BLUE MOMENT4
私の磨り切れた記憶と似ているようで明らかに違うもの……。
(これは……?)
記憶というようなものだろうか?
とても鮮明で、色褪せてもいない、何者かの視点である光景。
(私は六体目についてきた。六体目は士郎と融合している。であれば、ここにある光景は、当然……)
士郎の記憶だ。
その窓に映る光景を、私は新鮮な気持ちで眺める。
(ここには……)
私の知り得ない、様々な士郎の記憶が映し出されている。
一つ一つ、じっくり見てみたいと、いくつもの窓に目を凝らそうとして、私の使命を思い出す。
(時間に余裕はない)
士郎を説得し、なおかつ納得させる、という大事な任務があるのだ。したがって、グズグズしている暇はない。
そうは思いつつも、そのうちの一つの光景に、私は目を惹き込まれた。
(私だ……)
古びた建物内で戦っている私は真剣そのものであり、命を懸けている。だというのに、どこか嬉々としていて、生き生きとしている。
まるでその瞬間を待ち望んでいたように……。
(これは、私の知らない記憶……)
私には全く覚えがないものだ。
これは、士郎が最初に経験した聖杯戦争、なのだろうか?
(ああ……、あんなにも、私は満ち足りた顔で……)
意地を張って士郎と剣を交える自身の姿が羨ましく思える。おそらく、剣を交える士郎は、私を真っ直ぐに見据えているはずだ。ブレない視点が一心に私へと注がれている。
(ああ……)
私のくすんだ瞳に映る士郎が見える。琥珀色の瞳は強い意志の下で輝いている。
見たことのない瞳だ。
(私の知らない……)
いつも士郎の瞳の威力に私は二の足を踏んでいたが、この時の強い輝きに比べれば、屁でもない。
琥珀色の瞳は、色褪せることなく今もあるというのに、その瞳にはもう、この記憶の時のような強さを感じられない。
(いったい何があったというのか……?)
あの地下洞穴で斬り合った時ですら、この時の輝きを持ってはいなかった。この少年と斬り合った私は、さぞ満ち足りた気分を味わったのだろう。
(羨ましい……)
私もこんなふうに、何もかもをぶつけ合って……。
「悪いな、また出しちまって。あ、ちょっ……」
その声にハッとする。意識を向ければ、士郎を抱き寄せる己の姿。
(な……っ!)
いや、私ではなく、あれは六体目。
「それはダメだって、言ってるだろ?」
士郎に顔を近づける六体目の口元を片手で止めて、士郎は優しく諭している。
士郎の制止に六体目は眉間にシワを寄せ、むっとしているようだ。
(何を勝手なことを! ただの霊基の分際で!)
詰め寄りそうになったが、
「ごめんな。俺は、アーチャーのものだから」
士郎の言葉に亜然とする。
六体目の口を手で止めて……、キスを防いだ士郎は少し俯き、寂しそうに、だが……、
(今……、私のものだと……、言ったか?)
たまらなく歓喜する。
(ああ、私は、士郎に想われている……)
好きではない者とセックスなどできないと言ったのは、真実だった。
それを知っただけでも御の字だが、このままではだめだ。私の懊悩が晴れただけで、なんの解決にもなっていない。
士郎に制止されて不貞腐れる六体目に近づく。
今ごろ気づいたが、ここでの私は霊体のような存在らしい。歩いている感覚がなく、すー、と浮いたまま移動している。そして、六体目の背後まで来れば、吸い込まれるようにその身体に馴染んだ。
「士郎」
ああ、声が出た。
「へ?」
ぽかん、として士郎は私を見上げる。
「お前、しゃべれた、のか?」
「いや」
「でも、お前、今、」
「鈍いな、士郎」
私の口を軽く覆っている士郎の掌を、ぺろり、と舐めた。
「ひわっ!」
慌てて手を引いた士郎が少し可笑しく、思わず笑ってしまった。
「なんで……」
呟く士郎に申し訳なさが募る。
「士郎、すまなかった。私は、お前の気持ちをなんらわかっていなかった。私は、とにかくお前と繋がりたいと、そればかりで……」
ぼんやりしたままの士郎が、やっと口を開く。
「あの、あの……、アーチャー、なの、か?」
「ああ、そうだ」
途端に逃げようとするのを、抱き込んでいた片腕でその身動きを戒めた。
「なんで……っ!」
「これ以上、六体目と分離するのを見過ごすことはできない」
「だからって! ここは、俺の、」
「ああ。おそらく深層心理、のようなところだろうな」
私の胸元を強く押していた力が抜けていく。
「……こんなところまで、来て…………」
「士郎? どうし――」
「アンタ、ほんと、執念深い……」
「は?」
「こんなところにまで俺を笑いに来たのか。ご苦労なことだな……」
顔を逸らし、士郎は嘲笑った。
「笑いに? な……、違う! 私は、お前にきちんと伝えに来たのだ!」
「これ以上、何を笑うことがあるんだよ! 散々みっともないところ見せただろ! もう、放っておいてくれ!」
琥珀色の瞳が私を射抜く。それにたじろいだ瞬間、弾き出された。
ベッドの側で尻餅をつき、呆然と顔を上げれば、怒り心頭で私を見下ろす士郎がいる。
「アンタ……、最低だな! 本当に!」
「いや、違う、お前の、」
「…………っ、ああ、そうだった、俺が六体目と分離するのを、どうにかしてくれようとしたんだったな」
低く吐かれた声は憤りを含み、私を見つめくれた琥珀の瞳は、もう私を映さない。
「悪かったな、手間かけて。六体目(こいつ)のことは自分でなんとかする。ダ・ヴィンチも、それでいいな?」
「……仕方がない。異論はないよ。君もそれでいいね? エミヤ」
水を向けられ、反論も浮かばず、私は頷くよりなかった。
どうすればいいのだろうか……。
私は完全に士郎に拒まれてしまった。
「エミヤ、大丈夫かい?」
所長代理に腕を軽く叩かれ、曖昧に頷く。
自室を出て、少し廊下を歩けば、ようやく自分自身を取り戻してきた。
「ああ、もう、平気だ」
どうにか答え、所長代理の気遣わしげな手をそっと剥がした。
「最初からうまくいくことなんてないさ。気にしないで、また次の機会を待とう」
だが、そうしている間にも、士郎の身体が危機的状況に陥る可能性もある。悠長なことは言っていられないはずだ。
「所長代理……」
「なんだい?」
「空き部屋を、いくつか見繕ってくれないだろうか?」
「空き部屋? いったいなんのために?」
「座に還ったサーヴァントもいる、部屋が空いていないわけではないだろう? 士郎が入れるように、一部屋用立ててもらいたい」
「エミヤ……、けれどもそれじゃあ、」
「士郎は、居づらいだろう。私と同室では、やはり落ち着かないと思う」
本当にまずいのは私の方だ。士郎は居づらいだけだろうが、このまま同室では、少し前と同じ轍を踏みかねない。強姦まがいのことをして、士郎をさらに傷つけてしまう。
「本当に、いいのかい?」
所長代理の確認に頷くしかない。
「かまわない」
「では、いくつか見繕うよ。エミヤ、その……」
所長代理は少し眉を下げて、申し訳なさそうな顔をしている。
「所長代理のせいではない。すべては、私が何もかもを間違っていたからだ」
「間違い?」
「初めから、私は間違っていた……」
作品名:BLUE MOMENT4 作家名:さやけ