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自分らしく
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彼方から 第一部 第十話

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 イザークにもそうしたようにズケズケと、大声でエイジュを指差しながら言い始める。
 誰に対しても同じような態度で接することが出来るという意味では、良い事なのだろうが……
 その大声と言い方だけは、何とかならないものなのだろうか。
「ま、まぁまぁ、彼女さっき、自己紹介で渡り戦士って言ってましたよ、それにそんな大声出したら……!」
 そう言いながら、医師も慣れてはいるのだろうが、困り顔で町長を抑え、寝ているノリコの方に目を向ける。
 町長も、流石に寝た子を起こすのは気が引けるのか、済まなそうに頭を掻いている。
 エイジュは、フッと微笑みを見せると、
「心配してくれているのでしょ? 大丈夫、こう見えても能力者ですもの」
 そう言って腰の剣にも右手を掛ける。
「服装は、大目に見て下さらないかしら、こんな仕事をしていると、女物の服では動きづらくて……」
 微笑むことで、町長の言葉など大して気にも留めていないことを伝えているエイジュ。
 自分の言葉に、少し反応するイザークに気づき、彼にも、エイジュは微笑みかけた。
 だが、イザークはその微笑みに眉一つ動かさず、
「他に、休める部屋はないだろうか」
 と、町長に訊ねている。
「あ、ああ、宿の主人に訊いてみよう」
 イザークに問われ、町長はさっきまで宿の主人と話していた部屋へと向かう。
 その後を付いて、エイジュと医師の間を擦り抜けるように、部屋を出るイザーク。
 残された二人も何となく、その場の成り行きで、後を付いて部屋を出ていた。

 静かに、ドアが閉まる音がする。

 ――イザークって何者なんだろう……
 ――あんなひどい傷が、わずかな時間で治ってしまうなんて……

 それは、安心と同時に襲ってきた睡魔の底。

 ――だけど、どうでもいいやそんなこと……
 ――とにかく無事でいてくれた……
 ――それだけで、いい……

 ノリコは、そんなことを考えていた。
 


「あれが例の渡り戦士か?」
「あの女の人も、渡り戦士だって話だ」
「人は見かけによらないもんだ」
「どっちも若いなー」
「男の方は、二十歳はいってねーんじゃねぇの?」
「どれどれ」
「女の方だって、二十四・五ってとこだろう?」
「おい、よく見えねーよ」
 宿の主人の案内で、別の部屋へと通されるイザークたちの姿を見掛けた町の連中が、部屋の入り口から中を覗き込み、押し合いへし合いしながら、思い思いの言葉を口にしている。
「こらこら、騒ぐんじゃない、散って散って」
 ただ煩いだけの野次馬を、医師がまた困り顔をしながら、その背中を押して散らしてゆく。
 町の住人のちょっと困った行動を正すのは、どうやら医師の役回りらしい。
 町長の言動も含めて。
「ここは仮眠室でね、夜番の時に使う部屋なんだ。ああ、あそこ、あんたの荷物はあそこに置いたんだ」
 案内してくれた宿の主人が、そう言って、部屋の隅に置いてあるイザークの荷物を指差している。
 泊まっていた部屋は、盗賊たちの血で汚れ、窓も、致し方なかったとはいえ割ってしまっている。
 何より、今は遺体の片づけで休めるどころの話ではない。
 彼の荷物を運んでくれたのは、主人の細やかな気遣いだろう。
「しばらく休憩をとりたいんだが、ここを借りていいか?」
 仮眠用のベッドに腰掛け、自分の荷物から別の服を取り出し、イザークは宿の主人にそう訊ねていた。
「ああ、いいとも」
「ふむっ」
 イザークの言葉に、宿の主人は快く返事を返し、そして、一緒に仮眠室まで来た町長が、何故か大きく頷いている。
「いや……そうだな、その方がいい。やはり二人は別々の部屋で休むべきだ、今朝から思っとったんだが……」
 人差し指を立て、町長らしい威厳をどことなく醸し出しながらそう言い始める。
 イザークは服に腕を通しながら、何となく、彼の言いたい事を察していた。
「赤の他人の男女が一緒の部屋というのは、どうもよろしくない。そりゃ、彼女は言葉も分からんらしいし、一人では色々まずかろうが……」
「町長」
 長々と続きそうな気配がしている町長の言葉を、イザークは服を着ながらそう、制した。
「無用の心配だ、おれにも好みというものがある」
 背中を向けたまま、町長の憂慮を一蹴に伏すイザーク。
 彼の言葉に、一瞬、言葉を失ったものの……
「そっ、そんな言い方はあの子に失礼だろう! 充分可愛いじゃないか、どこが気に入らんというんだ! え?」
「町長、町長!」
 今度はノリコを庇うかのように、そう言いだした。

 ――ククッ……

 不意の笑い声に、三人の視線が集まった。
「あぁ、ご免なさいね、だって、縁も所縁もない娘の為に、こんなにムキになるなんて……」
 そう言いながら、どこか嬉しそうに笑っているエイジュ。
「ま……まぁ、町長、病の身で、あんな死闘を繰り広げた人間ですよ、また、そんな大声で」
 気を取直し、医師がそう言って町長を宥めている。
「し……しかし、そのわりに今朝と比べて、ずいぶん元気そうじゃないですか」
 エイジュに言われた事が少し照れくさかったのか、顔を赤らめそれでも町長はイザークを指差し、その容態を指摘している。
「そうだ、回復期に入ってきたからな」
 彼女を少し気にしながら、イザークは町長の言葉にそう返している。
「回復期?」
 謎の病ならその治り方も謎だった。
 医師は言葉を反芻して訊ねている。
「おそらく、彼らとの戦いの途中からだと思う。今回は期間が驚く程短かった。いつもなら、あと半日はあの状態が続いていたはずだ」

 ――おかげで、助かったのだが……
 だが、そのいつもと違う回復の速さは、イザークに自身の身に対する不審を募らせていた。
 募る不審を抑えるためか、あの傷の辺りに手を当てている。
「今は、まだ取り逃がした残党を追う力はないが、彼らの行く所は一つしかあるまい。おそらくは、奪った金品のある場所。彼らの根城。生き残りから場所を聞き出してくれ」
 医師と町長はイザークの言葉に黙って耳を傾けている。
「夜明けまでには、この身も完全に回復するだろう。この仕事のケリは必ずつけさせてもらう」
 そのまま服を握り締め、イザークはそう言いきっていた。
 
「渡り戦士の割には、責任感が強いのね、それとも、やられたらやり返す……のが、モットーなのかしら」
 それまで、三人に会話にほとんど口を挟むことの無かったエイジュ。
 少し驚きを込めた眼でイザークを見て、そう言ってくる。
「仕事として依頼を受けている、それだけだ」
 彼女の言葉に、イザークは明らかに眉を潜め、そう返した。
「ああ、嫌味に聞こえたのならご免なさいね、そんなつもりではなかったのよ? でも、お互い、こんな仕事をしていると何度か会ったことがあるでしょう? どうしようもない渡り戦士の連中に。同じ渡り戦士だと思われるのが、屈辱に思えるような、そんな連中にね」
 彼の表情にエイジュは謝りながらもそう言い、肩を竦めて見せた。
「……ああ」
 思い当たる節があるのか、イザークは溜め息を吐きながらそう返すと、
「悪いが、休ませてもらう」
 そう言って、彼女を無視するようにベッドに横になった。

 静かに、ドアが閉じられてゆく。