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Family complex -怪我をした日-

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フェリシアーノの鞄から何かの震えるような音が鳴り出したのは、ちょうど子供二人がケーキを食べ終えた時だった。
誰の携帯だろうかと菊が思っているうちにフェリシアーノが慌てて鞄を開けると、案の定、取り出されたのは着信中の緑色の携帯電話だ。
「…もしもし、…うん、ごめんなさい」
その電話を耳に当てると、フェリシアーノは少ししゅんとした様子で何事か話している。おそらくは家の人からなのだろう。
漏れて来る話の内容からして、保護者に言わないで学校からこちらに来てしまったようだ。
外を見遣ればいつの間にかもう空は茜色になっていて、確かに小学生なら帰宅すべき時間だ。これは電話の向こうの相手もフェリシアーノのことをさぞや心配しているに違いない。
きっとやさしい両親なのだろうな、と菊は思った。今日会った限りでもわかるその素直なところや、ふくふくとしたピンク色の頬を見ていると、とても愛されている子供だと分かる。
その時、一旦電話を耳から離したフェリシアーノがルートヴィッヒに顔を向けた。 
「ねえ、迎えに来るって言うんだけど、ここ、どこ?」
ルートヴィッヒの方もすでに予想をしていたようで、驚く様子もなく「俺が代わる」と受話器を受け取って何事か話している。その様子を見る限り、彼はこういった事に馴れているようだ。きっとこのやりとりも、いつものことなのだろう。
迎えが来るのなら、その前にもう一杯お茶を煎れようと思い立った菊は、「お茶を煎れてきますね」と誰にでもなく言ってから、台所へと立った。

「付いていかなくて大丈夫ですか?」
聞けば菊の家の近くまで迎えが来るらしい。フェリシアーノを送っていくというルートヴィッヒに、一人だけでは危ないと菊が着いて行く事を申し出ると、彼は「すぐ近くだから大丈夫」と首を振った。迎えが来るのはバス停のあたりなのだという。
「じゃあ、お二人とも気をつけて下さいね」
未だに心配だったが、ルートヴィッヒがそういうのだからと菊は引き下がった。バス停まではほんの5分の距離だし、遅いようならその時に様子を見に行けば良い。
「きくさん、ありがとう。ケーキ美味しかったです」
玄関で靴を履き終えたフェリシアーノが、にっこり笑って言った。
最初会った時に泣いていた顔はそれは酷い有様だったが、こうして笑うとその顔はとても愛らしい。ルートヴィッヒと並ぶと、まるで絵本から抜け出て来たようだ。
「いいえ、またいつでもいらっしゃい」
菊が言うと、はい、とフェリシアーノは頷いた。
「じゃあ、行ってきます」
律儀に言うルートヴィッヒに「行ってらっしゃい」と菊が手を振ると、二人は仲良く並んで玄関を出て行った。




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すでに日の落ちた街は薄暗い。
「ケーキ美味しかったねえ」
フェリシアーノはご機嫌で、鼻歌まで歌いそうな様子だ。
来た時の泣きじゃくった様子はどこへ行ったのだろう、とルートヴィッヒが思いながら煌々と灯る街灯の下を二人で歩いていると、ふとフェリシアーノが口を開いた。
「ねえ、ルーイ」
「なんだ?」
「きくさんて、ルーイのお母さん?」
「違う。おまえ、俺の母さん知ってるだろ」
フェリシアーノは何度もルートヴィッヒの家に遊びに来ている。その時母にだって会っている筈なのだ。
というか、菊は男性だから父はあっても母というのはありえないのだが、そこまで言うのもなんだか億劫でルートヴィッヒが眉間に皺を寄せていると、フェリシアーノからは「あ、そっか~」と能天気な返事が返ってきた。
「じゃあ、きくさんて、ルーイのなに?」
「…え?」
問われて、ルートヴィッヒはそこで初めて、自分の中にそれに対する答えがないのに気づいた。
「叔父さんとか?」
ルートヴィッヒの父には兄弟はいないから、親の兄弟…叔父さん、に当たる人は、母の弟のギルベルトだけだった筈だ。
じゃあ菊は?
「…よくわからない」
「ふうん?」
「兄さんが忙しくて家にいない時もあるから、父さん達がいない間、菊さんちに預けられたんだと思うけど」
ギルベルトや菊の口ぶりからして、二人が知り合いであることは間違いない。
では菊はギルベルトの友達…という事なのだろうか?
たぶんそうなのだろうが、二人から聞いた訳ではないから断定はできない。
「やさしくてかわいい人だねー」
フェリシアーノが相変わらずのんびりと言った。
少なくともその言葉には異存がないルートヴィッヒもひとつ頷く。
確かに、菊はとてもやさしいし可愛い。
男の、しかも大人の人だからその言葉を使うのは間違っているのかもしれないが、フェリシアーノだってそう思うのだから、ルートヴィッヒが思うのも変ではないのだろう。
そうしていると、視線の先のバス停のあたりに黒い大きな車が停まっているのが目に入ってきた。いつもフェリシアーノを迎えに来る車だ。
「あ、もう来てるみたい」
「じゃあな」
言うと、ありがとね~と言いながらフェリシアーノは車に駆け寄っていく。
運転席の運転手が、こちらへ頭を下げたのが見えた。
そして、いつものように彼が乗り込むのを見届けてからルートヴィッヒが踵を返すと、その横を走り去っていく車の中からフェリシアーノが手を振るのもいつものことだ。
街はすっかり夜になり、窓ガラスの向こうにはたくさんの温かな光が灯っている。
来た道をひとりで引き返しながら、ルートヴィッヒは菊のやさしい顔を思い浮かべた。
菊がギルベルトとどういう関係の人なのか…きっと友達なのだろうけど、確かな事をルートヴィッヒは知らない。
ただ一つ分かるのは、菊がとても心を砕いてくれるせいか、あの家が自分にとって居心地が良いという事だけだった。



**



ヴァルガス家の当主は、その日もいつもと同じように自宅へと戻ると、家を任せている使用人の簡単な報告を聞いてから孫の部屋へと向かった。
現在、住み込みの使用人達の他に、自宅には孫が一人住んでいる。
これが中々どうしてとっても可愛いのだ。
今まで、孫をやたら可愛がるじじばば共の話を聞く度に馬鹿にしてきたものだが、実際に孫というものができてみて、やっと彼らの気持ちがよくわかった。これは理屈抜きに可愛がる筈だ。だって文句無しに可愛いもんな。
当主は、部屋へ着く前に早くもだらしなく相好を崩した。
「じいちゃん、お帰り~」
ノックしてからドアを開けると、孫のフェリシアーノはパジャマに着替えてベッドの中にいた。部屋も薄暗くなっているから、どうやら眠るところだったようだ。
「ただいまフェリ~」
いつものように布団の上に寄り添い、柔らかな頬に思わず頬ずりすると、寝ぼけた様子で「やだ、髭が痛いよお」と言われてしまって渋々止めた。
「今日は学校の帰りにどこかへ行ってたんだって?」
問いかけると、フェリシアーノはぼんやりしながらも、「あ、聞いたあ?」と困ったようにこちらを見る。
「ごめんなさい、ちゃんと連絡しないで」
すまなそうにしているのが可哀想で、思わず「今度からはちゃんと連絡すればいいさ」と言って頭を撫でた。
この様子だと、きっと自分が帰宅する前に使用人達からこってり絞られたのだろうから、自分まで責める必要はない。