忘れないでいて【If】
さっき、みんなから憐れみの視線を向けられ、居た堪れなかった。
自分の身に起こった事が、正直、まだちゃんと受け止めきれていない。
『なんで…僕が…こんな目に…』
沸々と、自分の身に起こった事実に悔しさと、悲しさが込み上げる。
ただ、自分は死にたくなかっただけなのに…ニュータイプだって言ったって、別に特別な能力がある訳じゃない。唯、ちょっと勘がいいだけだ…。
そして、アムロの脳裏に、研究所での辛い実験の日々が蘇る。
『助けて!嫌だ!やめて!』
どんなに嫌だと泣き叫んでも、誰も助けてはくれなかった。訳の分からない薬を注射され、身体に電流を流され、気が付けば、冷たい水槽に閉じ込められていた。
意識が全く無かった訳じゃない。
時々覚醒し、水槽越しに周りを見ていた。
まるで見世物ように、奇異の視線を向けられた。連邦の偉そうな人が自分を指差し、何かを怒鳴っていた事もある…。
朦朧とした意識の中で過ごした日々…まさか、七年も経っているとは思わなかった。
湧き上がる感情に、アムロの身体が小刻みに震えだす。
そして、自分を抱き締める胸にしがみつく。
気付けば、両眼からは、ポロポロと涙が溢れて頬を伝い、床へと落ちていく。
床に次々と出来ていく涙のシミを見ながら、アムロは思わず大声あげて泣き出した。
「わぁぁぁぁああああああ!うううわぁぁぁ!」
クワトロの服を握り締め、感情のままに叫んだ。
その声は、部屋の外まで響いていたが、そんな事を気にする余裕など無かった。
ただ、ただ、声を上げて泣き叫んだ。
その泣き声は、カイやハヤト、レコアやアポリー達にも聞こえていた。
カミーユに至っては、アムロの感情の波を直接受けて、同じように涙を流していた。
皆、何もしてやる事は出来ないと分かっていた。だから、ただ黙って、その悲しみを受け止めた。
暫く泣き叫んだ後、力尽きたアムロは、そのままクワトロの胸の中で、気を失うように眠ってしまった。
その、細い身体を抱き締め、クワトロは、アムロの頬や瞼に口付けると、そっとシーツに横たえる。
泣いて腫れた瞼を見つめ、優しく髪を梳く。
「今は泣けばいい。しかし、君は強い。その強い心で再び立ち上がるんだ」
クワトロはそう呟くと、アムロにシーツを掛けて部屋を後にした。
◇◇◇
その後、アウドムラは、一旦ハヤトが館長を務めていた博物館のある、ケネディへと補給に向かった。
そこで、アムロはまた、懐かしい人に再会する。
「フラウ!」
今はハヤトと結婚し、カツ、レツ、キッカを養子に迎えて暮らしていたフラウ・ボウだ。
フラウはアムロを見つめ、涙を流しながら抱きついた。
「アムロ!」
事前にハヤトから事情を聞いていたフラウは、それでも驚きに目を見開き、そのアムロの姿に涙を流す。
そんなフラウの想いと優しさを感じ取り、アムロはそっとフラウを抱き締め返した。
「泣かないで、フラウ」
「だって!」
「ありがとう…フラウ…大好きだよ」
「アムロぉ!」
「ダメだよフラウ、あんまり泣いたらお腹の赤ちゃんがびっくりするよ?」
アムロは、涙を流すフラウの頬にキスをして宥める。
「アムロ…」
顔を上げたフラウの顔は、お隣の女の子から、大人の女性に、母親の顔になっていた。
「フラウはお母さんだろ?」
「うん…そうね…そうね…でも、アムロの幼馴染でもあるのよ」
「ふふ、そっか…そうだね」
少し微笑んだフラウに、アムロも微笑み返した。
あの日、クワトロの前で思い切り泣いて、気持ちが吹っ切れていたアムロは、フラウの想いを素直に受け止める事が出来た。
もう、自分の不幸を嘆いたりしない。
前を向いて歩いていこうと決めたのだ。
ケネディでアムロは、カイの伝手で、腕のいい、そして秘密を守れる、いわゆる闇医者と呼ばれる医者に身体を診てもらった。
実験で投与された薬の影響で、薬の扱いにはかなり注意がいるが、多少弱ってはいるものの、内臓などには異常は無いと診断された。
ただ、体力や筋力が落ちている事、また、無菌状態の水槽に長い時間いた為、免疫力が落ちており、ウィルスの感染に注意が必要との事だった。
「まずはしっかり食べて、身体を作らねばな。君はもっと肉を付けた方がいい」
食堂の席に座るアムロに、クワトロが二人分の食事トレーを持ってくる。
一つをアムロの前に起き、自分は目の前の席に座った。
「ありがとうございます」
何年も飲食をしていなかったアムロは、弱った消化器系を慣れさせる為、暫くは流動食か消化の良い物しか食べられなかった。
それが今日、医師の許可が降り、漸く普通の食事が取れるようになったのだ。
久しぶりの固形物に気分が上がる。
食べ物を噛み締め、ジワリと広がる旨味に自然と頬が緩む。
「美味しい…」
「それは良かった。無理はしなくていいから、食べられるだけ食べるといい」
「はい」
素直に頷き、食事を進めるアムロの反応を、微笑ましく思いながらクワトロも食事をする。
結局は、半分程しか食べられなかったが、久しぶりのまともな食事に、アムロの心は満たされていた。
「美味しかった」
「ああ、よく食べたな」
途中から、隣にやってきたカミーユも食事を終える。
「アムロさん、この後俺、MK-Ⅱの整備に行くんですけど、一緒にどうですか?」
「え、良いの?」
「お好きですよね?」
「うん!」
アムロは満面の笑みを浮かべ、MK-Ⅱの整備をするというカミーユに付いてドックへと向かう。
それを、小さく溜め息を吐いてクワトロが見送った。
作業用の繋ぎを着て、MK-Ⅱのコックピットで、カミーユと二人作業をする。
「ねぇ、カミーユ達は、明日シャトルで宇宙に帰るんだよね?」
「ええ、アーガマが衛星軌道上で待機してくれてるんです」
「アーガマ…ブライトさんが艦長をしてるんだっけ」
「はい、素晴らしい艦長です」
「…へぇ…」
アムロの中では、いつも威張っていて、偉そうに命令をしてくる嫌な人だった。
でも、リュウが戦死した頃からだろうか、ブライトも、艦を守る為に必死だったのだと気付いた。
好きにはなれなかったけれど、戦後に会った軍の上層部の人間に比べれば、ブライトが如何に“まとも”な人間だったかが分かる。
「アムロさんは…一緒に宇宙に上がらないんですか?」
「…僕は…」
アムロは工具を置き、目を伏せる。
「正直…宇宙に上がるのは…怖い…」
「怖い?」
「あそこには…僕が殺してしまった人達の魂がいる様な気がするんだ…」
あの数ヶ月で、自分は一体どれだけの人間を殺したのだろう。
爆発する機体から、パイロット達の絶叫や慟哭を何度も聞いた。
「皆、きっと僕を恨んでる…」
そして、その死を共感した、ララァの最期の叫びが脳裏に響く。
肉体を失ったララァの魂は、今も宇宙を漂っている。
時々アムロの心に触れては、離れていく。
アムロは、両手をクロスして、自身を抱きしめる様に身体を丸める。
「アムロさん…」
「でも、カミーユと離れるのは寂しいな…」
ララァと同じように、心を共鳴させる事の出来るニュータイプ。
カミーユの存在は、孤独なアムロに『自分と同じなんだ』という安心感を与えてくれた。
作品名:忘れないでいて【If】 作家名:koyuho