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自分らしく
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彼方から 第二部 第四話

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「やっぱり!! だからあいつは信用できんと言ったんだ! 勝手なことばーかりしおって!」
 樹海での報告を、ラチェフと共にアゴルから受けていたエルゴが、そう言って怒りを撒き散らしている。
 エルゴの言葉を皮切りに、各代表者たちの言い合いが止まらない。
 互いに自分の意見を押し通そうとしている。
「やはり、人海戦術で一気に捜そうという、わたしの案の方が……!」
「いやいや、そんなことをすれば、目立つことこの上ない!」
「このリェンカにも、各国のスパイはたくさんいるのですぞ!」
「ジーナの力は、50人分の働きが出来るんですからなっ!」
「しかし、その結果がこれですぞ」
「まだ、どうと決まった訳ではないでしょうがっ」
 だが、どこからも、また誰からも、具体的にどうするという案は一切出てこない。
 誰かの安易な案を否定しても、それに対する案は出てこない……
 正に、烏合の衆ではないだろうか。

「みなさん……」
 不毛な言い合いを聞き飽きたのか、それとも、業を煮やしたのか――ラチェフが静かに一言声を掛ける。
 途端にピタッと、代表者たちは言い合いを止め、ラチェフへと、その視線と意識を集中させる。
「とりあえず、尾行班に例の二人連れの追跡を引き継がせ、アゴルのことは占者ゴーリヤに任せることにしましょう」
 ラチェフの言葉に、代表者たちは互いに言葉を交わしながら、少しの間ざわつくものの、すぐに迎合し始める。
「おお、そうですな」
「ラチェフ様がそう仰るなら」
「いやいや、まったく」
「まことに、まことに」
 代表と言いながら、碌に考えを巡らせてなどいないことがよく分かる。
 たった一人、力のある者が下した判断に靡いてゆく。
 それが、自身の利益に繋がるのであれば、それで良いのだろう。
 そしてその一言で、定例会議はお開きとなった。

 夕闇が迫る中、館の玄関には次々と、代表者たちの馬車が横付けにされてゆく。
 大きな柱に支えられたエントランス。
 階段を降りた先、広く取られたスペースに寄せられてゆく馬車。
「オーダ様のお車が参りました」
 使用人が、馬車を見ては、代表者たちに車が来たことを告げている。
「いっやー、流石はラチェフ様! 騒然としていた場を一瞬で静めるなんて!」
 エルゴが、エントランスに立ち、帰る代表者たちを見やっているラチェフに、手を擦り合わせながら言い寄っている。
「あっ、ところで、アゴルのことですがね、拙いですよやっぱり、他国に情報を売る気かもしれません」

 ――さて
 ――そんな可愛い理由ならいいのだが

 エルゴの言葉に、ラチェフはそう思う。
 自分たちの不利益になりそうな事柄を『可愛い理由』と、一蹴している。
 必要だからこそ求めた情報を、同じく必要としている他国に売られたとしても、どうやらそれは、ラチェフにとって大した事柄ではないようだ。
「それでは失礼します、ラチェフ様」
 呼ばれた代表が馬車に乗り込み、ラチェフに挨拶をしている。
 その最中も、エルゴの話は留まるところを知らない。
「わたしが思うにですね、ありゃあ、僻みだと思うんですよ、ほれ、あのケイモス。自分に逆らったケイモスが、重要な情報を持って、戻ってきたでしょう? そのお蔭で自分は隊長の役から降ろされて、今回の仕事に回された」
 世界の情勢を左右しかねない、【目覚め】と【天上鬼】。
 その二つの確かな情報を仕入れる為の任。
 そのような重要な任を、些末なことで僻むような人間に、ラチェフが任せると本気で考えているのだろうか……
「エルゴ様のお車が参りました」
 使用人の声が上がる。
「一方ケイモスは、ラチェフ様に預けられ、一傭兵から特別待遇で……あ、そういや、ケイモスの怪我は治りましたかね、ちょっと様子を……」
 使用人の声は聞こえていたはずだが、エルゴは矢継ぎ早に言葉を並べ、聞こえぬフリをしている。
 自分が見つけてきたケイモスに託けて、再び館に戻ろうとまでしている。
「エルゴ殿」
 ラチェフはその肩に手を置き、踵を返したエルゴの体を止めた。
「お車が参りましたよ」
「あ……いや、あんまり顔を見ていないもんで、どうしたかと」
 エルゴはそう言って、館の中を指差し、様子を見に行きたいという意向を示している。
「今、リハビリに熱心です、そのうち挨拶に行かせますよ。では、ごきげんよう、エルゴ殿」
「…………」
 眉一つ動かさず、ラチェフは冷めた瞳でエルゴに帰るよう、促している。
 ラチェフにそう言われては、エルゴも引き下がるしかなかった。
 彼の意に反すること、意に沿わぬことは、自身の利益のためにもやるべきではないことぐらい、心得ていた。
 ――ちぇっ
 ――家に招いてくれると思ったのにな
 ――そのうちラチェフ様ともっと懇意になって
 ――わたしの勢力を拡げてやるんだ
 馬車に乗り込みながら、残念そうな顔を向け、エルゴはそう思っていた。
 そう、全てはその為だけ……だった。

   *************
 
 ――うっとうしい小虫だ

 静まったエントランスでラチェフは腕を組み、最後まで居座っていたエルゴの馬車が遠去かってゆくのを見届けている。

 ――だが、あれぐらい我欲の強い人間の方が操りやすい

 冷ややかな眼を向け、踵を返しながら、エルゴを我欲の強い小虫と断じる。
 操りやすいと――

 ――もしかしてアゴルは
 ――『あちら』の側に立つ男だったのかもしれん
 ――だとすれば、明らかに人選ミスだ

 ――気に入らんな
 ――われらの繰り糸を断ち切って
 ――小賢しく蠢く者達め
 ――この世から全て、消え去って欲しいものだが……

 自分たちの意に反し、己の考えで動き、判断する者たち――アゴルのような者たちを、ラチェフは全て消え去って欲しいと願う。
 ラチェフにとって他国に情報を売られることよりも、『あちら側』――恐らく、自分たちがいる側とは違う側に立つ人間だったのかどうか……その方が重要なことのようだ。
 明らかな人選ミスだと、自分で思うくらいに……

 ラチェフの言う『あちら側』と、エイジュの言う『あちら側』は、同じなのだろうか。
 エイジュは、ケイモスを不思議な力で連れ去ったラチェフ達を、『向こう側』とも呼んだ。
 二人の言う『あちら側』と、エイジュの言う『向こう側』との間にあるものは、一体なんであろうか……

   **************

「おお、これはラチェフ様」
 ゴーリヤのいる占者の間に、ラチェフは来ていた。
「元気に飛び回っておりますよ、あのケイモスは――我々が張った結界の中を、壊しかねない勢いで……」
 占いの皿の中、ゴーリヤの眼には、その姿が占えていた。

 荒涼とした大地。
 地面を抉り、草木が一本も生えていない剥き出しの山肌に、大きな穴が穿たれてゆく。
 凄まじい威力の遠当て……
 穿たれた山肌から、岩の塊が遠当ての威力に弾かれ、飛んでくる。
 だが、その岩塊は眼に見えないバリアに当たり、跳ね返され、粉々に砕けて地面に落ちてゆく。
 凄まじい威力の遠当てを放ったのはあのケイモス。
 イザークと対峙した時とは比較にならぬほどの力を、今の彼は身に着けていた。
「へ……へ」