エースコンバット レイム・デュ・シュバリエール
◇ ◆ ◇
「……高度15000フィート(約4600メートル)。こんなもんでいいでしょ」
それから少しして、あたしたちの体ははるか空高くに身を置いていた。ここで反転して、地上を見下してやるのが気持ちいいんだけど、今日はやらない。
「どうだい、えーっと、レイフ。今の気分は」
言わずもがな、前に『狼』を乗せているからな。静かな小狼、ご機嫌を保って噛まれないように、扱いは慎重にだ。
「空」
「え?」
「雲が早く流れてる」
「そりゃ、飛んでるからね。あたしたちが速いから」
「……綺麗」
「……さいですか」
アイツはしっかりご機嫌らしいが、全く、気が抜けるよ。
しかし、うなだれるわけにもいかない。ここからがアイツの可能性(・・・)を示す大舞台なんだからね。
「さ、ここからはお前さんの自由だ。飛ぶ前に言ったルールは厳守だ。わかってる?」
「わかってる」
ここを飛び立つ前、滑走路に移動している間にかんたんな操縦方法、それと三つの厳守すべきルールをあたしはアイツに示した。
操縦桿とスロットルレバー、ラダーペダル以外の操作は行わないこと。
勘だけでこなすには非常に危険が伴う操縦だから、離着陸はあたしが行うこと。
そして、あたしの指示を絶対に聞くこと。
この三つ。あたしの身を守るためにも絶対に守ってもらう。それさえ守ってもらえば、素人の操縦でもなんとかなるだろう。
あたしはアイツのその自信のある返事を信じ、いよいよゴーサインを出す。
「レイフ、機動を許可するよ!」
「イエスマム」
アイツの返事を確認し、あたしは両手の握力を緩めた。
その直後。
「ンぅっ!?」
不意打ち気味に襲いかかる左方向への重力。あたしの右には地上が見える。
機体の進行方向に対して軸回転。アイツはあたしに言われるや操縦桿を右に、右ロールを繰り出し水平から60度ほどの傾きを起こしていた。
「……本当にゲームと違って、右に進まない」
「ちょ、何して……!」
「……戻す」
「んんっ!?」
お次は右方向へのG。左ロールで機体は水平に戻る。
アイツの口ぶりから、どうやら操縦の確認をしているようだった。説明したろうて。
「……ふぅ」
「ふぅ、じゃない! いきなり過ぎ!」
「でも、自由って言ったのはチャッティ」
「間ってものを知らないのかい!」
怒鳴りつけてやるも、アイツは平然とした口調で反論してくる。邪魔するなって感じさ。憎たらしいね。
「じゃあ、言う」
「ああん?」
ならばと、予告をしてから機動を行うと言う。
「次、上と下」
ピッチのアップダウンかい。気に食わなかったが、あたしはそれに受け応えをする。
「ちぇっ……はいよ、りょ……」
だが、あたしが応答を言い終わる前に、
「ンくぅっ!?」
体重が倍になる感覚。それもやはり不意打ち気味。アイツが操縦桿を手前に切ったのさ。テンポも考えず、思うがままに。
「だ、だから……オォッ!?」
注意しようとするも、今度は頭に血が上る感覚があたしを襲う。そして、ピッチダウンした機体は再び水平に戻る。
「お、お前なぁ……!」
「次は横滑り。チャッティが説明してくれたのはここまで」
と、またアイツが言うと、今度は機体は水平角度のまま、方角だけを変える。前方に映る雲は、緩やかに横方向に動いている。
ラダーペダルを用いる、側面方向への移動でかかるGはピッチ・ロールに比べて遥かに軽い。あたしはここで、喋る余裕を得る。
「……カッ、思い切りはいいかもしれないがね、もうちょい後席のあたしのことを考えたらどうだい?」
その乱暴とも言えるアイツの操縦桿さばき、なんだか自動車運転の下手なやつの隣席に座ったような、そんな感覚に似てるね。後ろなんだけど。
あたしなんてお構いなし。自由だと言ったら本当に自由だ。言葉の意味をそのまま受け取るやつだからね。
……ほんの少し羨ましいとも感じたよ。なりふり構わぬ自由さ、毎日同じ暮らしを続けていたあた。
「じゃあ、改めて言っとく」
そんなアイツは更に自由に事を進める。一匹狼に束縛などない。
「ここまではお試し。スゴイのは次から」
すこし得意げな声色。つまり、やりたい放題やるのはこれからってこと。
「……あーもう! わかったよ、やるだけやってみな! 危ないと判断したら、すぐに止めるからね」
この先、その自由に引っ張られることに、本当の意味であたしは腹をくくったのさ。なるようになれ、ってね。
「イエスマム……!」
そして、アイツは左手を押し込み、機体のスピードを上げる。それとほぼ同時に機首が上を向く。
「ふぅぅ……」
ループ(宙返り)……まあ、初めての人間はやりたくなるよね。体にかかるGに対し、息を吐いて耐える準備をしながらあたしはそう思った。
が、その予想が外れていることを、頭上に映る太陽が横にずれているのですぐに気がついた。
「……へ?」
じきに太陽は右側から潜るように機体の裏に隠れ、大地が天蓋となる。あたしは機器類によって隠れている前方の様子を、バイザーのVR映像投射機能で確認する。
「ま、マジ……!?」
その先に見える入道雲。それを視界上部に維持したまま、画面は緩やかに回転している。
進行する方角を変えることなく、その方向を背軸とする螺旋を描きながら飛行する機動、『バレルロール』をアイツはやってみせたのだ。
「っ……ふぅぅっ……!」
無線越しに聞こえるアイツの吐息。息の吐き方からわかる。しっかりと前を見て、マニューバ(機動)に集中している様子だ。
そう、驚くことに意図的にやっていたんだ。初めてでこの機動、しかも何も臆することなく。
気がつくと、バレルロールも一回転を終えるところ。左側から太陽が顔を出し、コクピット内に明暗がはっきりと別れる。
アイツはそれで終わるはずもなく、
「ま、だ……」
「つ、続けるっての?」
止まること無く二周目に突入する。
そして、一回転半に差し掛かったときだった。
「……ここ!」
アイツはまたも驚きの行動に出た。
「ぐっ……っ〜〜!」
あたしはのしかかるGに唸りを上げながらも、バイザーの映像と重なって投影されるHUD表示を確認するため、重いまぶたを閉じまいと堪える。
メモリは目まぐるしく変わる。速度を落とした機体は、逆さまのままピッチアップの機動をしているようだ。
「『スプリットS』をやろうってのかい!?」
空中で背面を地面に向けピッチアップ、高度を下げながら進行方向を真逆に変える機動。すれ違った下方の敵を追いかける際に良く使う機動だ。
高度が低すぎる、また速度が大きすぎると地面に激突する恐れもある危険なマニューバ。速度を落としながらやってるあたり「アイツは本当にド素人なのか?」なんて事まで浮かんでくる。
HUDの水平との角度を表すメモリの数字は「0」を示す間近。再びエンジンの音が強くなり、そして水平に戻った。
「……ふふ!」
「……はは、ぶっ飛んでやがる。お前さん、身体の中にダイナマイトでも仕込んでるのかい?」
一連の機動を終えたあとの一笑。十六の可憐な少女とは思えないバイタリティだよ、ホント。
作品名:エースコンバット レイム・デュ・シュバリエール 作家名:ブルーファントム