忘れないでいて【If】
「アムロの、あの戦闘センスは天性のものだな。厳しい戦況でも、彼がいれば何とかなると思える。実際に彼の機転で何度となく危機を救われた」
アムロの事を誇らしげに語るクワトロを見つめ、ブライトが聞こうか迷っていた事を、意を決して聞く。
「クワトロ大尉、その…貴方とアムロは…その…特別な関係なんだろうか?」
いくら鈍感なブライトでも、最近のクワトロとアムロの様子で、二人の関係が、ただの同僚や友人以上のものである事を察する。
「特別とは?」
「いや…その、恋愛関係というか…」
聞き辛そうに言葉を紡ぐブライトに、クワトロがクスリと笑う。
「流石は艦長だな。その通りだ、私とアムロはそういう意味で特別な関係だよ」
決定的な事を言われ、予想していたとは言え、その言葉にブライトが絶句する。
「…そうですか…」
ーーただ、まだキスまでしかしていないとは、言えないクワトロだった。
◇◇◇
「そういえば、あれからクワトロ大尉とはどうなったんですか?」
ブリーフィングルームから部屋に帰る途中、カミーユに突然そんな質問を投げかけられ、アムロは動揺のあまり、手に持っていたハロを床に落とす。
《アムロ イタイゾ 、ナニヲスル!》
「ごめん!ハロ、え?どうって…」
「気持ちは伝えられたんですか?まぁ、最近の大尉とアムロさんを見てたら、何となく分かりますけど」
「わ、分かるって⁉︎」
「そりゃ、上手くいってるんだなって」
「何それ!」
「だって、クワトロ大尉のアムロさんを見る目って何て言うか、凄く熱が篭ってるし」
確かに、近頃の自分を見つめるクワトロの目が熱い事には気付いていた。
そして、ヒッコリーへ向かうアウドムラであの日、クワトロは自分の事を愛しいと言ってキスをしてくれた。
…してくれたが…実はあれから数週間。アーガマに合流して忙しい事もあったが、それ以上の事はしていない。
時々二人きりになった時、軽くキスをされるくらいだ。
「…ねぇ、カミーユ。恋人同士って…いつ頃から…その…キス以上の事をするのかな?」
恋愛経験の皆無なアムロは、恋人たちがどんなタイミングで、どんな風に互いを求めるのか分からなかった。
「いつ頃…うーん。早い人たちは付き合ったその日から?」
「その日⁉︎」
「でも、それは人それぞれって言うか…」
「そうか…そうだよね。やっぱりあれかな、僕がまだ子供だから…おまけに、今なんて年の差が十二歳もあるし…」
どんどん声が小さくなって落ち込むアムロの肩を、カミーユが慌てて抱きしめる。
「年の差なんて関係ないですよ!きっとアムロさんの体調を気にしてるんです!」
「そうなのかな…そうだと良いけど…」
カミーユはチラリと前方に視線を向けると、クスリと笑ってアムロの背中を押す。
「直接聞いてみたら良いんじゃないですか?」
「カミーユ⁉︎」
背中を押され、よろけた先に居たのは赤い服の男。
その胸に、トスンとぶつかったアムロが顔を上げる。
「え?」
「クワトロ大尉、アムロさんが、聞きたい事があるそうですよ」
「カミーユ?」
「それじゃ、僕はこれで」
そう言って、カミーユは軽く手を振ると、さっさと部屋へと入ってしまった。
残されたアムロは、おずおずとクワトロを見上げる。
「聞きたい事とは何だ?アムロ」
「あ、えっと…」
そんな二人を、通路を通り掛かったクルーが不思議そうな顔をして見ていく。
アムロは慌てて両手を突っ張り、クワトロから離れる。
「とりあえず…その…ここでは…」
動揺するアムロに、それならばと、一番近い自身の部屋へとアムロを促した。
部屋に入ると、クワトロはスクリーングラスを外す。そして、入り口で突っ立ったままのアムロをベッドへと座らせた。
「それで?アムロ、私に聞きたい事とは?」
「えっと…その…」
アムロは、どう話を切り出せば良いものかと、視線を彷徨わせる。
「どうした?もしかしたら、また何処か体調に異変が?それならば直ぐにハサンの所へ…」
「ち、違います!体調は全然問題ありません!寧ろ良いくらいです!」
「そうか…それならば良いが…」
ホッと息を吐くクワトロに、やはり自分の体調をかなり気に掛けてくれているのだと感じる。
「あの…貴方が…僕に…その…キス以上の事を…しないのは、僕の体調を気遣っての…事なんですか?」
アムロからの思わぬ質問に、クワトロは手に持っていたスクリーングラスを落としそうになる。
「え?」
「それとも…やっぱり僕みたいな子供じゃ…そういう対象には…見られない…って…」
そこまで言い掛けて、もしそうならばと思うと悲しくなってしまい、瞳に涙が溢れてくる。
「あ…すみません」
手の甲で涙を拭いながら顔を伏せる。
「そんな訳なかろう!」
クワトロが声を荒げ、アムロの両肩を掴む。
「シャア?」
その反応に驚き、アムロは目を見開いてクワトロを見つめる。
クワトロもまた、瞳いっぱいに涙を溜めたアムロに驚きながらも、愛しさが込み上げる。
「当然君を、そういう対象として見ている、ただ、君は長い眠りから覚めて、まだ体調が万全ではない。そんな君に無理をさせたくなかった」
「シャア…」
「君は、私がどれだけ我慢をしていたか分かっていない」
「そんな!それなら僕だって!もっと貴方に触れて欲しい!それ以上の事だって!」
クワトロの服を掴み、アムロが叫ぶ。
そこまで言って、自分がとんでも無い事を口走った事に気付き、アムロが口を両手で塞ぐ。
「あっ…」
「アムロ…?」
クワトロは、羞恥で顔を真っ赤に染めたアムロの、その瞳を覗き込み、笑みを浮かべる。
「もう、体調は本当に良いんだな?」
「…はい、体力だって付いたし、ちゃんとモビルスーツで戦えてるでしょう?」
「そうだな…」
そっとアムロの涙を指で拭い、その丸い頬を両手で包み込む。
「もう我慢はしないぞ」
「そ、そんな必要ありません!」
真っ直ぐにこちらを見つめ、はっきりと言い切るアムロに笑みが浮かぶ。
「やはり君は良い。脆いようで、奥に強い光を持つその瞳に、私は惹かれて止まない」
クワトロは、そっとアムロの目元にキスを落とす。
「…シャア、僕は…僕は…、貴方が好きだ。ララァよりも愛してる」
その言葉に、クワトロは目を見開くと、ギュッとアムロを抱き締める。
「シャア?」
「初めて、君から好きだと、愛してると言って貰えた」
「え?」
確かに、はっきりと言葉にしたのは初めてかもしれない。
そもそも、自分の想いをはっきり自覚したのはついさっきなのだ。
『僕は…シャアを愛してる…』
自分でそう言葉にして心で呟く。その瞬間、カッと顔が熱くなり、心臓がドキドキと高鳴る。
そんなアムロの反応に、クワトロも目を細め、アムロの耳元でそっと囁く。
「アムロ、君を愛しているよ」
腰にクル良い声で愛の告白をされ、アムロがビクリと身体を震わせる。
「君の…全てを貰ってもいいか?」
背中を優しく撫でながら囁かれ、アムロは思わずコクリと頷いた。
アムロの顔は真っ赤に染まり、瞳は涙で潤んでいる。
そんなアムロの表情に、クワトロの理性の箍が、ゴトリと音を立てて外れる。
「アムロ!」
そのままアムロをベッドへと引き倒し、欲望のままにその真っさらな身体を貪った。
作品名:忘れないでいて【If】 作家名:koyuho