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BLUE MOMENT5

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 なんだかんだと言い訳しても、私は、少しでも部屋が見つかった報告を先伸ばしにしようとしている。
(今夜が士郎と過ごす最後か……)
 そんなことに思い至って、拳を握りしめてしまう。
 自分で蒔いた種だ、この結果は文句を言わず受け入れるしかない。
 部屋に着き、ベッドを確認すれば、士郎はすでに寝息を立てている。あれから何も話し合うことができなかった。士郎が私を拒んでいるし、私も士郎に話しかける勇気がなかった。
「士郎……」
 情けない声だと自分でも思う。
 士郎が使う方のベッドに腰を下ろし、そっと頬に触れる。
「温かい……」
 冷えてはいない。
 震えてもいない。
 一階のガラス窓で外を見ていた士郎は、いつも冷えきっていて震えていた。真っ白に塗り潰されたような時も、今の雪景色の時も。
「お前を温めていたいと思った……」
 そして、お前の温もりをこの腕の中だけに閉じ込めておきたかった。
 いつまでも慈しみ、愛おしいと甘やかして、このカルデアで笑って過ごすお前を見てみたいと……、そんな淡い願いを抱いた。
 だというのに…………。
「お前のことを、私はなんら理解できず、ただ傷つけただけだ……」
 温かい頬を両手で包み、そっと口づける。
 乾いた唇の柔らかさも、少し冷たい唇が自身の熱で温まることも、存外に綺麗な歯並びも、私は忘れることができないだろう。
 打つ手を失って、先の見えない我々の関係に、私は希望を見出せないでいる。もう二度と士郎は、私をその瞳に映してはくれないはずだ。
「士郎……、私は、お前が、……愛おしい」
 意識のない士郎にしか言えないことが情けないが、こんなことを言われても士郎は迷惑なだけだろう。
 こんな感情を湧かせるようになるなど、思ってもいなかった。
 聖杯戦争の時も、地下洞穴で殺し合った時も、三度出会うことを願い続けた座でも、思いもしなかったのだ。
 だからといって、士郎に何かを望むこともおかしい。私の我が儘のような、こんな感情をぶつけていいわけがない。
 したがって、伝えるつもりはない。いつまでこの想いが燻り続けるのかはわからないが、想うだけならば罪ではないだろう。
 本当に、情けない英霊がいたものだ。
 好意を寄せる者に想いすら伝えられないとは……。
「いや、まあ、私は、英霊などではないからな……」
 自分を卑下するつもりはないが、どう考えても私は英雄ではない。したがって、伝説や史実などで語られる英霊とは違うものだ。
「士郎……」
 何度も唇を重ねて、苦しさを呼び声に紛らせる。名残り惜しさに胸が詰まる。
「士郎……、私が……」
 もう少し、素直にこの感情を表すことができたなら、違った現在(いま)があっただろうか?
 いや、言うまい。
 もう、過ぎた時間は、戻りはしないのだ。
 朝には伝えよう。
 空き部屋がわかった、と。
 お前は、この部屋から出られるのだ、ということを……。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

 アーチャーを見ることがない。
 いや、見られないって方が正しい。
 すべてを知られてしまった。俺が隠していないとって思っていたことが、すべて……。
 出て行けって言われたも同然なのに、いまだに同じベッドで寝てるって、おかしいよな……。
(俺はどうして、まだ、ここに……?)
 空き部屋があるなしに関わらず、この部屋を出なければならないんじゃないのか?
 いつまでもアーチャーの善意に甘えて、ベッドの半分を占領する権利なんてないのに……。
(早く、出ていかないと……いけないのに……)
 布団の端を握りしめて、背中を丸めた。
 アーチャーの熱がわかる。
 神経が過敏になった背中には、その熱がひりひりと伝わってくる。
(アーチャー……)
 布団に潜り込んで、苦いため息をバレないように細く吐いた。
 苦しい。
 こんなふうに誰かを想うことなんて初めてだ。遠坂が心の贅肉よ、と言って憚らなかった現象だよな、これ。
(遠坂……、俺、今になって、こんなことになってるよ……)
 自嘲の笑みで口の端が歪むのを自分でも感じた。
 “バカね、士郎”
 時々、俺を下の名前で呼ぶ遠坂は、少し呆れたようで、少し同情したようで、それでいて、仕方がないわねって言って、いつも俺を赦すみたいに笑っていた。
(遠坂……、俺は、ほんとにバカだよな……。何度も遠坂が正してくれようとしていたのに、俺は、一つも変われていないよ……)
 理想ばかりを追い求めて、何もかもが後手に回って……。
 俺には何も救うことなんてできないのに、未来のためにって大義を掲げて過去を変えれば、世界に弾かれて……。
 俺のしたことは、何もかも意味がなくて……。
 放り出されたこの世界で、何ができるのかと考えても、何もない。その上、この世界の衛宮士郎は、もう死んでいて、俺の存在は宙に浮いたまま。
 アーチャーに憎まれることでしか、衛宮士郎であることを証明できない。なのに、そのアーチャーを好きになんかなってしまって、憎悪を向けられることが、ただ苦しいなんて……。
(バカね、って、笑ってくれよ……)
 こんなの、笑い話にしてくれないと、どうしようもないじゃないか……。
 少しも眠気のささない布団の中で、アーチャーの熱を背中に感じて…………、そうして夜が過ぎていく。
 満足に眠った感じのないまま朝を迎え、今日は一日何をしようかと考える。
 厨房に来るなと言われた俺は、絶賛、無職みたいなものだ。ダ・ヴィンチからの雑用も、保全の依頼も全くない。食事を持ってきてくれる藤丸とマシュと二、三言葉を交わす以外、長い一日をアーチャーの部屋でぼんやりと過ごしている。
 アーチャーが厨房に向かうまではベッドから起きることなく、何も言わずに出ていくアーチャーを見送ることなく感じているだけだ。
 今日も同じ繰り返し。今日も一日ぼんやりして過ご――――、
「衛宮士郎、起きているか?」
「え?」
 思わず布団を剥いでアーチャーの声の方へ顔を向けた。ベッドの側、俺の足下の近くに立っているアーチャーはこちらを見ず、扉の方を向いている。
(今……、衛宮士郎って……)
 ずっと下の名前で呼ばれていたから、それに慣れてしまって、突然、以前のようにフルネームで呼ばれることにびっくりしてしまった。
(なんで……急に…………?)
「所長代理からいくつか空き部屋の提示があった。工房に行けばいつでも案内してくれるそうだ」
「…………」
「衛宮士郎?」
 アーチャーは振り向きはしないけど、少しだけ首を傾けているのがわかった。
「ぁ……、そ、そう……か……、わかった……」
 どうにか答えれば、アーチャーはさっさと出ていく。ベッドの上に身体を起こして、ぼんやりしてしまう。
(ああ、そうか。もう、今までの関係じゃないって……ことなのか……)
 こんな時、普通だったら、どんな反応をするんだろう。
 自分の感情がどこに向かっているのか全然わからない。怒りでもない、悲しみでもない、憤りも、苦しさも、寂しい、というのとも違う。
 ただ、ぽっかり、穴が開いたような……。
 針で開けたような小さな穴だったものが、一気に地表を覆ってしまうような大穴に……。
 虚無感ってやつなのかな、これは。
作品名:BLUE MOMENT5 作家名:さやけ