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自分らしく
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彼方から 第二部 第三話

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 初めてのことに少し眉を潜めながらも、イザークは再びカウンターに体を預けた。
「まあ、世の中ヤなこといっぱいあるからなァ、酒でごまかそうとする気持ち、分かるぞ」
「ンとに、やってらんねーよなー」
 酔っぱらい二人は、浮かない表情で酒を口にする彼も、自分たちと同じように嫌なことでもあったのだろうと勝手に解釈したのだろう。
 年若いイザークに絡み、愚痴を零している。
 イザークも、そんな二人を嫌がり邪険にする訳でもなく、ただ困り顔で、肩に手を回されながらも絡まれるがままになっている。
「なっ、兄ちゃん、聞いてくれよ、役人のやつ、きたねーんだ、自分の贔屓の運び屋、雇う為にさ、おれ達に無茶な日程押しつけて、間に合わないなら白霧の森を通って行けって言いやがった」
 イザークの肩に手を回す酔っぱらいは、ただ、聞いてもらいただけなのだろうが、彼に言っても仕方のないことを言い始める。
 酔っぱらいの愚痴など、どこでもそんなようなものなのだろうが、それを邪険にしないイザークは、人が良いのか慣れているのか――相槌を打つわけでも、話に乗るわけでもないのに、延々と愚痴を零す酔っぱらいに付き合っている。
「白霧の森っていやあ、怪物が出んだぞ? 生きて通り抜けた奴はいねーんだ……手を引くしかねーだろが、なあ、仕事失くしても、命の方が大事だもんな」
 仕舞いには泣きが入ってくる酔っぱらい。
 本当に彼は、ただ人が良いだけかもしれない……イザークは扱いに困っている様子を見せているだけだった。

 ふと、何かに気づき、後ろを振り向いたもう一人の酔っぱらいが、
「お……おい」
 と、泣きの入った連れに手を掛け、声を掛けた。
「え? あ……」
 イザークに絡んでいた酔っぱらいも、その声で同様に振り向き、何故、連れが声を掛けてきたのか、その理由が分かった。
 二人の表情が変わる、イザークの傍から離れてゆく。
 彼も、背後の気配に気づき、振り向いた。
「へぇー、こんなお嬢ちゃんひねるだけで、闘技屋の賞金分、いただけるのか?」
 そこに立っていたのは、長身のイザークよりもまだ背が高く、腕の太さも胸の厚みも彼の倍はありそうな、如何にも『屈強』という言葉の似合いそうな男。
 イザークと同じ黒髪の長髪で、腕を組み、厳つい顔に余裕の笑みを貼りつかせている。
 年齢も、彼よりは少し上だろうか……二十五・六と言ったところだ。
 残念なのは、年の割に髪の毛が後退してしまっていること――それが、厳つい顔を更に厳つく感じさせる。
 名は、バラゴ。

「あれは、前回の闘技屋での優勝者。今回の3番に勝るとも劣らぬ、残酷さと強さを持つ」
 酒を口にしながら、二階席で階下の様子をナーダが――次期国王だと言われている男が、愉しみ、観ている。

「さる貴きお方からの命令でな、我々の戦いを見物したいと仰せだ。おまえもおれに勝てば、もちろん、法外な金がいただけるぜ」
 バラゴが漂わせる不穏な雰囲気に、店の客が二人を遠巻きにしてゆく。
 イザークに絡んでいた酔っぱらいも、いつの間にかどこかに行ってしまっている。
「そら、目の前にいらっしゃるだろう」
 彼に勝てる自信しかないのだろう、バラゴはそう言いニヤついた笑みを見せ、丁度自分の背後、二階席のバルコニーにいる人物にイザークの注意を向けさせる。

「しかし、これでは勝敗が最初から決まってるようなものですな、ナーダ様。あっさりのされてしまっては、つまらないのでは」
「なに、それもまた一興、面白い見せ物だ」
 バルコニーから見おろし、使用人もナーダも、ただの余興、暇潰し程度にしか思っていないのだろう。
 自分の身に、何の危険も及ばない戦いはただの『見せ物』なのだ。

 ――誰だ、あいつ
 ――くだらんことをさせる
 
 バラゴの背後、二階席を見上げ、そこに見える扇を持った男にイザークは眉を潜めた。
 男が居る場所や身に着けている服や装飾品、そしてバラゴの言葉からも、男が身分の高い人物だということは彼も分かっているのだろうが、そんなことにイザークは一切、興味がなかった。
 そして再び――

 ―― イザーク! ――

 ――う!?
 体をビクつかせるほどハッキリと、頭に声が響いた。
 彼の意識が、響いた声へと向いていく。

 ――まただ
 ――はっきりと、ノリコの声が聞こえた
 
 ――おまえが
 イザークの脳裏に、別れ際に見たノリコの泣き顔が蘇る。
 ――呼んでいるのか?
 即座に、足下に置いた荷物を手に取った。

「悪いが、あんた達に付き合う気はない、他の相手を見つけてくれ」
 左肩に荷物を担ぎ、イザークはバラゴにそう返す。
 ――まさか
 ――何かが、あいつの身に起こったのでは……

「おいおい」
 自分の脇を擦り抜け、行こうとするイザークを、バラゴは小馬鹿にしたように見やった。
「おやおや、逃げ出そうとしてますぞ」
「これはまた、なんと情けない、いやいや無理もないか」 
 店の使用人も、ナーダも、バラゴ自身も、イザークが恐れを生したと、そう見たのだろう。
 見かけ通りの『優男』だと。
 だが、身分にも金にも、ましてや必要のない戦いなどに、元よりイザークは興味の欠片すらない。
 頭の中にあるのは、突然聞こえてきたノリコの声……
 彼女の安否――それだけだった。
「おっとっと、そうはいかねぇよ」
 だが、そんな言葉で見逃してくれるはずはなく、バラゴは行こうとするイザークの肩を掴み、
「おまえを倒さなきゃ、金をもらえねぇ」
 そう言って引き戻そうとする。
「始めろ!! 死にもの狂いになれば、少しは抵抗もしよう」
 イザークが、バラゴに恐れを生し逃げ出そうとしているとしか見ていないナーダが、二階席からそう命令する。
 弱き者が強き者に抵抗空しく伸される様でさえ、彼らにとっては余興になるのだ。
 それが、見場の良い若い渡り戦士となれば、尚のことなのかもしれない。
 恐らく、厳つい様相のバラゴを差し向けたのは、そう言う意味合いもあってのことだろう。
「……だ、そうだぜ?」
 余裕の笑みを崩さず、バラゴはイザークを威圧するかのようにそう言ってくる。
 たとえ、イザークにその気はなくとも、戦いを避けることは無理のようだった。


 ――ガッ!!
 イザークは無言で、肩に掛けられたバラゴの左手首をいきなり右手で掴みあげると、そのまま捻りながら彼の背中へと、腕を回してゆく。
「ぎゃっ!」
 痛みに思わず声が上がる。
 イザークはそのまま、バラゴの背を押し、放った。
 さして、力を入れた風にも見えない所作だったが、バラゴの巨体はもんどりうって、遠巻きにしていた客の中に突っ込んでいく。
 彼がバラゴの手首を取ってから、その巨体を転がすまでの一連の動作は淀みなく、水の流れの如く滑らかだった。
「おっ!!」
 誰もが、イザークの無残な姿を想像していた中の呆気ない、しかも、鮮やかな手並みに、驚きの声を上げる。
「こんな遊びはやめろ、はた迷惑だ」
 二階席を見上げ、一言そう言い捨てるとイザークは踵を返し店の外へと出てゆく。
「あ……あ、待て……! 待てと言うのに!」
 その背に掛かるナーダの声など、彼に耳にはまるで入らなかった。