願い
目を覚ました。そこは先程までいた所と同じ、ビルが倒れて岩が転がり、炎が燃え盛っている世界だった。──ただ、少しリアリティは増しているけれど。
熱風で時々飛ばされそうになるため、壁に手をつきながら進んでいた。
───絶え間なく泣き叫ぶ人々。度々起こる炎の竜巻。飛び交う悲鳴。全てがこの世界の絶望を物語っていて───最早、地獄だと思った。
道路は殆どがボロボロで、今にも崩れそうだった。崩れているものもあった。オレの居た「クライシスシティ」の道路とは同じ造りになっている。この道路は簡単には崩れないように、長年研究し得た結果を元に頑丈に造られているため、この街を襲う「何か」がどれだけ凶暴で、どれだけの被害を齎しているかが嫌でも伝わってくるのだ。
逆風に押されながらも進む。先程まで随分遠くに見えていたあの高層ビルも、だいぶ近くまで見えてきている。
普段サイコキネシスに頼りっぱなしのため、こうやって体をちゃんと動かすのは久しぶりだった。数十メートルを進むだけで息切れし始めていたから、正直先行きが不安だったが、何とか乗り越えることができた。休憩に、と思って路地裏に入った途端、安堵と疲れが一気に押し寄せ、その場に倒れ込んだ。
空を見る。何処を見ても雲に覆われており、隙間など1箇所も見当たらない。疲れによる眠気も、定期的に響く耳を劈くような騒音によって、一瞬にして消えるのだ。
(……こうして居ても意味が無いか)
思い切って、いつもより重い体を起こす。
路地裏から道路に出ると、奥の高層ビルの近くに誰かが居た。逆風で目が開けにくくあまりよく見えなかったが、それはとても見覚えのある姿だった。
「あれは……」
目を凝らしてやっと見ることが出来たが、その姿は目を疑うものだった。多方向に生えているトゲ、白銀の体。
──そう、そいつは「オレ」だったんだ。
彼はまだオレに気づいて無いみたいだったから、物陰に隠れて彼の様子をみた。
「オレ」は何をしようとしているのだろうか──?目の前にはガレキや車、変な生き物等が沢山いる。アイツは超能力で、それらを一掃した。
(やっぱり、アイツもオレなのか)
崩れた地面を次々と飛び移っていく彼を、気づかれないように追いかける。
暫くしていると、何か広いところに着いた。視線を前に向けると、「オレ」の向こうには、不可解で巨大な化け物が居た。──明らかに、とても危険だった。
「イブリース……いい加減、終わりにさせて貰うぞ!」
その”イブリース”という化け物に、「オレ」は躊躇も無く立ち向かう。オレは流石に危険を感じて、咄嗟に体を動かした。
「危ないッ!」
イブリースに飛びかかろうとした所を、なんとか超能力で止めることが出来た。そのまま彼をイブリースとは反対方向に運ぼうとした、が。
「誰だ!?辞めてくれ、オレは大丈夫だから、ッ!?」
「オレ」が抵抗して無理矢理超能力を解除した瞬間、オレの姿を見て固まった。そのまま彼は落ちていった。
超能力が切れていた為仕方がなく素手で受け止めに行ったが、彼は受け止められた瞬間オレを突き飛ばした。
「何者だ!?今はそれどころではないんだ!イブリースを、倒さないと……!」
突き飛ばされた勢いで背中を強打し、動けなかったオレは彼が戦っている姿を観ることしか出来なかったんだ。
────────
結構ギリギリだったが、彼はイブリースを倒すことに成功した。彼は一息つきもせず、警戒しながら俺の方に振り向き、口を開いた。
「おまえは誰だ?なんでオレが2人いる!?」
「オレはシルバーだ。それはオレだって聞きたいぜ……」
痛む背中を抑えながら起き上がった。警戒心丸出しの彼に今戦闘を仕掛けられたら、一溜りもないだろう。
「オレは別に、アンタに警戒心とか、敵意がある訳じゃないんだよ……。気づいたらここにいたんだ」
「なんだと……?」
彼は少し悩んだ。
「おまえは、オレなのか……?」
「そうだと思うぜ。あと──あのイブリースっていう化け物、倒せたからよかったけどさ、危険だぞ?もしかしたら死んでいたかもしれないじゃないか!」
彼は冷静に続ける。
「それがオレのやるべきことなんだ。この世界を、救いたいからさ」
「なら、今救えたんじゃないのか?イブリースは死んだみたいだけど」
そう、化け物は死んだ。少なくともオレにはそう見えた。そう言うと、彼の表情がわかり易く歪んだ。暫くして重い口を開けた。
「それは─────── 」
その瞬間、爆風が起きた。その騒音が彼の言葉とオレの視界をかき消していった。