彼方から 第一部 最終話
追ってくるイザークのスピードに、充分な間合いを取りきれないケイモス。
余裕を、失い始めていた。
「なめるなァッ!!」
両手を額の辺りにまで挙げ、追い付こうとしているイザークに、さっきよりも威力の高い遠当てを放った。
だがその遠当ては、イザークから大きく外れ、彼の後ろの地面を破壊していた。
――はずした!? この、おれが?
己の強さの証とも言える遠当てで倒れなかった人間がいたことよりも、『当てられなかった』その事実に驚愕する。
――この男のスピードにうろたえて……
何者にも負けない強さを自負して止まないそのプライドに、微かな罅が入る。
「くそーーーーーッ!!」
己の信じられない失態に険しい表情を見せ、そのプライドを守るためか、ケイモスは剣を抜いていた。
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「ようやく見つけました」
薄暗い、大きく太い柱が何本も建つ地下の一室。
篝火が焚かれる中、年を召した男の声がする。
「ザーゴの国、カルコという町の近く、お捜しのケイモスという男は今、そこで何者かと戦っているようです」
腰まである長い髪は全て白く、身に纏った服は豪華な装飾が施され、その手には装飾品が煌めいている。
小さな子供なら、すっぽりと入ってしまいそうなほどの大きさのある深皿の中には、砂のようなものが入っており、光っているようにも見える。
その深皿の前に、少し体の小さな老体が座っている。
「その何者かというのは?」
「残念ながら……手掛かりのないものは占えません。【目覚め】と同じことです」
若い男からの質問を受け、そう返している。
どうやらその老体は、占者のようだった。
「それでなくても、『あちら』側から色々妨害が入ったりなどして、占いとはそう簡単にゆかぬものです、ラチェフ様」
床よりも少し高くなるよう、小山のように盛り上げられた台座の上で、老占者は自分の背後から問い掛けてきた若い男をそう呼んだ。
「では質問を、その戦いの勝敗に変えてみよう」
老占者の返しに、ラチェフは特にイラつく様子も見せず、薄く笑みを浮かべると占いの趣旨を変えていた。
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剣と剣がぶつかり合う、甲高い金属音が岩肌に反響し、山々に響いてゆく。
刃を交え、打ち合いを続ける中、ケイモスの息は徐々に上がって来ていた。
――なんて力だ、この野郎
――両手でないと、対応しきれねぇ
――片手を開けるスキさえ見つけられれば
――こいつの顔面におれの気をぶちかましてやるのに!!
――くそお、初めてだ、こんな相手
――このおれが、苦戦をするなんて
互いに剣を受け止め、弾き返し、再び剣を打ち込む……
そんな攻防がどれほど続いているのだろうか。
二人の剣技は拮抗しているように見える。
体格も、その力も、同じように見えてはいる……
いるが……何度目かの刃のぶつかり合う高い金属音を耳に、ケイモスを見据えるイザークの顔には、彼ほどの疲労の色は見えていなかった。
――強い!!
――この男、おれと互角にやりあってる
――手加減のきく相手ではない
イザークはケイモスとの打ち合いの中、彼の尋常ではない強さを、自身の身を以って認識していた。
それは即ち、イザーク自身も、並の人間では比較にならない強さの持ち主――ということに他ならない。
二人は打ち合いを経て、いつの間にか、眼下に川が流れる渓谷へと入っていた。
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「うっ!」
立ち回る場所が悪かった。
足場は凹凸が激しく、イザークは段差に足を取られ、一瞬、バランスを崩していた。
――今だ!!
その瞬間を見逃さなかった。
「その首、ぶっとばして死ねえェッ!!」
イザークの顔面に左の掌を向け、ケイモスは遠当てを放っていた。
避ける暇などない、今の今まで打ち合っていたのだ、その間合いもない。
――やった!!
確実にイザークの顔面に当てた。
ザーゴの兵士の首を飛ばした遠当てを、何人もの命を奪った己の強さの証を……!
彼の頭も、そうなって然るべきだった。
イザークの体は、大きく後方へと飛ばされていた。
そのまま、遠当ての勢いを殺すかのように体を回転させ、イザークは、何事も無かったかのように着地していた。
「なんだとっ!」
――あんな至近距離の遠当てがきかねえだと!!
図らずも、互いの間に出来た間合い。
己の攻撃の一切が効かない相手を前に、ケイモスは追撃を与える事もせず、立ち尽くしていた。
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「この勝負、ケイモスの負けと出ておりますな」
激しい川の流れが眼下に見える渓谷――
二人が戦っているその場面を、遥か高みから見下ろすかのような映像が、老占者には占えていた。
大皿の中、光る砂に両手を翳し覗き込み、
「それも、相当な痛手を受けて……」
背後にいるラチェフに、占いの結果を示していた。
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――遠当てができる者は、自らの気を体の周りに巡らせ、防具代わりにもできる
――それも、おれほどの威力のものを防御できるというのなら……
――こいつ、まさか……
最初の遠当て時も、今、避ける間の無い距離での遠当てを食らっても、イザークは何のダメージも受けた様子がない。
ケイモスに、イザークに対する一つの疑念が湧く。
「やはり、あんたには本気でかからねばならないな」
厳しい表情を見せ、そう呟くイザーク。
ケイモスは、湧いた疑念が頭から離れない。
――まさか……
そのまま、イザークの所作を黙って見ているという愚行に、ケイモスは至っていた。
イザークの左腕がゆっくりと後ろに引かれてゆく。
その仕草は、己が遠当てを放つ時と同じ……
ケイモスの疑念は、現実と化した。
「せえぇっ!!」
その口元から牙が覗く……
気合と共に放たれたイザークの遠当ては、威力も、大きさも、速さも、ケイモスのそれを遥かに凌駕していた。
即座に、イザークと同じように、両腕でガードを堅めるケイモス。
避ける暇はなかった。
「うわあああっ!」
己の力以上の力で放たれた遠当ての直撃を、成す術もなく受けていた。
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「それは困るな。せっかく使い物になる男と思ったのに、体が痛んでしまってはなんにもならない」
老占者の占いの結果に、ラチェフはそう返していた。
「助けますか?」
「そうだな」
淡々と訊ねる老占者に、ラチェフは口の端に微かな笑みを浮かべ、そう応えた。
「だが、残念ながら、私には彼の姿が見えない。力を借りるぞ、占者ゴーリヤ」
ラチェフの体が、仄かに輝きだした。
彼も何かの能力者なのか、静かに瞼を閉じるとその体から、幽体が抜け出てくる。
ラチェフの体から抜け出た幽体は、同じく瞼を閉じている占者ゴーリヤの体へと入ってゆく。
刹那、ゴーリヤの瞼は大きく見開かれ、占いの道具であるあの大皿へと向けられていた。
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遠当ての直撃を受け、ケイモスの体が草むらの中へ倒れ込んでゆく。
作品名:彼方から 第一部 最終話 作家名:自分らしく