀を企てる。
 邪魔となる者はすべて消し去る、利用できるものは全て利用する。
「ただし、いつものように報酬は貰うぞ」
 それが、二人の関係なのだろう。
 悪人同士の、持ちつ持たれつの関係。
「こいつがわしの使いっぱしりをかってでるのも、楽に大金が入ればこそだからな」
 男の後ろに控え、そう言われるハンも、それが当然とばかりに笑みを浮かべている。
「いいともさ、町であんたという商人が情報屋をやってくれているのでこっちも助かる。それになんといっても……」
 真面目に働いている人間が稼いだ金を奪い、その商品を奪い、その命を奪う――その人の人生を、根こそぎ奪ってゆく。
 そんな所業が、『楽に』大金を手に入れる方法だと、彼らは言い、思っている。
 自ら望んで、外道へとその身を落としている。
「この可愛いやつをくれたのは、あんただからな」
 目の前に置かれている大皿から肉片を毟り取り、頭は肩に乗せた小動物にそれを与えた。
 鋭い爪と牙を持ち、眼つきも鋭いこの小動物を、頭は何よりも大事にしているようだった。
 ガツガツと、肉片を貪り食べる、この動物を……

   *************

 背の高い植物が葉を茂らせ、陰を作っている。
 そよ吹く風がその葉を揺らし、ざわめいている。

 ――おかあさん……

 少年が一人、そのざわめきを聞きながら母を呼んでいる。
 明るく、暖かな陽射しの中振り向き、周りを見渡し、そこに居るはずの、当然与えられるべき自分に応える声を、捜している。

 ――おかあさん、どこ……?

 真白い空間に一人、少年は佇み、母を捜し、呼んでいる……

 ――きゃあああっ!
 ――いゃああ、寄らないで!

 だが、霞がかかるように広がる薄闇の中、少年に応えたのは母の悲鳴――拒絶の言葉。

 ――おかあ……
 
 それでも少年は、母を求め、手を差し伸べる。

 ――近寄らないで、イザーク!!

 自分の名を口にしながら、更なる拒絶を示す母。
 差し伸べた手に、応えてくれる手は無い。

 ――おお、おお……わたしが愚かだった。
 ――富と繁栄を引き換えに、こんな子を……
 ――ああ、恐ろしい…………

 両手で顔を覆い泣き崩れ、後悔に苛まれている母。
 母にそんな思いをさせているのは自分なのだと、少年の心は痛み、そして、母の拒絶に居た堪れなくなる。
 だが、まだ年端もゆかぬ自分に何ができようか……

 ――あいつに近づくな。
 ――近づくな……

 拒絶するのは、忌み嫌うのは、母だけではなく……
 少年を遠巻きに囲み、誰もが、大人も子供も、全てが――
 声もかけてもらえず、手も差し伸べてくれず、ただ、離れてゆく……
 少年を真の闇に独り、置いてゆく……

 独り、拒絶され置いてゆかれた少年を、『闇』が、その口を大きく開けて待ち構えていた。

   *************

 全身を弾かせ、イザークは夢から覚醒した。
「あ……」
 一瞬、今、自分の居る場所がどこなのか、分からなくなる。
 夢のせいだろうか、体を冷たくする汗が纏わりついている。
 視界に入った天井には見覚えがあった。

 ――ああ……

 横になったまま辺りを見回し、枕元に置いた剣を見て、自分が何者であるのか、ここが何処なのか、理解する。
 ふと、違和を感じ、足下に眼を向けたイザーク。

「――ッ!!?」
 何に驚いたのかいきなり身を起こし、壁まで逃げるように退いていた。
「…………」
 無言で、『それ』を確認するように見詰めているイザーク。
 そこには、ベッドに凭れるように身を預け眠る、ノリコの姿があった。
 まだ熱があるのだろう、イザークの息はまだ荒い。
 壁まで退いた、その脳裏に浮かぶのは、自分を庇って両腕を大きく開き、町長の前に立ちはだかってくれた彼女の姿。
 無防備に眠る、少し幼さの残るその顔からは、あのような勇気が何処から出てくるのか、想像もつかない。
 育ててくれた母にすら、そのようにされた覚えはない。
 戸惑い、彼女の厚意を素直に受け取ることができない。
 己が――図らずも誰かを庇うような行動をすることはあっても、庇われるような……そんなことは……

 ――【目覚め】がおれを気遣う……か、皮肉な話だな……

 そんな思い、考えに、結局は至ってしまう。



 部屋のランプに火を灯す。
 
 ――もう夜か、何時だろう。
 
 だいぶ体の調子は戻ってきているとはいえ、まだ、その息は荒い。
 ランプの灯を見るイザークは、やはり気怠そうだ。
 それでも……

 ――ッ!