忘れないでいて【If】
そう言って、クワトロが百式のコックピットから降りようとしていたアムロに手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」
アムロは差し出された手を取り、コックピットから降りる。
「あの、大尉、彼は?」
アポリーの問いに、クワトロがアムロの手を引いて横に立たせる。
「アムロ・レイだ」
「アムロ・レイって、まさか!あのアムロ・レイですか⁉︎」
「ああ、ガンダムのパイロットのアムロ・レイだ」
驚くアポリー達の後ろから、ハヤトが信じられないものを見るような目でアムロを見つめる。
「…アムロ?」
そのハヤトを、アムロも見つめ返す。
「ハヤト…」
ハヤトはゆっくりとアムロに近付き、恐る恐るその両肩を掴む。
「お前…本当に…アムロなのか?」
七年前と変わらぬ姿の友人に、ハヤトが驚愕の声を上げる。
そんなハヤトに、アムロは苦笑すると、コクリと頷いた。
「久しぶり、ハヤト」
「何で…どうして⁉︎」
「よう!ハヤト。久しぶりだな」
驚くハヤトに、アムロの後ろから、顔を出したカイが声を掛ける。
そして、笑みを浮かべながらも、小刻みに震えるアムロの肩をそっと抱く。
「カイ⁉︎お前まで!一体これはどういう事なんだ?」
「ちゃんと説明するから、とりあえずこの人たちの紹介いいか?」
カイが、隣に立つ、クワトロとレコア、そしてカミーユに視線を向ける。
「あ、ああ。すみません。カラバのハヤト・コバヤシです」
ハヤトはまだ動揺しつつも、クワトロ達に挨拶をする。
「ハヤト艦長、エゥーゴのクワトロ・バジーナです。厄介になります」
「同じくエゥーゴのレコア・ロンドです。よろしくお願いします」
「カミーユ・ビダンです」
「そ、それじゃ、とりあえず、こちらへ」
ハヤトがチラリとアムロに視線を向けながら、クワトロ達を応接ルームへと案内する。
「アポリー、ロベルト、君たちも来てくれ」
クワトロに呼ばれ、同じく動揺を隠せない二人も同行した。
カイとクワトロから一通りの説明を受け、ハヤトとアポリー、ロベルトが、「どう言えばいいのか」、という表情でアムロを見つめる。
そんな視線に、アムロは苦笑するしかなかった。
「とりあえず、少し休ませて貰っても良いだろうか?」
「あ、はい。直ぐに部屋を用意します」
「ありがとう」
クワトロの申し出に、ハヤトはクルーに部屋を用意する様に指示をする。
皆が部屋を出た後、カイがハヤトを呼び止める。
「ハヤト、ちょっと話がある」
「なんだ?」
「アムロの事だが…あいつも目覚めたばかりでまだ動揺してる。暫くはそっとしておいてやってくれないか?」
「あ、ああ。そうだな」
「それから、クワトロ・バジーナという男だがな、おそらくあいつは赤い彗星のシャアだ」
「赤い彗星⁉︎」
「ああ。この事はブライトも知っている。その上で、仲間として戦っている。正直、俺はアイツを信用出来ないが、今は目的が同じだからな。とりあえず協力はする」
「…そうか…ブライトが認めているなら、俺もそうしよう。しかし、アムロはいいのか?あいつは一年戦争で、シャアとは因縁の相手と言ってもいいだろう?そんな二人が一緒にいても大丈夫か?」
「それなんだがな、どうやら二人で何か話したらしくて、一応は和解した様だ」
「あの二人が?」
「ああ、何があったか知らんが、互いに納得している」
「そうか…なら良いが…」
ハヤトにはそう言ったが、カイは少し、クワトロの、アムロに対する執着に懸念を感じていた。
おそらく危害を加える事は無いと思うが、「アムロを自分の物にしたい」という様な強い思念を感じたのだ。
ただ、当のアムロがそれを不快に思っていない。寧ろ好意的に思っている。
過去、二人の間で何があったのかは知らないが、その結びつきに不思議なものを感じた。
『あの戦いで…二人の間に、一体何があったんだ?』
事情を知っていたであろうセイラも、その事については何も語らなかった。
◇◇◇
充てがわれた部屋に入り、アムロはゴロリとベッドに横になる。
「…ハヤトも…大人になってたな…」
年上のカイはまだ良かったが、同い年のハヤトが大人になった姿を見て、流石にショックを受けた。
改めて、自分が時の流れから取り残されてしまったのを実感する。
「僕だけ…子供のままだ…」
そして、シャアの部下であるアポリー中尉とロベルト中尉。
彼らはおそらく、シャアと共に連邦に潜入したジオン兵だ。
アムロが、あの『ガンダム』のパイロットだと聞き、一瞬、その身体から、憎悪の念が溢れ出したのが見えた。
アムロは目を閉じ、大きな溜め息を吐く。
「僕はこれから…どうしたら良いんだろう…」
そのまま眠ってしまったのか、ふと目を覚ますと、小さな窓から見える空が茜色に染まっていた。
「夕方?随分眠ってしまってたみたいだ…」
アムロはゆっくりと起き上がり、髪をかきあげる。
「シャワー浴びよ…」
アムロはノロノロと起き上がると、制服を脱ぎ散らかしてシャワールームへと入った。
頭から熱いシャワーを浴び、大きく息を吐く。
「気持ちいい…」
思えば、アムロにとっては久しぶりの事なのだ。
こんな当たり前の事が、妙に嬉しかった。
シャワールームから出ると、そこには何故かクワトロがいた。
「え?なんでここに?ロックは?」
軽く身体を拭いて、腰にタオルを巻いただけの姿のアムロは、慌てて脱ぎ散らかした制服を探す。
「あれ?」
しかし、床を見ても脱いだはずの制服が無い。
「探し物はこれか?」
綺麗に畳んだ制服をクワトロが差し出す。
「え?あ…はい」
「君はもう少し整理整頓を身に付けた方がいい」
「だ、だって誰かが入ってくるなんて…」
そう言い訳しながらも、慌てて制服を身に付ける。
流石にまだ暑くて、襟元は緩めたままだが、どうにか着替えて一息つく。
「すみません、えっと。何か用ですか?」
「ああ、今後の君の事を確認しようと思ってな」
「僕の?」
「何か考えているか?」
「考えるも何も、まだイマイチ状況が把握できていなくて…それに、正直、自分の身体がどうなってるのか分からないんです」
アムロは冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、数口飲むと、大きく息を吐いてベッドへと座る。
シャワーを浴びただけで、ドッと疲れる。
思った以上の体力の低下に、溜め息が漏れる。
「そうだな、一度医者に診てもらった方がいいな」
「え…病院…?」
「ああ、検査が必要だな」
「……」
「アムロ?」
「病院は…研究所を思い出すから…行きたくない…」
ボソリと呟くアムロの横に座り、まだ濡れたままの髪を拭いてやる。
「気持ちは分かるが…、何かあってからでは遅い。きちんと身体のことを知る必要がある」
「…そうですよね…分かりました」
「いい子だ」
「子供扱いしないで下さい!」
ただでさえ、皆んなとの歳の差に落ち込んでいるのに、子供扱いされてカッとなる。
「すまない」
そう言いながら、クワトロはアムロを抱き締めた。
「ちょっ!子供扱いしないでって…!」
「辛い時は泣けばいい」
「え?」
「あんな、泣きそうな笑顔をするくらいなら、思い切り泣いてしまえ」
クワトロにそう言われ、今まで胸に燻っていた感情が一気に湧き上がる。
「そんな…事…」
作品名:忘れないでいて【If】 作家名:koyuho