BLUE MOMENT４
俺たちの納得する未来のために過去を変えるなんて、それこそ狂気じみている。結局、俺は、俺たちのエゴを過去に押し付けたんだ。
そんなこと、許されるはずがないのに……。
「お前が何かを抱えてるってことはわかる。いや、まあ、誰でも何かしらを抱えてる。けどな、お前はそういうことも含めて、エミヤときちんと話し合って、向き合った方がいいと思うぞ？」
「そんなの無理だ」
「おいおい、諦めるのが早えだろ。何もはじめてないってのに、なに諦めてんだ？」
諦めるしかないじゃないか……。
アーチャーは、俺を憎んでるのに。
「シロウ、もう少し――」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ！ アイツにあげられるものなんか何もない！ 俺には、なんにも……。残ってるのは、こんな、何度か壊れかけた身体くらいしか、」
「ちゃんと、あるだろ？」
「ない」
「ここに、」
とん、と胸元にキャスターのランサーの拳が当たる。
「あるだろ？ コレをちゃーんと、あいつに渡せ」
「そんなの…………、こんなところに、なんにも…………」
「空っぽなんかじゃない。お前はエミヤを求める気持ちを持ってる。嫌だと思うことでもこなせるくらいに、お前はエミヤのことを大事に想ってるんだろ？ だったらそれを、ちゃんと言葉にして伝えてやれ。でなきゃ、あいつはいつまで経ってもお前の苦しさに気づかない」
「……苦しさ？」
「やりたくもないことをやらなくちゃいけない。望まない行為を続けなきゃいけない。セックスなんか、気持ちがなけりゃ辛いだけだろうが。お前はいつまで自分を裏切り続ける気だ」
「べつに、苦しくも、辛くもない」
嘘をついた。
なけなしのプライドだか、強がりだかで、平気だと答えた。だけど、アーチャーとセックスをするのは……、本当はすごく苦しかった。
気持ち好さに崩れていく自分が許せなかった。背徳感に苛まれながらアーチャーと抱き合うことが後ろめたかった。
好きなのに、どうして俺は、こんなにも苦しいのかって……。最後の方は、キスをくれないことがひどく寂しくて、それでもアーチャーが求めてくれるんなら、俺はどんなことだってできるって自分に言い聞かせて……。
だってこの身体はアーチャーに差し出したんだ。好きにしてくれって言ったのは俺の方。
俺がアーチャーのためにって、この身を差し出すことになんの問題があるんだよ。カルデアには迷惑かけてないだろ……。
「いつまでもそんなの続かないだろ？」
そんな、諭すように言われても、俺の考えは変わらない。
「アイツが飽きるまで、続けたよ。……もう、飽きたみたいだから、あんたにとやかく言われる必要、ないだろ」
「バーカ。あの野郎が、そうそう飽きるかよ。意地だけで英霊なんざになったんだろうが。しつこさで言えば、サーヴァント一かもしれねえぞ」
「え……？ …………それは…………、ちょっと、……嫌かも…………」
真剣に悩みそうになれば、キャスターのランサーは、ぽん、と頭に手をのせて撫でてくる。
「お前が断ったら、あいつを傷つけるとでも思ってるのか？ そんなことないんだぞ。断る理由があるんならきちんと説明して話し合え。その方が今よりずっといい。あいつは、お前が無理して受け入れることより、そっちを望んでると思うぞ？」
そんなわけにいかない。そんな簡単な話じゃない。俺がどんなに真っ当な理由を掲げても、一度断ったら、アーチャーはもう俺に触れなくなる。現に今、俺に指一本触れない。
いつも嫌だって言ったから……、やめろって拒もうとしていたから……。
「シロウ、本当に、エミヤとは一回腹割って、」
首を振って否定した。
「なんでだ？」
「三十前の……、しかも男。そんな奴にいつまでアイツがかまっていると思う？ ここにはたくさん、アイツの心を揺さぶるようなサーヴァントがいる。なのにアイツは、きっと自分の思うようには動かない。相手のことを考えて、きっと自分の中に全部押し込めてしまう。どうしようもなくアイツがヤりたいって気になっても、その捌け口がない。だけど、俺なら問題ないんだ。どのみちおんなじ存在だし、アーチャーが俺に何をしても、なんの咎も受けない」
「なに、言ってんだ、お前……」
「じゃなきゃさ、俺なんか、とっくに消されてる」
「お、おい、シロウ、それは違うだろ？ お前、エミヤの気持ちを確かめたのかよ？ そんなこと、奴がするわけ――」
「わかりきってる」
「どう……わかりきってるっていうんだ？」
「アイツは俺を憎んでる。それだけだ」
「あのなあ……。そんな奴を、カルデアに背を向けてまで守ろうとするか？」
「……なら、ちょっと同情してる、くらい」
「お前、考えたことあるのか？ あの、品行方正が服着てるようなお人好し野郎が、見境なく手を出す意味を」
「見境い、なく……？」
どういう意味だ？
キャスターのランサーは何を言ってるんだ？
「普通、抱くなら女だろーが。それが、なんだってお前に行き着く？」
「それは……、手っ取り早い、からだろ」
「はぁ……。お前、もっぺん、十代からやり直せ……」
「無理だ。もうすぐ三十だし」
「いや、そういうこっちゃねえよ…………」
「じゃあ、どういう、」
「もういい、クー・フーリン」
「え？」
「おう。おれにもこれ以上は無理だわ」
キャスターのランサーが席を立って、食堂を出ていった。いや、それより、キャスターのランサーと入れ替わるみたいに現れたコイツが……。
「なんで……」
なんで…………、なんで、なんで、なんで……？
なんで……、アーチャーが……ここにいるんだ……？
（もしかして、聞かれていた？）
…………全部……聞かれた。
全部、全部、全部！
いや、待て、今、キャスターのランサーにもういいって。
それって……、まさか、これは、アーチャーが……。
「士郎、少し話をし――」
「なんなんだよ、お前！ そんな……、殺すのは簡単だから、散々恥ずかしい目に合わせてやろうってことかよ！ そんなに憎んでるんなら、さっさと殺せよ！ 今度は抵抗なんかしねえよ！」
椅子を蹴って立ち上がって、アーチャーに食ってかかった。
「な……、ち、違っ、」
「何が違うんだ！ アーチャーの時のことだって覚えてたクセに知らないふりして、陰で俺を笑ってたんだろ！ バカな奴だって！ なんにも知らない愚か者だって！」
「そ、そんな悪趣味なことをするか！」
「げんにやってたじゃねーか！」
「う……、そ、それは、だな……」
「金輪際、俺に近寄るな！」
「そういうわけにはいかない！」
「なんでだよッ！」
「少し落ち着け！ 士郎、話をしよう、私は――」
「うるさい！ お前の指図なんか聞くか！」
ふざけやがって！
散々俺をバカにして！
アーチャーの側をすり抜けようとすれば、立ち塞がりやがる。
「おい、聞けと言っているだろう！」
「お前に命令される義理はないだろ！」
今度は腕を掴まれる。
「離せよ！」
「とにかく話を聞いてくれ！」
「聞きたくもないね！」
アーチャーの手を振り払って食堂を出る。足早に廊下を進んだ。
アーチャーの部屋とは反対の方へ向かう。沸騰した頭でどこに行くかと考えるけど、いい案なんか浮かばない。
作品名：BLUE MOMENT４ 作家名：さやけ