忘れないでいて【If】
「ここでは落ち着かないな、私の部屋に行こう」
クワトロに促され、部屋へと入る。
狭い室内では、造り付けの椅子が一脚とベッドくらいしか座る場所がなく、二人並んでベッドに座る。
「あの…」
「宇宙に上がるのは怖いか?」
クワトロの問いに、アムロは「あ…」と声を上げ、視線を彷徨わせた後、コクリと頷く。
「私が傍にいてもダメか?」
「…分かりません、でも…今日、モビルスーツに乗って…ライフルの照準を合わせた時、自分がものすごく冷静な事に気付いたんです。そして、僕は迷い無く引き金を引いた…」
「アムロ…」
「あの時…カミーユのMK-Ⅱを狙ってる敵機を見た時、迷わず引き金を引いたんです」
「そのお陰でカミーユは死なずに済んだ」
「昔も今も、僕は貴方みたいにスペースノイドの平和とか…ティターンズの暴挙を許せないとか、そんな大それた志しも目的も無く、ただ、死にたくない、仲間を助けたい、そんな理由でしか戦ってなかった」
「それではダメか?」
アムロは少し、悲しげに微笑む。
「…昔…、ララァに言われました。僕には愛する人も、帰るべき故郷も無い。そんな僕が戦うのは不自然だって…」
「ララァに?」
「はい、ソロモンで対峙した時、ララァと共感して…。だからかな、僕は殺してしまった人達に対して、どこか後ろめたさがあるのかもしれない…」
「戦争だ、兵士は誰もがそんな想いを抱えている」
「そうですね…僕が弱いだけです…」
「…ララァは…何の為に戦っていたのだ?」
少し不安げなその問いに、アムロは小さな笑みを浮かべる。
「ララァは、自分を救ってくれた人の為に、愛する人の為に戦っていると言っていました」
「愛する人…?」
「ええ、貴方の為に…」
アムロは真っ直ぐにクワトロを見つめる。
アムロのその言葉に、クワトロはチクリと胸が痛む。
ララァが自分を愛してくれていた事は知っていた。勿論、自分も少なからず愛していた。
しかし、その彼女を、己の目的の為に戦場に出し、命を落とさせてしまった。
「…そうか…」
クワトロはそっと目を伏せる。
そんなクワトロの手を、アムロはそっと握る。
「ララァは、本当に貴方を愛してた。ララァと共感した時、貴方への想いが僕の中に流れ込んできた。…あ、そうか…僕のこの貴方への想いは、ララァの物なのかな…」
「君の想い?」
「え?あっ!」
「それは、君が私を愛してくれていると言うことか?」
ポロリと言ってしまった自分の想いに、アムロは顔を真っ赤にして動揺する。
「だ、だからこれはララァの想いで…えっと、僕が貴方を愛してるとか…」
「君は私を愛してくれていないのか?」
「え?えっと、だからきっと“これは”…」
胸元を握り締め、アムロが自分の想いを、胸の痛みを確かめる。
「“これは”?」
クワトロがアムロの顔を覗き込む。
「……分からない。でも、何でこんなに胸が痛いんだろう…」
「それは、君自身の想いだからではないのか?他人の想いで胸は苦しくなるまい?」
「…僕の…?」
「そうだ、君の物だ。そして、私は君が愛しい」
そう言いながら、クワトロはアムロを抱き締める。
その瞬間、アムロの心臓が大きく高鳴り、触れるクワトロの温もりや、匂いに嬉しさが込み上げる。
「…シャア…」
思わず、自分にとってのクワトロ名を呟く。
「そうなのかな…よく分からないけど…貴方にこうされるのは…嫌いじゃない…」
そう呟くと、アムロはクワトロの背に手を回し、自身もクワトロに抱きつく。
そのアムロの反応に、クワトロはホッと息を飲むと、アムロの顎を掴んで口付けた。
それは甘く、優しい口付け。
アムロは目を閉じると、それを受け止めた。
「…貴方となら…怖くないかもしれない…」
「アムロ…?」
「貴方と一緒なら…宇宙に上がれるかもしれない。そして、貴方の為なら、戦えるかもしれない…。だから…」
「だから?」
「だから…傍にいても…いい?」
「勿論だ、君に傍にいて欲しい」
「…うん…」
自身に抱き着くアムロを、ゆっくりとベッドへと押し倒す。
そして、見上げてくる美しい琥珀色の瞳を見つめ返し、唇を塞いだ。
その後、ヒッコリーから無事、クワトロとアムロ、カミーユ、そしてケネディから行動を共にしていたカツは宇宙へと上がり、アーガマへと合流した。
◇◇◇
アーガマの艦橋でブライトと対面し、ブライトの、あまりの変わらなさにアムロは驚く。
ブライトも、話は聞いていたが、子供のままのアムロの姿に眉を歪ませ涙を堪える。
そして、何も言わず、ただ強く抱き締めた。
「よく来た、アムロ。お前を歓迎する」
アーガマのクルー達は、連邦で歴代二位の撃墜数を誇り、ジオン兵から『連邦の白い悪魔』と恐れられた凄腕のパイロットが、こんなに小柄な少年だったのだと知り、驚愕する。
タブロイド紙などで、過去にその姿を見知っていた者も、その実物の華奢な姿に驚いた。
「本当に彼があのアムロ・レイなのか?」
皆が口々にそんな声を上げる。
しかしそんな疑問も、その後のアムロの戦いぶりを見て消し飛んだ。
アポリーが置いていったリックディアスを改造した『デイジェ』が今のアムロの愛機だ。
どちらかと言うと、ジオン系のフォルムを持つその機体を、自在に操り敵を撃墜していく。
その様は、エースパイロットであるクワトロに匹敵する腕前で、最新鋭のZガンダムに乗るカミーユに、勝るとも劣らないものだった。
戦いを終え、ドックに戻ったアムロをクルー達が迎え入れる。
「お疲れ!アムロ」
メカニックのアストナージが、コックピットのアムロへと声を掛ける。
「あ、アストナージ!ビームライフルとサーベルのエネルギー補充をお願いします。後、左のマニュピレーターの動きが何だか悪くて…ちょっと見てもらっても良いですか?着替えたら後で僕も手伝いますから」
「了解!でも、さっき、クワトロ大尉がこの後直ぐにブリーフィングがあるって言ってたぞ」
「え、本当?」
「ああ、次の作戦が直ぐにあるからって」
「わぁ、そうなんだ。了解、それじゃよろしくお願いします」
「おう、任せとけ!」
そこにクワトロが現れる。
「アムロ、この後直ぐブリーフィングだ」
「あ、はい!クワトロ大尉。了解です」
アムロは立ち上がると、クワトロと共にコックピットを出て行く。
「それじゃ、アストナージ」
軽く手を挙げて笑顔を向けるアムロに、アストナージも笑顔で返す。
「可愛い顔してるんだけどなぁ」
コックピットのアムロの戦闘データをダウンロードしながら、その凄まじい内容とアムロの見た目とのギャップに唯々驚く。
そして、クワトロとアムロが、並んでドックの中を飛んでいく姿を、アストナージを始め、ドックのクルー達が感慨深げに見つめる。
「赤い彗星と白い悪魔が、同じ陣営で戦ってるんだよな…それってなんだか凄いことだな」
「そうだな…」
誰ともなくそんな事を呟く。
「それにしても、クワトロ大尉もアムロも、よくこんな、マニアックでピーキーなチューニングのマシンに乗れるよなぁ」
なかなかに、メカニック泣かせなチューニングの百式とディジェを見つめ、アストナージが盛大に溜め息を吐く。
しかし、プロのメカニックとしては、腕の鳴る仕事でもある。
作品名:忘れないでいて【If】 作家名:koyuho