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自分らしく
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彼方から 第一部 第九話

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 原因は、あの急激な気の弱まりにある。
 回復しつつあるとはいえ、完全ではないことも分かっている。
 それでも尚、彼ほどの腕の持ち主なら、対処しきれないものではないはずだ。
 この襲撃を命じた本人がいるのも分かっているのだ。
 その本人が、どんな技を使っていたのかも……
 過信ではないのか、若さゆえの……いや、それとも……やはり、あの気の弱まりは、彼に多大な影響を及ぼしているとみて然るべきなのか……
 自身の、彼への評価が、単に過大だっただけか……
 その人物は、そこで思考を止めた。
 いずれにしろ、二人の命に関わるような事態にまで陥るようであれば、その時、出れば良い。
 瞼を閉じ、壁に背中を預け、それだけのことだと、そう思っていた。

  *************
 
 動きを止められた瞬間、目の前にあの男――飛び剣を駆使する頭の姿が現れた。
 身構える間も無く――
「ぐあぁぁ――っ!」
 頭の剣は、イザークの体にかなり深く、突き立てられていた。
 彼の体調が万全ではなかったからこそ、成し得た一撃だった。
「やったぞっ!!」
 剣を落とし、そのまま背中から倒れ込むイザーク。
 彼を見下ろし、頭はストッと、地面に足を着いた。
 建物の陰から、隠れるようにして様子を見ていたノリコが、声にならない悲鳴を上げている。
 離れた場所でイザークの気配を探っていた人物もフッ――と、瞼を開いた。
「とどめだっ!!」
 倒れ込んだイザークに最期の一撃を加えんと、頭は剣を高々と振り上げていた。

≪やめて―――――っ!!≫
 幾体もの横たわる遺体の間を、ノリコが必死に走ってくる。
 無我夢中で、今にもイザークに剣を突き立てんとしている頭の体にぶつかっていった。
「うがっ! ケガのところをっ!!」
 図らずも、ノリコの体当たりはイザークが切りつけた所に的確に当たったようだ。
 頭は、その痛みと当たられた勢いに負け、手下の遺体の上へと倒れ込んでゆく。

「ジッ!!」

 聞き慣れない声だった。
 それは人の声ではなく、小動物の、頭の肩にいつも乗っていたあの小動物の鳴き声だった。
「あ……」
 倒れ込んだ頭の眼に、手下の遺体が持っていた剣が偶然にも、小動物の体を貫いている光景が映っていた……

 ギャアアアア―――ッ!!

 その小さい体からは、想像もつかない凄まじい断末魔を上げ、小動物は消えた。
 何も残さず、断末魔と共に、体はまるで何かの塊の如く宙に浮き、全てを散らすかのように消え去っていた。
 ノリコの眼には、あの小動物の死によって、空間に歪が生じたように見えていた。

  *************

 やはり……と、久しぶりに感じた気配に、その人物は口元に笑みを零す。
 あの男の使っていた技は、やはり、あれの……と。
 だが今は、それよりも彼の動向の方が大事だった。
 盗賊の頭に不覚にも攻撃を食らい、倒れてしまった彼――イザークの動向が。

  *************

「お……おれのあれが」
 頭は倒れ込んだまま、いつも小動物が乗っていた肩に自身の手を寄せ、呆けたように呟いている。
「おれの可愛いあれがァァ!!」
 いなくなったことが信じられぬように、確かめるように肩に手を向け、見据え、叫んでいた。
 小動物の死に様に気を取られていたノリコは、その頭の叫び声でハッとなった。
「イザークッ!」
 と、まだ倒れ込んでいる彼に慌てて這い寄ってゆく。
「このアマっ!」
 イザークのことしか眼に入っていない彼女の背後に、手下どもの姿が見える。
 その一人が無防備なノリコに、剣を振り上げている。

「わっ」
 ―― ドカッ! ――

 剣が彼女の背に振り下ろされる前に、イザークの足が手下を蹴り飛ばしていた。
「イザ……」
 服には血がしっかりと染み出している。
 口元からも血が……
 だが、イザークの手下を見据える眼は、生気に満ちている。
「寸前、急所をはずした……」
 そう言いながら、落とした剣を掴み直す。
「まだ戦える」
 静かに、立ち上がる。
 盗賊たちを冷たく見据え、構えている。
「や……野郎、起き上がりやがった……」
 確かに頭は、この男の胸に深々と剣を突き立てていた……
 その証拠があの服の血だ。
 口元から流れ出ている血なのだ!
 普通なら、普通の人間なら、どんなに腕が立とうと、胸を刺されれば動けはしない……立ち上がるなど……
 だが、急所を外したという、イザークの言葉が本当なら……
 そんな考えや思いが、あれだけの攻撃を受けてまだ動けるイザークに対する恐れが、盗賊たちの動きを鈍らせている。
「チィッ!」
 彼の剣に鎖を巻きつけた男が、もう一度、同じことを試みようとする。
 だが彼に、同じ手は通用しなかった。
 冷ややかな眼を向けたまま、イザークは態と鎖を手に巻きつかせると、ぐいと、さほど力を込めた様子も見せずにその鎖を引いていた。
「うわ!?」
 鎌が、男の手から離れ大きく弧を描き、仲間の盗賊の頬を掠めていた。

 ドシャッ――と、重々しい音を立て、鎌が石畳の道の上で跳ね返る。
 沈黙が、彼らの周囲を支配している。
「…………」
 鎌が掠めた頬に手を当て、彼の強さに慄き、身動き一つ取れない盗賊。
 生き残った面々も、同様に彼に眼を向けたまま。
「ば……化け物だ、こいつ……」
 辛うじて、口にした言葉がそれだった。
 刹那――振り向き、眉を吊り上げ牙を剝き、その男を見据えるイザークの双眸には、ビクつかせ、たじろがせるだけの殺気が籠っていた。
「か……頭っ!」
 手下の一人が、頭に救けを乞うている。
「おれの……おれの……あいつが」
「頭っ!?」
 だが、頭は体を小刻みに震わせ、ブツブツと、繰り返し同じ言葉を呟いている。
 仕舞いには、手下などまるで眼中にないかのように、いきなり走り出した。
「頭……! どこへ……!」

 ――あれがねえと、おれはとべねえんだ……!!

 ノリコの体当たりで血が滲み出した脇腹を抑え、頭は一人、走ってゆく。
「ち……ちくしょう、ちくしょう」
 とりあえず剣を構えながら、自分たちを置き去りにして走り去る頭と、イザークとに交互に顔を向け、
「引け―――ッ! 引き上げろ―――ッ!!」
 生き残りどもはそう判断した。
 イザークの強さと、残った人数、そして頭の行動を鑑みれば、それは至極当然の判断だった。

 夜闇に、満ちた月と星が光っている。

 ――お……終わったの?

 遠く離れてゆく足音。
 石畳に横たわる遺体。
 剣と、鎖を手に、逃げる盗賊を見据えたままのイザーク。
 ノリコは呆然と、零れた涙もそのままに、『殺し合い』が終わったことを感じていた。

  *************
 
 彼の気は、いつもの状態にほぼ回復しているようだ。
 あの傷も、直に治ってしまうだろう。
 既に血も止まっている。
 さて――と、その人物は一つ息を吐いた。
 最悪の状況ではなくなった。
 これからどう出るのか、少し様子を見てみようかと思う。
 彼女と彼、二人と言葉を交わしてみようかと……
 二人を間近で、直接見てみようか、と……

  *************