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自分らしく
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彼方から 第二部 第五話

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 一つ溜め息を吐き、エイジュは彼の傍に感じた光の気配も探り始めた。
 まだ、輝き始めたばかりの小さな光を感じる。
 だが、強く、その輝きはしっかりとしていた。
 他にも、牢館の中に四つの光……うちの一つに、以前出会った覚えがある。

 ――『イザーク……』『仲間……』

 あちら側が、そう伝えてくる。
 ノリコの傍に感じる光たちも、恐らくは、そう言うことなのだろう。
 二人と行動を共にすることになる、『仲間』になる者たちだと……
「だから護れと、言うことなのね」
 ふと、笑みが零れる。
「けれど、人の出会いというのは、分からないものね……」
 そう呟き、エイジュは城に来る前に寄った、闘技屋でのことを思い返していた。

 イザークの気配を辿り、着いたのは奥が闘技屋になっている酒場だった。
 女人禁制の為、中には入れなかったが、彼が捕えられてしまった理由はすぐに分かった。
 酒場から出て来た客に訊ねると、自慢げに話してくれた。
 その闘技屋が偶々、ナーダご贔屓の店で、そして偶々、お忍びで来ていたナーダの眼にイザークが留まってしまったこと――それが理由だった。
 遊び半分でナーダが嗾けた近衛を、イザークがあっさりと往なしてしまったのも、いけなかった。
 ナーダの興味を更に惹いてしまった。
 立ち去ろうとする彼に、ナーダはもう一人の近衛を差し向け、その近衛が、イザークを捕えたのだ。
 持ち前の能力と毒を使って……

「油断ね……」
 イザークが捕らわれているであろう本館の牢屋の辺りを見やり、エイジュは少し呆れたような笑みを浮かべ、そう呟いた。
 だがそれも、『あちら側』に言わせれば、仲間となる光に会う為に必要なことだったのだろう。
 なにしろ、その輝き始めたばかりの光は、酒場で彼に往なされてしまった、ナーダが嗾けた近衛だったのだから。
 イザークがノリコと離れてこの街に来なければ……
 あの酒場に入らなければ……
 その酒場が、ナーダご贔屓の闘技屋の店でなければ…… 
 この出会いは起こらなかった。

 ふと、頭上を見上げる。
 視線の先に、細く微かに、光の帯が見える。
 闘技屋のある街の方からナーダの城、本館へと、その光の帯は向かっている。
 常人には見えない帯は明滅し、まるで、会話をしているようだ。
 エイジュはイザークとノリコの姿を思い浮かべながら、微笑んでいた。
「本当に、不思議なものね」
 これも、離れたからこそ……なのだろう。

 ――『明日……』『白霧の森へ……』

「分かったわ……」
 エイジュは牢館の塔から音もなく飛び降りると、森の中へと姿を消した。

   *************
 
 城全体が落ち着きなく、ざわついている。
「そろそろ試合が始まるぜ」
「おお、見に行こうぜ」
 城内のあちらこちらで、そんな会話が交わされている。
「おい、持ち場は」
「いいって、いいって、みんな見に行ってる」
 警備に付かなければならないはずの兵士たちですら浮足立ち、何も手に付かない。
 今日の御前試合の催しを、心待ちにしているのだ。
 ナーダに逆らったと言う、一介の渡り戦士――イザークの出る試合を。

「17対1だとっ!? そんな無茶なっ!!」
「だから、第一試合は試合ではないと言ってるだろう、ナーダ様演出の、面白い前座のショーよ」
 試合を統括している支配人が、アゴルの言葉にさも面白げに答えている。
 城の中、近衛たちの控室。
 アゴルは闘技屋での試合を勝ち進み、ジーナが占った通り、優勝者としてナーダの城に来ていた。
「おまえは昨日来たばかりだが、試合に出たくば、このショーにも参加するがいい。ふふ……となると、18対1になるな」
 支配人の、何の動揺も見られない口調に、アゴルはその場に立ち尽くしていた。
「おら、邪魔だ。退け、新入り」
「ボーっとしてんじゃねぇよ」
 そう言いながら近衛の一人が、立ち尽くすアゴルにワザとらしくぶつかってゆく。
 彼も、傭兵をやっていただけあって鍛えてあり、それなりの体格をしてはいるが、その『ショー』とやらに参加するつもりの近衛たちの体つきは、アゴルを遥かに上回っている。
 ぶつかられたアゴルが、少しよろめくほどに……
「今日の試合の出来によっちゃ、また一つ、出世の道が開けるぜ」
「前座の男相手に、軽くウォーミングアップすっか」
 相手のことなど、何一つ考えていない面々。
 試合の出来――自分の出世のことしか念頭にはない。
 無論、それを目的としてこの城にいるのだから、それは当然と言えば当然なのだが……

 ――…………冗談じゃない

 アゴルにはそれが、信じられない。

 ――こんな岩みたいな奴ら、17人相手にだと?
 ――まるっきり、リンチじゃないか
 ――それを知ってて、何とも思わないのか、ここにいる連中は……
 ――どうかしている!!

 そこまでして欲しいものなのだろうか……『地位』とやらは。
 人を傷つけ、見せ物にして、そうして得たものを『名誉』と言えるのか……
 そうして得た賞金を、『当然のモノ』として受け取ると言うのか……
 全てが理解し難く、受け入れ難いことだった。

 高らかに、開始の笛の音が、御前試合の場に響き渡ってゆく。
「只今より! 本日の御前試合を始めるっ!!」
 城内に設えられた試合会場は広く、貴族や豪商たちの見物席は他の者たちよりも一段高く置かれ、周りは警備の兵が配置されている。
 会場の周りは柵で囲まれており、その柵から溢れんばかりに、観客が詰めかけていた。
 控室から会場へと出る通路の途中、アゴルは置かれた状況に戸惑っていた。

 ――困ったことになった
 ――とにかく潜入してから救出方法を考えようと思っていたが
 ――いきなりこういう展開になってるとは……

 普通に試合が行われるのであれば、イザークが勝とうが負けようが、その後でなんとでもしようがあったかもしれない。
 だが、このような、リンチとしか言いようのない状況では、何か手を講じようにも、その『手』すら、思いつかない。

 不意に、その会場の方から、一際高い歓声が上がった。
 皆の視線が歓声の上がる方へと向けられる。

「第一試合! 選手、イザーク・キア・タージ!!」

 近衛たちの控室に繋がる出入り口とは別に、数人の兵士が厳重に警備している、派手な垂れ幕で飾られた出入り口があった。
 そこから、片手に棍棒を持ち、イザークが姿を現した。
 垂れ幕の中から出て来たその姿に、ナーダの催しの趣旨を知っている観客たちは、更に高く、興奮と共に、歓声を上げる。
 会場の中央へと、イザークはゆっくりと歩を進めてゆく。
 特別に設えられた見物席にいる、十数人の貴族たちの中、特等席に座るナーダが、イザークの姿を見とめ、立ち上がった。
「バカめ! のこのこ出てきおったな、イザークッ! 今、きさまの対戦相手を紹介してやろうっ!!」
 既に勝ちを確信しているナーダの呼びかけに応じ、近衛たちが一気に駆け出してくる。
 中央に立つイザークを、あっという間に取り囲んでゆく。