BLUE MOMENT4
今さら気づいても仕方がないが、謝罪はしなければならない。六体目のことに決着がついたら、きちんと謝ろう。このところの士郎との時間を思い返せば、反省することだらけだ。
私のすべてを受け入れていることが合意の証拠だとばかりに、私は士郎を貪り、思いの丈をぶつけていた。
「それが……」
傷つけて、怯えさせていただけだったとは……。
いや、だが、士郎は好きでもない者とセックスはできないと言っていた。
ならば、士郎は私を好いていた、ということか?
だとすれば合意の上で……。
しかし、士郎は私が憎悪の結果として、行為に及んだと思い込んでいる。
なぜだ……。
「私は、お前を守るために守護者であることにも背を向けた。その意味がわからないとでも言うのか?」
そっと頬を撫でれば、僅かに瞼が震えた。
顎を取り、その唇に触れるだけのキスを落とす。
(このくらい、許されるだろう……?)
いや、これがだめなのか?
士郎の許可なく私が触れることは、やはり犯罪か?
もとを糺せば同じ存在だという言い訳をする気はないが、我々が出会うのは三度目で、互いの身体とて隅々まで知り尽くしている。
それでもやはり、これは、いけないことなのだ。
許されないことなのだ。どんなに私が望んでいても……。
では、どうすればいいというのか?
私は、お前が欲しくてたまらないというのに。
「士郎……」
その身体を抱き寄せているしかできないことが、何よりも歯痒くて仕方がなかった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
心臓がうるさい……。
アーチャーが急に俺を抱きしめたまま横になるから、全然眠れない。
何か話した方がいいだろうか?
でも、話すって、何を?
全く浮かばない。アーチャーと共通の話題とか、あるわけじゃないし……。
話題がなければ、さっきのことに必然的に話が向かうはずだ。その話になったらますます何を言えばいいか……。
六体目が離れてしまうことは事実だし、もう誤魔化しようがないから仕方がない。それはいいとしても、その理由は絶対に言うべきじゃない。アーチャーにとっては、おぞましい以外の何でもない理由だから。
(それに……)
隠し通さなきゃって思ってたのに、バレた。
好きじゃないとセックスできないなんて、キャスターのランサーに腹立ち紛れに言い切ったのを聞かれていた。
(あれは、アーチャーが……?)
キャスターのランサーに頼んで、俺に洗いざらいすべてを吐かせろって、そんなことを頼んだんだろうか?
(いったい、なんのために?)
どうして、アーチャーはそんなことを?
そこまで俺を貶めたかったんだろうか?
(いや、でも……)
だったら、今の、この状況はいったい?
無理やり抱くのでもなく、厭味を言うのでもなく、ただ優しく俺を包んで……。
俺が身動きできないケガを負っていた時は、いつもこんなふうに優しく包んで眠らせてくれていた。あの時間を、思い出す……。
あったかくて、少し幸せだなぁ、なんてバカなことを思っていた時間を……。
緊張して身体を硬くしているのにも少し疲れてきた。寝返ることもできないし、離してくれとも言いにくい。
こういう時はどう振る舞ったらいいんだ?
恋人なんかいたためしはない。そんな余裕はなかったし、誰かと夜を過ごす時間もなかった。遠坂も桜も、恋人でも作って慰めてもらえ、なんて、俺には言っていたけど、本気で言っていたわけじゃない。何しろ、そう言って俺をからかう二人も恋人がいたためしがなかったんだから……。
(あんな世界じゃな……)
壊れていく世界をどうにかしようと、俺たちはそればかりを考えていた。必死だった、と言えばいいのか、自分のことにかまけている暇はなかった。
(えっと……、俺も腕を回した方がいいんだろうか……?)
急に優しくなったアーチャーに応えるように、俺もアーチャーに触れてもいいんだろうか?
疑問ばかりが浮かぶ。
何が正解なのかもわからないから、結局アーチャーに腕を回す勇気は、微塵も出てこなかった。
手持ち無沙汰な俺の両手は、おとなしくアーチャーと俺の間で力なく置かれたままだ。
小指の側面が、少しだけ黒い装甲に触れる。装甲の下では感じ取れない感覚だろう。
だけども俺は、アーチャーに触れているんだと認識できている。
その事実が何よりも嬉しくて、やっぱり心臓がうるさいくらいに囃し立てていた。
「ンッ…………」
夢を見た。
アーチャーがキスをくれる、変な夢……。
熱い唇が何度も俺の口を啄んできて、熱くなってきた俺は、甘ったるい吐息をこぼした。その隙を突いて、待ってましたとばかりに、ぬるり、と熱い舌が侵入してくる。
乱暴じゃないし、それほど強引ってわけでもない。まるで味わうようにゆっくりと、アーチャーの舌は唇や歯列をなぞる。
ダメだ。
キスだけじゃ足りなくなる。
もっとって、言いそうになる。
もう、やめろ……。
そう思っても、夢だから、拒めない。
キスをやめないアーチャー。
現実にはいないアーチャー。
夢でもいいから、なんて…………バカみたいだ……。
だけど、バカみたいに、アンタが、欲しいんだ……。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「知っているとも」
「え……?」
「は?」
宣言通り、朝一番に所長代理の工房を訪れれば、所長代理は、士郎の身体から六体目が分離することを知っているという。
「な……! だ、だというのに、放っておいたというのか?」
「うん。そうだよ」
平然と答える所長代理に、開いた口が塞がらない。
「しょ、所長代理……、いくらなんでも無謀が過ぎるだろう! 目の届かないところで、士郎の身に何かあっては、」
「立香くんから聞いた時に思ったんだよ。士郎くんがどうにかしようと思っているのなら、任せた方がいいとね」
マスターも知っていた?
私にはひと言もなかったというのに?
「っ……、そ、それは……、少々、無茶では……」
たどたどしく声を絞り出し、わけのわからない衝撃に動揺しながら士郎を見遣れば、少し俯いて、何も言うことはない、という感じだ。
俎板の鯉、いや、もうすべてを諦めているような……。
「ふむ。二人揃って来たということは、それなりに進展があったということなのかな?」
所長代理は、相変わらず、場違いなほどにこやかに話す。
「いや……、と、とにかく、分離することをどうにかしなければ、いろいろと……」
「…………そうだね。このままでは危険だと私も思う」
所長代理は、何か思うところがあるのか、笑みを消して真剣な眼差しを士郎に向けた。
「いいのかい? 士郎くんは、それで」
こくり、と士郎は頷く。
「何か言い分があるんなら言った方がいいよ? 何しろ君は、自分でどうにかすると言ったんだ。何か思うところがあったんじゃないのかい?」
「ない。俺には、何も言う権利なんてな――」
「士郎」
ようやく士郎は、私を見た。
今日はずっと私を見なかった。いや、今日だけの話ではない。私も士郎を見ようとしなかったのだ、目が合うのがこんなにも久しぶりだと思うのだから……。
作品名:BLUE MOMENT4 作家名:さやけ