忘れないでいて【If】
「よし、始めるか!」
アストナージは気合いを入れて作業に入った。
◇◇◇
シャワーと着替えを終えたパイロット達が、ブリーフィングルームに集まる。
アムロはカミーユやカツと同じデザインの制服を身に着け、カミーユの横に座る。
アムロの制服は、カミーユの物よりも濃い色のブルーで、かつての制服を思い出させる色合いだった。
そしてカミーユの横にはエマ中尉が座る。
真面目で、凛としたその姿は、少しセイラを思い出させた。しかし、面倒見の良いその性格はどちらかというと、ミライやフラウに似ているようにも思った。
ブリーフィングが終わり、人が疎らになった室内で、アムロがふぅっと溜め息を吐く。
「どうしたんですか?アムロさん」
カミーユの問いに、アムロが机に突っ伏しながら感嘆の声を上げる。
「いや、クワトロ大尉の作戦は凄いなぁと思って。よくこんな作戦思いつくよね」
「そうね。こんな、退路まで断つ作戦、敵だったら堪らないわ」
元ティターンズのエマが溜め息混じりに頷く。
「ホント、よく僕たち生き延びられたなぁ」
アムロの言葉に、側に来たブライトがコクコクと頷き、クワトロは苦笑を浮かべる。
「その私の作戦を、ことごとく潜り抜けてきた君たちに言われたくないな」
自身がシャア・アズナブルだとは、まだ公言していないが、殆どのクルーが暗黙の了解としているので、クワトロも特に隠す事なく過去を語る。
「毎回必死でしたよ。裏をかいたと思ったら、実はそう仕向けられていたり、進路を妨害され、窮地に追い込れた事も一度や二度じゃない」
ブライトが腕を組んで溜め息混じりに呟く。
「そう思うと、ブライトさんも苦労してたんだね」
感慨深げに頷くアムロの頭を、ブライトが軽く小突く。
「やっと分かったか?大体、お前は毎回毎回突っ掛かって来るし。出撃したくないと駄々をこねるし。しまいにはガンダムで脱走までするし」
「あれはブライトさんが悪いんじゃないか!僕をガンダムから降ろすなんて言うから!」
「何を言ってるんだ!命令違反ばっかりしやがって!」
「ブライトさんが、いつもガミガミうるさいからだろ!それに僕だって必死だったんだ!」
プイっと横を向くアムロに、ブライトが溜め息を漏らす。
「…そうだな。みんな、必死だった」
その殊勝な口調に、アムロが振り返る。
「お前に頼りっぱなしで、俺がもっとしっかりしていたら、リュウやスレッガー中尉も命を落とさなかったかもしれないと、今でも思う」
「ブライトさん…」
過去を振り返り、想いを馳せるブライトを見つめ、アムロは「ああ」っと思う。
「久しぶりにブライトさんに会った時、あんまりにも見た目が変わってないんで、びっくりしたけど、なんだか安心もした。でも、違うんだね。やっぱりブライトさんもこの七年間で色んな事を経験して、変わってたんだね」
「アムロ?」
「今のブライトさんは、凄く頼もしくて、安心して命を預けられる艦長だよ」
「アムロ…。っていうか、何か?昔は頼りなくて安心できなかったって事か?」
「や、そこまでは言わないけど…」
肯定もしないが否定もしないアムロに、ブライトの眉がピクピクと引き攣る。
「おいっ!」
「大体、ミライさんと結婚して、二人の子持ちってどういう事ですか!」
「どういう事って、何が悪い?」
「悪いですよ!ミライさんはみんなのマドンナだったのに!」
「そういうお前は、フラウに振られたんだったな」
「べ、別に振られた訳じゃないし…!」
「でも、愛想を尽かされて、ハヤトに取られたんだろ?」
「うるさいな!ブライトさんのそういう所が嫌いなんですよ!」
言い合いを始める二人を見て、エマがクスクスと笑う。
「ふふふ、なんだか微笑ましいですね」
「「エマ中尉⁉︎」」
「私たちはメディアで伝えられた事しか知らないので、あの英雄達がこんな風に葛藤していたなんて、驚きましたけど、安心もしました」
「安心?」
「同じ様に悩んで、迷って、それでも前を向いて歩いていたんだなって」
「エマ中尉…」
そんなエマにアムロが見入り、少し顔を赤く染める。それを見て、ブライトがはぁっと溜め息を吐く。
「やれやれ。アムロ、お前、歳上美人に弱いところは相変わらずだな」
「なんですか、それ!」
「身に覚えがあるだろう?」
マチルダ中尉の事だと気付き、アムロが頬を添める。そして、ブライトはチラリとクワトロにも視線を向ける。
『こっちも歳上美人だな…それもアムロの好みどストライク…』
二人を交互に見つめ、ブライトは溜め息を漏らす。
「さぁ、これくらいにして身体を休めろよ。アムロ、ドックで遊んでんじゃないぞ!整備はアストナージに任せて身体を休めろ!それもパイロットの仕事だ」
後でこっそり顔を出そうとしていたのをブライトに見破られ、釘を刺される。
「はい、分かってますよ」
「どうだかな、それじゃ俺は艦橋に上がる」
「艦長、私も一緒に行こう。アムロ、カミーユ、ちゃんと休めよ」
クワトロからも釘を刺され、げんなりしながらブリーフィングルームを後にする二人を見送った。
「ちぇっ!ブライトさんめ!」
悪態をつくアムロを、エマが宥める。
「アムロ、怒らないのよ。艦長はあなたを心配してるんだから」
「分かってますよ、でもなんか腹がたつ!」
「でも、あんな艦長初めて見ました。アムロさんには気を許してるんですね」
カミーユの言葉に、アムロが嫌そうな表情を浮かべる。
「遠慮が無いだけだよ!」
《アムロ、 オコルナ》
「ハロ…」
カミーユが拾って修理したハロが、コロコロとアムロの足元に転がって来る。
「お前までなんだよ」
アムロはハロを、膝の上に抱えて話し掛ける。
「ところでアムロさん、体調はどうですか?」
「え、あ、うん。体力も付いてきたし、最近は調子が良いんだ!」
「良かった」
「それにアーガマは、何処かホワイトベースの空気を感じて安心するんだ。やっぱりブライトさんがいるからかな?」
戦場に居て安心するも無いものだが、ここには頼る事の出来る大人が沢山いる。
それは、アムロの精神状態をとても安定させていた。
「そうなんですか?」
「うん、それにカミーユもいるから凄く楽しい」
「メカオタ同士、話があうものね」
クスクス笑うエマに、アムロとカミーユが少し照れながらも笑顔を向ける。
「そうなんです!それにアストナージも凄く詳しいんだ!」
ニュータイプと言われながらも、年相応の素顔を見せる二人に、エマは心が暖かくなる。
「ふふ、良いわね。でも、ちゃんと休まなきゃダメよ!」
ブライト達と同じく、エマも釘を刺して去って行った。
艦橋に上がるエレベーターでは、ブライトとクワトロが、先程のアムロの様子に思い出し笑いを浮かべる。
「艦長、少しアムロを揶揄い過ぎでは?」
決して咎める訳ではなく、面白げに言う。
「良いんですよ、あのくらい。それにしても、アムロは大分落ち着いてきましたね。体調も良さそうだ」
「艦長もそう思うか?」
「ええ、それに、アムロの影響か、カミーユも最近は精神的に落ち着いてきた様です」
「そうだな。あの気難しい坊やが、アムロには随分と懐いている」
「戦闘でも、アムロの戦い方から学ぶ事が多いようですしね」
作品名:忘れないでいて【If】 作家名:koyuho