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自分らしく
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彼方から 第二部 第三話

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 ただ、目的地に向かうことのみに集中する。
 一刻も早く、二人の傍へ……
 彼らの気配に近づく為に……

   *************
 
「お父さん、お父さん、元気を出して」
「ああ、すまない、有難う……でも、もうちょっと、落ち込ませておいておくれ、お父さんは今、自己嫌悪にどっぷりなんだ」
 エンデの街の街外れ――
 麗らかな陽射しの中、一組の親子が居るのは、街外れに懸かる渡り廊下のような橋の下。
 そこに広がるなだらかな斜面の草地に腰を下ろし、そんな会話を交わしている。


 遠くから、小さな足音が、駆ける足音が聴こえてくる。
 その足音を追うように、複数の足音も聴こえてくる。


「あんな奴らにやられるなんてな……仮にもこの国の兵隊達のようだったし、面倒を起こしてはまずいと、相手にしなかったおれが、バカだった」
 右手で顔を覆い、どっぷりと落ち込んでいる父親。
 緩く波打つ金髪を、一つに纏めている。
 その傍らで父に寄り添い、心配そうに見上げているのは、ふんわりとした、父と同じく緩く波打つ髪を持った女の子……
 リェンカで傭兵隊の隊長を務めていたはずのアゴルと、その娘、小さな占者ジーナハースだった。


 近づく複数の足音。
 親子のいる場所に、どんどん近づいてゆく。
「待ちやがれ!」
「どうせ逃げ切れやしねーんだぜっ!」
 息を切らし、必死に走り、逃げる彼女を――ノリコを、四人の男たちが追い駆けている。
 愉しみながら……

 ――あっ!
 ――このまま行くと行き止まりだっ!!
 大きな街、来て間もない彼女には、どこをどう通ればどこに行くのか……そんなこと、分かりはしない。
 眼に入ったのは橋の先にある袋小路……


「おれはともかく、おまえまで路頭に迷わせてしまう結果になるなんて……ったくおれって奴は」
「おとーさん」
 激しく落ち込む父アゴルを、ジーナハースが慰めようと声を掛けている。


 ――えいっ!
 ――この橋の下へ……
「あ」
 咄嗟に、ノリコは橋の欄干を飛び越えていた。
 下がどうなっているのか、よく確かめもしないで……
 突拍子もない彼女の行動に、追い駆けていた男たちからも、思わず声が漏れる。

「きゃーっ!!」
 眼下に見える光景に、ノリコは思わず叫んでいた。
≪どいて、どいてーっ!!≫
 あちらの言葉で……
「え?」
 そこに居たのは、落ち込んでいた一組の親子……アゴルとジーナハースだった。
 声に見上げ、降ってくる彼女の姿に、アゴルは一瞬固まり、ジーナは訳も分からず父を見ていた。

「うわっ!」
「きゃーっ!」
 どさぁっ――と、落ちてきたノリコを、アゴルは戸惑い、驚きながらも受け留めていた。
 眼の見えない娘、ジーナにぶつからないように。
「な……なんだ、なんだ?」
「ご……ご免なさい、あたし、追われる」
 落ちてきた自分を、とりあえず受け留めてくれたアゴルに、ノリコは謝り、置かれた状況を片言で伝える。
 その間にも、彼女を追い掛けてきた男たちが、ノリコと同じように橋の欄干を飛び越えて集まってくる。
 もう、逃げ場はなかった。
「へへ……」
「やっと追い詰めたか」
 男たちが、アゴル親子とノリコを取り囲む。
 総勢四人の、素行の悪そうな若者たち。
 体格だけは、人並みにあるようだ。
 男はアゴル一人、それも子供連れ――数で勝る自分たちに負ける道理はないと思っているのだろう、にやけた笑みは顔から消えない。
「た……助けて下さい」
「…………」
 四人の若者を見上げ、見回すアゴルに、ノリコは助けを求めた。
 こうなっては、彼女が助かるための選択肢はそれしかなかった。
「なんだてめー、やる気か?」
「やらねーよな、この人数相手によ」
 数に頼もうとするのは、烏合の衆の良くやることである。
 その上、彼らは子持ちであるアゴルを、明らかに舐めていた。
 見も知らぬ、縁も所縁もない少女を助けるよりも、自身の子供のために、極力面倒は避けようとするはずだと、高を括っているのだろう。
 だからこそ、
「野郎にゃ用はねぇ、さっさと行きな、ほら」
「あ」
 そう言って堂々と、アゴルの眼の前から、彼に助けを求めたノリコの腕を取り、連れ去ろうとする。

 ――どうせ、見て見ぬフリを決め込むに決まっている
 彼らがそう思い込んでいるのが、ありありと分かる。

 だが――

 ――ドカッ!!
「わっ!!」
 アゴルは彼女の腕を掴んだ若者の腹を、蹴り飛ばしていた。
 急所に入ったのか、そのまま動きが取れなくなってゆく若者。

「て……てめぇっ!」
「やる気か!?」
 俄かに殺気立つ若者たち。
 見て見ぬフリを決め込むと思っていた男の反撃に、浮足立ってゆく。
 アゴルはノリコとジーナを庇うように、静かに立ち上がると、
「丁度いいところに来たぞ、おまえ達」
 不敵な笑みを浮かべて、素行不良の若者たちを見据えていた。
「野郎っ! 何、かっこつけてやがるっ!!」
 一人が粋がり、短剣を抜いた。
 アゴルの顔面に、勢いよく突き出してくる。
「おれは今、非常にムシャクシャしているっ!」
 その短剣を首を傾げただけで避け、アゴルはそう言いながら顔面を殴りつけていた。
「その捌け口を捜していたところだっ!!」
「うっぎゃあぁっ!!」
 怯んだところをすかさず、反対の腕を取り、捩じりあげ肩を決めた。
 肩の骨が、若者と一緒に大声で悲鳴を上げている。
 残りの二人が、その悲鳴にビクついている。
 ただの子連れ……その思い込みがどれだけ甘かったのか、ようやく気付いた。
「おれはな、つい最近、おまえ達のようなチンピラに、散々な目にあったんだ」
 肩を決められ、痛みで戦意を喪失している男をそのまま地面に打ち捨て、すっかり腰の引けた連中を見据え、アゴルは怒りを込めてそう呟く。
 どうやら、見逃してやるつもりは、アゴルにはないようだ。
 彼の握り拳が、一人の顔面を捉えていた。
「いきなり殴られてっ!」
「げっ!」
「あり金、全部ぶんどられて!」
「ぎぇっ!」
「ぎゃっ!」
 殴られ、蹴られる音と共に、若者たちの叫び声も聞こえてくる。
 アゴルの邪魔にならぬよう、ノリコとジーナは一見しただけでは壁のように見える、橋の袂に避難していた。
 だが、そんなことをする必要もないほど、アゴルの強さは圧倒的だった。
「道端に放り出されてっ!!」
「わーっ!!」
 怒りに任せて、一人の胸座を掴み、片手で高々と持ち上げるアゴル。
 彼らは予想外の出来事に、成す術もなくやられているだけだった。
「おっ、おれ達のせいじゃねーよっ!!」
 辛うじて、そう言い返すのがやっとである。
 だが、
「そんなことは分かっているっ!!」
 そう、分かっているのである。
 何しろ――
「これは八つ当たりだっ!!」
 だから。
「ひでーっ!!」
 残った二人は謂われなき八つ当たりで、アゴルの猛攻を一手に引き受ける羽目になった……

 ――わあ! すごいすごい!

 助けて下さいと確かにお願いしたが、ノリコ自身も、まさか彼がこれほど強いとは思っていなかった。