BLUE MOMENT5
「貴様もそう思うのであれば、やはり、あの誘導は失敗だったということだな」
「んでも、てめえ、結局はおれたちに頼むって頭下げてただろうが」
「……まあ、そうだが」
そう、二人のクー・フーリンの提案に乗ったのは私だ。彼らを責めるのはお門違いも甚だしい。士郎との関係性に、なんら手を打つことができず、手詰まり状態で彼らに縋ったのは、私自身。
「てめえが、悪いんだろ?」
「…………」
言い聞かせるように言われても、反論する余地がない。だが、素直に、はい、とは言いたくない。
「もう、今度こそ放っておいてくれ……」
「まあ、おれたちも甘かったとは思うが、シロウとどうにかなりたいのは、てめえ自身だろ。うまくやらなきゃなんねえのは、てめえだ。すべてはてめえの腕次第ってことだろ。自分の不甲斐なさに、いつまでも萎んでんじゃねえよ。次のことを考えりゃいい話じゃねーか。とにかく、あれから何があったんだ? 怒らせたのか? 泣かせたのか?」
「…………わざとではない」
怒らせて、泣いてはいなかったが傷つけてはいるはずだ。だが、私とて意図していたわけではないのだ。
「ケッ! わざとならここで串刺しにしてるぞ!」
クー・フーリンは私の言い訳を察したのか、忠告のようなものをくれる。確かに、わざとそんなことをしていたら、私も、私自身を斬りつけている。
「…………わかっている」
「あー……、まあ、てめえは一生懸命だったんだろーよ」
「棒読みで労われてもだな……」
「労ってねえ……」
「む……」
「んで? どうすんだよ」
どうする……。それは、私が聞きたいくらいだ。
「どうすると言っても、私には――」
「打つ手がねえ、か……」
私の声を遮ったクー・フーリンが憐れみの顔でため息をつく。
「なんにしても、シロウはてめえじゃ手に負えねえ、ってか」
「……面目ない」
「いや……、おれに弱音吐いてもよぉ……」
「ああ、そうだな、忘れてくれ」
止まっていた調理の手を再び動かせば、
「シロウは、なーんであんなに頑ななんだろうな?」
クー・フーリンが改めて訊いてくる。
「頑な……」
思わず呟いてしまう。
そうだ。ずっと士郎は頑なに、何かを堪えるようにしていた。
今までに何があったのか。
私には知る由もない士郎の過去がその原因であることはわかる。だが、話してくれと言っても士郎は話さないだろう。
それではどうすれば?
士郎の過去を知る術はないのか?
マスターとサーヴァントであれば、互いに記憶を共有することもあるというが、士郎とは主従関係ではない。ましてや士郎は、魔力を魔術回路に少し流すことができるようになったくらいで、いまだに、魔術を使えるようではないし、私の六体目の霊基で生命を維持している状態だ。マスターではないし、我々サーヴァントと主従ということでもない。
では、いったい、どうすれば……?
士郎の過去を知る者はいない。この世界は士郎の生きた世界とは別の世界だ。士郎は壊れかけた未来を変えるために過去へと向かって修正をしていて…………。
「ああ、そうか!」
「おわっ! なんだ、急に?」
「あ、ああ、すまない」
一つ思いついたことで、思わず大きな声が出てしまった。
「なんだ? なんか思い出したのか?」
「い、いや……、今日の献立を……」
「んだよ、驚かせるな」
そう言いながら、クー・フーリンはカウンターを離れていく。
いろいろと協力してくれた彼には悪いが、士郎の過去を知る方法は教えるわけにはいかない。そんなこと、おいそれと口にはできない。
私だけだ。
士郎の深層に潜り込むことができるのは私しかいない……、はずだ。試しに、などと挑戦されて、奴に油揚げを拐われるわけにはいかない。
だが、一つ問題がある。
私は、士郎の深層から弾き出された。再びあそこへ行くには士郎の許可が必要で、追い出されない確約も必要だ。
(では、やはり、士郎と向き合うしかないが……)
逃げようとしている自分が情けない。
私は何を恐れているのか。
すでに士郎には避けられているような状態なのだ。これ以上悪くなる状況でもない。
私には何も隠すことはなく、捨て鉢になっているつもりはないが、捨てるものもない。何もかもを捨ててきた私には、士郎に対する想いしかない。
(だが…………)
士郎と話さなければと思っているし、そうしなければならないと、わかってもいる。
(どう話を持っていけばいいのか……)
顔を見合わすことすらできない私に、どうやって……?
「エミヤ」
鬱々と思案を繰り返していれば、不意に呼ばれた。
「しょ、所長代理……」
所長代理が食堂に来るのは珍しい。いつも工房に籠もっているか、最近は管制室に入り浸っていることが多いというのに。
(何か……、嫌な予感がする……)
少し緊張しながら、所長代理の言葉を待った。
「依頼のあった件、いくつか見繕ったよ」
その言葉を、すぐに理解することを私の頭は拒んでいるようだ……。
(依頼のあった……件……)
ようやく思い至る。私は士郎にいくつか空き部屋を見繕ってくれるよう、所長代理に頼んでいた。それが見つかったことを、わざわざ所長代理は食堂にまで知らせに来てくれたのだ。
嫌な予感は的中した。
「エミヤ?」
「あ、ああ、そう……か……」
「エミヤ、本当にいいのかい?」
「…………」
「士郎くんと部屋を分けるって……。君とは離れてしまうんだよ?」
「……ああ」
わかっている。だが、士郎に無理をさせたくはない。何も言ってはこないし、淡々として私の部屋にいるが、ずっとピリピリしているのだ。顔を見ることがないので、はっきりとはわからないが、私の様子を窺い、息をするのも恐々としているように思う。
だから、士郎とは別々の部屋に……。
(もう…………、いられない……のか……)
士郎に空き部屋をあてがってほしいと所長代理に頼んだのは私だ。だというのに、こんなに早く探し出してくれなくてもいいのにと不満をこぼしそうになる。
現状は、やはり私自身も居づらいという気持ちだが、それでも私は同室がいい。
だが、士郎は違う。士郎には一人で休むことができる場所が必要だと思う。
「本当に、いいんだね?」
念を押す所長代理に頷くほかない。士郎を思えばこそ、このくらいのこと、耐えられる。
なにも死に別れるわけではない。士郎はこのカルデアにいるのだ。会おうと思えばいつでも会える。そうして、少しずつ士郎の頑なな心を溶かしていけばいい。
(もう、そうするしか……)
拒まれた私には、強引に士郎とどうこうなど、許されていないのだから……。
所長代理からいくつかの空き部屋を提示されたことを土産話にして自室に向かう。私には、全く土産とは言えないが……。
「は……」
そろそろ深夜になる頃合いだ。食堂の清掃と翌日の仕込みに手間取られて、こんな時間になってしまった。わざとノロノロしていたのではない。ただ、思いに耽り、手が止まってしまうのだ。決して、部屋に戻りたくない、ということではない。
「はぁ……」
こぼしたため息は、もう、数えきれない……。
士郎はもう眠っているだろう。
情けない。
作品名:BLUE MOMENT5 作家名:さやけ