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自分らしく
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彼方から 第一部 第十話

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「ああ、待ってくれ先生、わたしはまだ、彼に言いたいことがあって……」
 閉じられたドアを再び開けようとする町長。
「まあまあ、それはまた後にしましょう。彼も少しは休まねばならないんです」
「あたしの話もまだ、済んでないのですけれど……」
 と、医師とエイジュが町長の困った行動を諌めるように声を掛けている。
「いや、文句を言うつもりではないのだよ、ちょっと、あの女の子のことで考えたんだが……」
 そう言い掛け、
「……まあ、あっちで話そう」
 どうやら、ここでする話ではないと思い直したようだ。
 自分を怪訝そうに見る医師とエイジュを連れて、場所を変えるために歩き出した。
 離れて行く気配を、イザークは横になったベッドの中で感じ取っていた。

   *************

「え? 引き取る?」
 宿の台所で、人数分の眠気覚ましのお茶を淹れ、町長とエイジュに渡しながら、医師は彼の言葉を驚きを込めて反芻していた。
「そうしてもいいかなと思ったんだ。身よりのない、移民の子なんだろ?」
「ああ、らしいな……途方に暮れて、通りがかった彼にくっついてきたと聞いたが」
 三人の話を余所に、宿の女将が手伝いに来てくれた町の男たちに、労いのお茶を振る舞っている。
「顔立ちがな、どことなく似とるんだ、わたしの娘に……その昔、つまらん男に惚れて家を出て、結局、事故で死んでしまいおった娘だ」
 医師の淹れてくれたお茶を冷ましながら、ちょっとムッとした様相で語り始める町長。
「その男がまた、やたらいい男で、以来わたしは、美男とみるとやたら反感が、こう……」
 ――困った人だなあ……
 思い出すと腹が立つのか、町長はあらぬ方向に眼を向け、お茶を片手に握り拳を作っている。
 いくらノリコが亡くなった娘に似ているからと言って、その娘がついて行ってしまった男とイザークを重ねるのは、彼にとって甚だ迷惑だろう。
 しかも理由が、『やたらいい男』なだけでは……
 医師は町長の隣で、またしても困り顔で、特に言葉を返すことなくお茶を飲んでいた。
 町の者たちが、宿の主人に葬儀屋が来た事を伝えに来ている。
 大変だったなと労ってくれる者に、いやー、それがすごくてよ……と言いながら、応えている主人。
 まだ、宿に残って手伝ってくれている者たちも、他の客のことを心配したりしている。
 落ち着いたとはいえ、正確に言えば、まだ騒動は収まってはいない。
「まあ、彼としても、あの子は足手まといにしかならんだろうし、なんといっても渡り戦士なんてヤクザなものだ……いつ何時、今夜のような事があるかわからん。いつまでも、つれ歩くわけにもいかんだろ」
 町長と医師は、調理台に寄り掛かりながらお茶を飲み、宿の中で交わされる町民たちの会話を聞きながら、そんな事を話している。
 仮眠室の中、ふと、イザークの瞼が開いた。
 彼らの話が聞こえたのだろうか……彼のいる場所と町長たちのいる場所は、少し、離れているというのに……

 町の主要人物である彼らは、後始末の采配の為か、このままここに残るようだ。
「優しいのね、町長さんは」
 黙って聞いていたエイジュが、湯呑みの中で揺れるお茶に視線を落しながら、微かな笑みを浮かべ、そう呟いた。
 台所の中央に置かれたテーブルに、同じように寄り掛かっていたエイジュを見る二人。
「そうなんだよ、口は悪いし声も大きいが、結構親身になって世話を焼いてくれるんだよ、この人」
 エイジュの言葉に医師も顔を綻ばせ、町長を褒めている。
「よせ、何も出んぞ」
 二人から褒められ照れ臭くて仕方ないのか、町長は頻りにお茶を飲みだした。
「確か、エイジュさん……だったな、アイビスクの臣官長の依頼で動いとると言っていたが……わたしに話とはなんだね?」
 やっと、自分の用件を思い出してもらえ、エイジュはにっこりと微笑む。
「ええ、色んな町に伝わるお伽噺のようなものとか、伝説とか言い伝えとか……そう言う話を集めるよう言われているの。それで、確か、この町の近くに、樹海があったと思うのだけれど……」
 樹海という言葉に、医師と町長、思わず二人で顔を見合わせる。
「なんだあんた、あんたも【目覚め】とやらを捜しに、金の寝床へ行くつもりか? 案内ならできんぞ?」
 エイジュの話を最後まで聞かず、町長はいきなりそう訊ねてくる、指を差しながら。
 【目覚め】・樹海――その言葉に、イザークの瞳が動く。
「……え?」
 町長の問いに、エイジュは呆気に取られた後、笑いだした。
「くっくっくっ……違う、違うわ、あー、可笑しい。【目覚め】になんか、興味ないわ」
 彼女はそう言いながら体をくの字に曲げ、笑っている。
「依頼主もそんな事は言っていないわ、それに、そこへは自力で行けるしね……」
 眼に涙を浮かべながらエイジュは笑いを抑え、
「そうではなくて、そんな【目覚め】が現れると言われた樹海だからこそ、その近くにある町や村に、樹海に纏わる言い伝えやそう言うお伽噺みたいなものがあるのじゃないかしらと、そう思って……それを集めるのがあたしの仕事で、依頼なの」
 と、改めて依頼内容を伝える。
「そんな依頼で動いとるのかね、あんた」
「世の中、物好きな人がいるもんですね」
 医師と町長は、呆れと同時に驚きを込めて、微笑んでいるエイジュを見ていた。

「まぁ、そういう事なら、わたしよりも女子供の方が良く知っているかもしれん、明日、町の皆に訊いてやろう」
 町長が空になった湯呑を置きながら、そう応えてくれる。
「ありがとう、助かるわ」
「ところであんた、今夜、どこに泊まるのかね」
 医師の問いかけに、
「この宿は空いてないかしら?」
 と、首を傾げる。
「うちで良ければ、空いていますよ」
 三人の会話を聞いていたのか、宿の女将がそう言って、振る舞っていたお茶の後片付けをしながら声を掛けてくれる。
「お世話になってもいいかしら」
「どうぞどうぞ」
 エイジュも、空になった湯呑を寄り掛かっていたテーブルに置き、女将の方に身体を向ける。
 部屋の鍵を持つと、女将は彼女を誘うように先に立って台所を出てゆく。
「それじゃ、先に休ませていただくわね」
 台所を出る際、エイジュはそう言って二人に微笑み、軽く会釈をしていく。
「あ、ああ」
「おやすみ」
 その会釈に応えながら、少し不思議な感覚を、二人は持っていた。
 その感覚を互いに同じように持っていることに気づいたのか、二人はなんとも言えない面持ちで顔を見合わせていた。

 遠ざかってゆく二人の足音。
 その足音に耳を澄ませながら、イザークは眉を潜めていた。
 
   *************

「見つけたぞーー!」
 星の降る夜の町の中、町の男たちの声が聞こえてくる。
「わああっ、許してくれっ! おれは頼まれただけなんだ、下っ端なんだ! だから、見逃してくれーー!」
 数人の町の者に取り押さえられているのは、宿番の男――ハンだった。
 情けなく泣き叫び、許しを乞うている。
 盗賊の頭に名を呼ばれたこと、あれが、彼のその後の運命を決めていた。
「ちっ……」
 ハンのその後を運命づけた張本人が、建物の陰からその様子を見ている。