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自分らしく
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彼方から 第二部 第五話

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 ガーヤの話はそう、締め括られていた。
 
「し、しかし……!」
「そいつはおれ達から、金、ふんだくってったんだっ!」
 だからと言って、簡単には引き下がれないのだろう。
 多勢に無勢ではあったが、一度は負かした相手にしてやられたこと、自分たちが奪ったにも拘らず、それを取り返されてしまったことに対しても、その、お粗末なプライドが許さないとみえる。
 自分たちの非は棚に上げ、アゴルがやった『事実』だけを訴えて、行動の正当化を図っている。
「だから、言い掛かりですってば」
 青乱隊の言葉に自分を見やる店の主人に向かって、アゴルは平然とそう返した。
「ほら、何も持ってないでしょう?」
 何も無い、両の手の平まで、主人に見せる。
「あれ? さっきまで、確かに手に持ってたのに」
「あの窓だっ!」
 アゴルが見せた手の平に訝しむ者もいたが、すぐに開いている窓に目をつけた者もいる。
「ここだ! ここから外へ捨てたのに違いないっ! ほら見てみろっ!!」
「あっ、こら! 何をするっ!」
 窓に気づいた者が、無理に店の主人の腕を取り、窓の外へと眼を向けさせる。
「何もないじゃないかっ!」
 だが、窓の下は人の通りがあるだけで、巾着らしきものの姿は見えない。
「ばかやろっ! 誰かがグルで持ってったんだ! そんなことも分かんねーのかっ!」
「とにかく、おれ達の邪魔すんじゃねーよっ!」
「ひっこんでなっ! おやじっ!!」
 興奮冷めやらないのだろう、青乱隊の面々は口々に、店の主人に対し至極失礼な言葉を投げかけている。
 彼が『何者』であるのか、恐らくその念頭から消え去ってしまっていたのだろう……
「きさまら……何様のつもりだ……」
 怒りを含んだ主人の、低く抑えたその声音を聞くまで……
 眉を吊り上げた、店の主人の怒りの形相に、青乱隊の面々はハッとする。
「今まで、好き放題やらせてもらってて……どうも少々、思い上がっているようだな……」
 自分たちの立場や身分を弁えない、失礼極まりない態度に、店の主人は青乱隊の者たちを睨み付ける。
「わしを誰だと思っとるっ! ナーダ様に一声お願いすれば、きさまら全員の首を刎ねることも出来るんだぞっ!!」
 その剣幕にやっと、誰を相手にしていたのか思い出したのか、面々の勢いは消沈してゆく。
「あ……あの亭主……」
 散々な態度を取っておいて、今更ながらに執り成そうと言うのか、体をビクつかせながら連中は下手に出始めた。
「ええい! もどれもどれ、うっとうしいっ!!」
 店の主人の背後で、アゴルはその様子をほくそ笑んで見物し、
「きさまらのこと、よーく考えておくからなっ!」
 踵を返すと、
「今日の試合も見物させてやらんっ!」
 試合会場へと、走り去っていった。

   *************
 
 試合開始時間が近いのか、闘技屋に人が集まり始めている。
 その流れに逆らうように、ガーヤが手に何かを持って走ってきた。
「あっ、おばさん、帰ってきた」
 闘技屋の前に建つ宿の二階の窓から、ノリコとジーナが顔を出している。
 ガーヤが宿に入ってゆく姿を見て、二人は窓から離れ、二階へと上ってくる足音をワクワクしながら待っていた。
「作戦成功っ! みごと取り返したよ、アゴルさんは!」
「きゃあ」
 宿の部屋のドアを開けて、開口一番、ガーヤの言葉に、ジーナとノリコが手を取り合って、嬉しそうに飛び上がっている。
「ほらこれ、あんたの守り石だろ」
 ガーヤはジーナの手に、首紐の付いた小さな巾着を乗せた。
 巾着を手に、ジーナはホッとしたように笑みを浮かべ、ベッドへと腰掛ける。
「お金はちょっと借りるね、助かったよ、ここの宿代、足らなくってさ」
「アゴルさん、大丈夫が、安全ですか?」
 もう一つ、お金の入った袋を覗き込みながらそう言うガーヤに、ノリコがアゴルのことを訊ねてくる。
「そうだねぇ」
 ノリコの問いに、ガーヤは面差しを変え、窓の外、闘技屋を見やり腕を組む。
「彼は今日の試合に勝ち抜くつもりでいるらしいが、こればっかしは、どうなることかねェ……見に行くにも、闘技屋は女人禁制だし」
 腕自慢の屈強な闘士たちが、一獲千金を、もしくはナーダの目に留まることを狙って集うのである。
 その相手次第では、いくら傭兵の経験があるとはいえ、大丈夫だと軽はずみには断言など出来ない。
「勝つよ」
 そのガーヤの懸念を払拭するかのように、ベッドの上のジーナが呟いた。
 ノリコとガーヤが思わず、『え?』というように顔を向ける。
「大丈夫、お父さん、勝ち抜くよ」
 守り石の入った巾着を包むように両手で持ち、ジーナはベッドの上、瞼を閉じて言葉を続けた。
 ジーナには占えていた――アゴルの、父の姿が……
「お父さんが勝ち抜いて、お城に行くところが見えるもの」
 笑みを浮かべ、手の中の巾着を見やり、ジーナはハッキリとそう告げる。
「見える?」
 ノリコの怪訝そうな問いに、
「うん、頭ン中に」
 ジーナはにっこりと微笑んで、そう返す。
「あたし、目は見えないけど、この石持つと、色ンなもの浮かぶの。お父さんの顔も知ってるよ」
 そう続けるジーナの言葉に、
「ジーナ……あんたまさか……占者かい?」
 ガーヤは驚きを籠めて、呟いていた。

   *************
 
 観衆で埋め尽くされた闘技場。
 場に並んだ闘士たちに向けられるのは、興奮を伴った客たちの声と好奇に満ちた瞳。
 様々な思いが籠められた声はうねりとなって、場内を駆け巡ってゆく。
「さあ! これが今日の闘士達だ! どんどん賭けてくれっ!」
 観衆を煽る賭けの支配人。
 場に並んだ闘士たちの中に、アゴルの姿があった。

「ささ、ナーダ様。もうすぐ始まります」
「うむ、今日は良い闘士はおるか?」
 闘技屋の主人が差し出す椅子に、ナーダが当たり前のように腰掛けてゆく。
「無傷で勝ち抜ける者があれば、また、わたしのコレクションに加えてやるぞ」
 観客席の一等、一番良い場所にある、ナーダのような客の為の部屋。
 試合は始まり、観衆の声援が大きさと激しさを増してゆく。
 闘士たちの奮闘を見せ物に、観衆は興奮を、店は儲けを、ナーダは自身の欲求を、それぞれ満たしていった……

   *************

 ――占者?
 ガーヤの口から出た耳慣れない言葉に、ノリコは不思議そうにジーナを見ている。
 ガーヤはジーナに歩み寄り、その傍らに、ベッドに体を預け、床に座り込んだ。
「そうか……その石が媒体だったんだね」
 何故、アゴルが青乱隊と一悶着起こさねばならなかったのか、その理由に納得したかのようにガーヤはジーナに話し掛けた。
「あたしの姉も子供の頃から占者の力があってね…………今、隣国グゼナにいるんだ」
 ジーナの言葉に、大した疑いを見せなかったのは、彼女自身の身内に同じく占者がいた為。
 占者がどういう者なのか、よく知っていた為だろう。
「そうかぁ……」
 ガーヤは呟き、暫し何かを考え込むように部屋の天井を見上げ、
「ね……だったら、ちょっと占ってくれる?」
 そう、お願いしてきた。
 ジーナはキョトンとした顔を向ける。