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自分らしく
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彼方から 第二部 第二話

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「『よろくし』」
 ――だからあたし、頑張れるっ
「…………『よろしく』って言いたいのかい?」
 朝の光の中、頭を下げるノリコ。
 彼女の新しく、平穏な生活がこれから始まる。

 始まる、はずだった……

 ――だけど……
 ――だけどイザーク
 ――あれから大変なことが起こったんだよ

   *************

 ――ッ!!

 不意に、胸が痛んだ。
 エイジュは眉を顰め、胸を押さえる。
「大丈夫ですか? お客さん……体調でも?」
「あぁ、いえ、大丈夫よ、気にしないで」
 エイジュは心配そうに顔を覗き込んでくる若い船員に、そう言って微笑み返していた。

 ここは、ザーゴの港。
 朝一番の船の乗船手続、エイジュは依頼の報告をする為、一旦アイビスクへと戻る所だった。

 ――二人が、離れ離れになっている……?

 胸の痛みと共にあちら側がエイジュに、そう伝えてくる。
「どうされます? 乗りますか?」
 若い船員が、自分の後ろに停泊している船を見上げ、エイジュにそう訊ねてくる。
 そうしながら、彼女の後ろにいる船の客らしき連中に視線を送る。
 彼女は、肩越しにその連中を見ると、
「いいえ」
 と首を振り、
「荷物だけ、届けてほしいのだけれど……」
 と訊ねた。
「構いませんよ」
 若い船員の返しに、エイジュ、微笑むと、
「では、用意をしてくるから」
 そう言ってその場を離れた。

 船から少し離れ、船の積み荷と思しき箱の上に荷物を置き、中から書誌を数冊、取り出している。
 序に書紙も出すと、携帯型のペンとインクを取り出し、何やら書き始めた。
 ある程度、客も捌け、さっきの若い船員の手が空いた所を見計らって、エイジュは声を掛けた。
「申し訳ないけれど、この書誌と手紙を、ここへ届けてもらいたいのだけれど……」
「あ、はい、書誌ですね――届け先は、アイビスクですか」
 若い船員が快い返事と共に笑顔で、エイジュの差し出した書誌を受け取ってくれる。
「包んだ方がいいですか?」
「ええ、お願い、生憎、包み紙を持ち合わせていなくて」
 船員の問い掛けにそう応えながら、エイジュは荷物の中から小さな袋を取り出し、船員の手に乗せた。
「?」
 船員、手に乗せられた袋の、大きさに見合わない重さに少しキョトンとして、エイジュを見る。
 エイジュ、
「金よ。運賃と手間賃。よろしくね」
 と微笑む。
「……は?」
 彼女の答えに船員、書誌を傍にあった積み荷の上に置くと、慌てて袋の中身を確かめた。
 眼を、これでもかというほど見開き、袋の中とエイジュの顔を、交互に何度も見ている。
「足りないかしら?」
 エイジュが小首を傾げてそう訊ねると、船員は顔を蒼褪めさせ、思い切り首を振った。
「と、と、とんでもないっ!! お……多すぎますよっ! これだけあったら、どこか遠い島にだって届けられますよっ!!」
 そう言って突き返してきた。
「金、五粒もあれば、アイビスクなら十分ですっ!」
 若い船員は、必要以上の金は受け取らないとでも言うように、エイジュを見据えてくる。
 突き返された袋を見詰め、エイジュは船員の正直さに眼を細めた。
 そっと、袋を押し返す。
「運賃と手間賃だと言ったでしょう? 書誌を包んでも貰うし、確実にそこへ届けても欲しいしね、だから、遠慮なく受け取ってちょうだい」
「ですが……」
 戸惑う船員に、エイジュは無言で微笑みだけ返した。


「じゃあ、おれ達が責任もって、届けてやるぜ?」
 彼女の背後、頭一つ分ほど高い所から、下卑た笑い声と共に声が降ってきた。
「ひっ――」
 若い船員が袋を思わず握り締め、慌ててエイジュに頼まれた荷物を手に取る。
 その顔が蒼白になってゆく。
 明らかに、今、船員の手の中にある『金』が目的なのだと分かる声音。
 せっかくの爽やかな気分を台無しにされ、エイジュは思い切り眉を顰めて振り向いた。
 一際体の大きい、無精髭を蓄えた粗野な感じのする男を筆頭に、にやけた笑みを顔に張り付かせた手下のような男が二人。
「結構よ、彼に頼んだから――あなた達の手は必要ないわ」
 彼女は、鼻が曲がるような匂いのする香水を着けた男三人を冷たく見据え、そう返していた。
 振り向いたエイジュの顔を見て、男たちの表情が変わる。
 その眼に、いやらしい色が浮かび上がってくる。
「あんたもその荷物も、おれ達がアイビスクまで、ちゃあんと、届けてやるよ」
 エイジュの肩に手を置き、彼女の荷物と金の袋を持つ船員を睨み付ける男。
 眼で、『その荷物と金を置いて行け』と、言っている。
「ああ……」
 それが伝わったのか、体を震わせながら、船員は後ろに下がってゆく。
 荷物を、その辺の積み荷の上に置こうとする素振りを見せる船員。
「ちょっと待ってちょうだい」
 エイジュは肩越しに、船員に声を掛けた。
「それは、あなたに頼んだのよ? あなた以外の人に、届けて貰いたくはないわ」
「で……ですが……」 
 エイジュの言葉に返す船員の声音は震え、明らかに落ち着きがなくなっている。
 無理もない、自分よりも数倍は体の大きい、如何にも、腕っぷしだけを頼りに世の中を渡ってきたような連中に睨み付けられては……
「大丈夫、大丈夫よ、あたしはこう見えても、渡り戦士を生業としているのだから」
 エイジュはそう言って、体を震わせている船員に微笑みかけると、腰の剣に手を宛がった。
「渡り戦士!? 女のあんたが? こんな体で?」
 どう見ても、自分よりも二回りは小さく、しなやかで細い体をしているエイジュ。
 腰の剣がとても重そうに見える。
 男たちは彼女を見下し、腹を抱えて笑っている。
「ええ……そうよ」
 抑えた声音でそう言い、エイジュはいきなり、粗野な男の胸座を掴んだ。
「おっ? どうしようってんだ? まさか、このおれを投げ飛ばそうってか?」
「よせよせ、いくら渡り戦士をしているからって、あんたみたいな女が、兄貴みたいな大男、投げられるわけねぇだろぉ?」
「まったくだ、黙っておれ達に護衛されてる方が似合うぜ?」
 エイジュに胸座を掴まれても、その手の細さ故か、余裕を見せている男とその手下たち。
「まったく……あなた達のような人間はどうしてこうも、人を外見だけで判断するのかしらね……」
 溜め息と共に吐き捨てるようにそう言うと、エイジュは男の胸座を掴んでいる左手に力を籠め、捩じりあげた。
「う……?」
 捩じりあげられた服で胸が締め付けられる。
 とても、女の力で、しかも片手で成されているとは思えなかった。
 次第に、息をするのが苦しくなってくる。
「よ、よせ……やめろ、この、アマ……」
 男は焦り、エイジュの手を外そうとする。
 だが、彼女の手は、ビクともしない。
 その上、地面からゆっくりと、足が離れてゆく……
「な……ウソだろ……?」
「あ、兄貴!?」
 エイジュに片手で釣り上げられている男が、息苦しさに顔を真っ赤にしている。
 何とかその左手から逃れようと、足をバタつかせ、両手で必死に外そうと試みている。
「はな……離せっ! このっ……」
「あたしのような女が、あなたのような大男、投げられるわけがない……のよね?」