BLUE MOMENT5
解毒剤を飲み干したコップを受け取り、少し横になるように伝え、そんなことを考えながら、士郎くんが落ち着くまで待つことにした。
一時間も経っただろうか。士郎くんを見れば、ぼんやりと天井を見ている。呼吸も安定しているし、大丈夫そうだ。身体の方はもういいだろう。
では、そろそろ本題に入ろうかな。
「士郎くん、あらいざらい話してくれないかい?」
「…………」
疑念の籠もった瞳で士郎くんは私を見遣る。
「興味本位などではないよ。ただ、君のことが知りたいんだ。君の今後を模索するためにね」
「…………わかった」
しばらく考えていたようだけど、士郎くんも今の状況からは脱却したいと思っているのだろう。嫌々そうにしてだけど、結局は応諾した。
再び身体を起こして寝台に座り、少し顔を上げて私を見る士郎くんは、ひどく疲れている。
寝台の側に椅子を置き、真正面から向き合うのではなく、少し斜になって視線をぶつからせないように気を配る。
「カルデアに来てからエミヤと何があったのか。いや、それ以前に、彼と何があったのか。かい摘まんでは聞いたけれど、やはり、現状を打破するには、詳しく知る必要がある。天才の私が答えを一緒に探してあげるよ。なに大丈夫さ。私は万能だよ?」
自信満々に告げれば、士郎くんは、小さな笑みを浮かべた。それは、とても寂しそうで孤独な感じだ。
思えば彼は、いつも心から笑っていない。
立香くんは言っていた、士郎くんに心から笑ってほしいと……。
(いまだにそれは叶えられていないのか……)
まあ、私たちは士郎くんにずっとかまっていられたわけではなかったから仕方がないけれど。
「さあ、では、順を追って話してくれるかな? まず、君とエミヤのスタートは自己嫌悪感から派生した、“憎み合っている”という感情からなんだね?」
こくり、と頷く士郎くんは、ぽつりぽつり、と言葉を紡ぎはじめた。
その内容は、あまりに奇異で、あまりに愚かで、そして、なんともせつない。
サバイバーズ・ギルトとは、こうも人としての在り方を変えてしまうものなのかと、エミヤシロウという存在が、人としていかに多くのものを取りこぼして生きたのかを嫌でも理解する。
彼らだけでなく、英霊となる者は、数多の英雄譚と悲劇にまみれている。
このカルデアにいるサーヴァントだって、多くの傷を背負って存在していることは明らかだ。その中にあっても、エミヤという英霊が異例中の異例であることと、その元となった衛宮士郎という男の歪さ加減は、類を見ないんじゃないかという気もする。
歪んだ英霊なんかザラだけど、彼は歪んでいても、狂ってはいない。死してなお、見知らぬ誰かのためにその身を犠牲にし、その心を砕かれながらも、ただひたすらに理想を追って歩み続けた存在……。
(悲しいものだねぇ……、英霊とは……)
私を含め、サーヴァントとなる英霊は、やはり悲哀に満ちた存在であり、どこかに未練を抱えているものだ。
けれど、エミヤにそれはなかったそうだ。士郎くんの話だと、生前やり残したことはなく、彼は自分の人生に満足して死んだというのだから。
しかし、英霊となったエミヤは、自身を磨り減らすような永い時間を経て、自身であった存在と出会う。そうして、たった一つの未練を見出してしまった。
それが、衛宮士郎。
この、エミヤを好きになってしまったという、彼だ。士郎くんはまったく身に覚えがないようだし、そんなはずはないと言うけれど、明らかにエミヤは士郎くんに執着している。
士郎くんはエミヤに理想を重ねたようだけど、エミヤにとっては生前の姿を保つ彼こそが理想なのではないだろうか?
中身はどうあれ、外見だけだ、と吐き捨ててしまえるほど、エミヤシロウという存在は単純ではないと思える。郷愁や後悔、懐かしさや痛々しさ、そんないろんな感情が、士郎くんと出会うことでエミヤには湧き上がったとも考えられる。
いやまあ、エミヤのことは後回しだ。とにもかくにも少年であった士郎くんにとってエミヤは理想の姿であり、幸か不幸か、その理想をまだ明確なカタチとして認識する前に見てしまった彼は、ただただ、その理想を追いかけたようだ。
彼が経験した最初の聖杯戦争では、エミヤと剣を交え、互いに意地をぶつけ合い、エミヤは自身の歩んだその道が間違いではなかったと気づき、士郎くんもエミヤの歩んだ道を追う決意を固めた。
けれど、士郎くんは再び聖杯戦争に参加する。崩壊寸前の未来を変えるためという、已むに已まれぬ事情とはいえ、一度はわかり合うような結末を迎えた二人の時間を、士郎くんは初めからやり直し、そうして二度目の聖杯戦争では、エミヤと剣を交えることはなく、エミヤが自身の道が間違いではないと気づく機会を奪った。
だから憎まれ、怨まれているんだ、と……。
実際、エミヤと三度目に遭遇した士郎くんは、エミヤと死闘を繰り広げたというのだから、確かにエミヤは士郎くんを怨んでいたようだ。
その話は初耳だった。
きっと彼は、三度目のエミヤとの邂逅を他人に話したくはなかったのだろう。それは、士郎くんにとって何より大切で何より大きな出来事だったろうから。
そして四度目の邂逅。カルデアに来た士郎くんは、また、エミヤと出会う。
「アイツには……、怨まれることしか……していない……」
「ふむ……」
けれどそれは、士郎くんの主観だ。そこにエミヤの気持ちも考えもいっさい入っていない。
(それが、拗れている原因なのだろうけど……)
どうしたものか、とため息をつく。ここまで凝り固まっている士郎くんの考えはそうそう覆りそうにない。
「あの座薬、何度か使ったのかい?」
「…………使った。しようがないんだ。アイツは俺が憎くて仕方がないから……」
小さな声で士郎くんは答える。まるで大罪でも犯したように項垂れる彼は、その行為の意味すらわかっていない。
(エミヤがただの捌け口なんかで、そんなことをするわけがないのに……)
そう思われるエミヤがなんだか気の毒だ。いったいどこをどうしたら、好意を寄せている者が憎悪を向けているなんて勘違いをするんだ。真逆じゃないか、まったく。
「それで、士郎くん。君はこれから、どうする?」
「もう……どうすればいいか、わからない……。アーチャーの顔を見ると、また、俺は、アイツを欲しいと思ってしまう……」
「では、ど――」
「レイシフト、できないか?」
「え?」
「俺のいた世界に戻してくれ。あんな壊れかけの世界でも、ここにいるよりマシだ。封印指定の世界だっていい、もう……」
「士郎くん?」
「ここには……居たくない……」
「…………」
今は何を言ってもダメだね……。
今の彼は、冷静になって考えることができそうにない。
「士郎くん……、しばらく距離を置いてみてはどうだい?」
「きょ……り……?」
「君に部屋を用意しよう。というか、実は、エミヤが探してくれという前から、君のために空けてあったんだけどねぇ」
すぐに頷くかと思えば、士郎くんはひどく寂しそうな顔で俯いた。
作品名:BLUE MOMENT5 作家名:さやけ