章と雪
「あ〜〜〜、、腹減った〜〜。義姉上、何かある??。」
突然、平旌が、王妃と浅雪の居る東院に、いきなり入ってきた。
「平旌!!!。」
「げげぇ〜〜!、母上、、。」
前触れもなく入ってきた息子に、王妃は驚いた。
「は、、母上、、ご機嫌麗しゅう、、。」
平旌は、取り繕うように、拱手して頭を下げる。頭を上げないうちに、一目散にどこかへ逃げて行った。
「何がご機嫌麗しゅうなの!!平旌、待ちなさい、どこに行く気?!。」
さぞ、嫁が驚いたろうと、心配しつつ、浅雪を振り返ると、くすくすと笑っていた。浅雪は、あんな平旌には慣れている様子だ。
「小雪?、平旌はしょっちゅう、あんな風に東院に来るの??。」
「え、、っと、、、、はい、時々ですけど、、。」
毎日、時々来ていたのだ。
「まぁ、、、あの子ったら、、。新婚夫婦の部屋に、あんなにいきなり入ってくるなんて、、、。困った子だわ、、。ごめんなさいね。平旌には、良───く、言っておかなけりゃ、、、。」
「平旌は、何だか私が来たのを、喜んでくれているみたいで、私は嬉しいです。」
「いいえ、、あれじゃ、幾ら何でもガサツすぎるわ、、。」
その夜、平旌は母親からこってり絞られる。
ただ平旌は、姉が出来て、嬉しかった、誰よりも浮かれていた。
更にその姉は、強いと来たものだ。嬉しくて嬉しくて、平旌は舞い上がっていた。手合わせしたくて、堪らなかったのだ。
浅雪は、長林王妃の部屋で、衣の縫い方を教わる事になった。
早速、平章の衣の布を持って、王妃と共に行くことになった。
浅雪が、布を纏めている時に、王妃は東院の表に出て、嫁の準備を待っていた。
浅雪は、一緒に布を纏めている侍女に、こっそり声をかける。
「炊屋に、私が昨日作った、粟菓子があるから、平旌に持って行って。」
侍女はこくりと頷いて、王妃と浅雪が部屋を出る機に、静かに離れて行った。
育ち盛りの平旌だ、お腹が空くのはよく分かる。浅雪も、一日中、お腹が空いていた頃があった。また平旌は、ぐんと背が伸びるのだろうと思った。
その日の夕暮れ、そわそわと東院の表を歩き回る浅雪の姿があった。
平章の帰りが、待ち遠しくて仕方がない。
何と、平章が王府に戻るのは、五日ぶりだった。長林軍の、人使いの荒さにも程がある。
だが、平章は長林軍の副将を、間もなく任されようとしていた。本来なら、甘州に缶詰にされるのだろうが、長林王と、軍の仲間に配慮され、金陵での軍務に当たっていた。
金陵に居るというのに、他人には任せられぬ、長林王直々の軍務もあったり、長林王に代わって、金陵から離れた軍営巡りをしたりと、中々に忙しい。
それでも新婚なのだからと、気遣ってもらい、数日に一度は帰ってくるのだ。
「、、、、遅いわ、、。」
東院から、門の方を眺めては、溜息を漏らす。
確かに今日は帰ると伝言を寄こした。
「、、、もう、お義父様は戻ってるのに、、、。また帰れないのかしら。」
見かねた侍女が声をかけた。
「若奥様、私か見ておりますから、中で待たれては、、、。」
侍女達は、浅雪が気の毒で、仕方がない。一度などは、帰る筈だったのが、急遽、軍営での任務が長引き、帰れぬ事になった日もあった。
軍を率いる武人ならば、仕方がない。
実家の蒙家だって、そんな事は珍しくもない。母や義姉達は、今の浅雪ほどがっかりもしていなかった。『武人の家ならば当然の事』なのだから。
「、、、、、。」
浅雪は、無言でうなだれて、部屋へと入っていった。
ずっと王妃から手ほどきを受けて、浅雪にしては、驚くほど平章の衣が縫い進んだ。袖は付かないが、胴は縫い合わされた。
見て欲しくて、褒めて欲しくて、部屋の一番目につく所に、丁寧に畳んで置いてある。
平章が、衣に気が付いたら、ちょっと羽織ってもらって、今度は浅雪が、凛々しく見える、平章の姿を褒めるのだ。
だが、世の中、思う様にはいかない。
少し寂しい、、、そう言ったら、実家の母に『我慢なさい』と、宥(なだ)められるだろうか。
義母に『武人の妻らしく』と、咎(とが)められるだろうか。
でも、少しくらい気にかけて、夫がもう少し、家に居られるように、取り計らってくれるだろうか。
畳まれた衣を、指でなぞる。白い布地に、決して上手いとは言えない縫い目。
衣に触れている内に、羽織った平章の姿が、浮かんでくる。
物思いに耽ってゆく。
ようやく縁を結んだのに、いつでも平章と居られると思っていたのに、。
溜息がひとつ漏れ、一緒に、心の内にあるものが、吐き出される。
「、、平章、、、。」
「ん?、、なんだ??。」
振り返ると、すぐ後ろに平章が立っていた。
「、、、、、。」
浅雪は、呼吸を忘れるほど驚いた。
目を大きく見開いたまま、固まってしまったのだ。
「浅雪、帰ったぞ、五日ぶりか?。いい嫁にしてたか?。」
「五日??、、三年ぶりでしょ。平章の顔を、忘れそうだったわ。」
「うわっ、危なかったな。危うく忘れられる所だった。」
「嫌な人!!。」
本気で叩きたい訳では無いが、浅雪の拳が飛んでくる。
その手を受け止めて、平章は自分の胸に、浅雪を引き寄せる。
「雪、、いい子にしてたか?。」
「、、、どこから来たの??。どうして私、平章が来るのが、分からなかったのかしら。侍女達に、声をかけられたのに気が付かなかった?。
、、私、ちゃんとあなたを、お迎えしょうと思ってたのよ。」
「私が、声をかけないように、言ったんだよ。小雪は、向こうを向いてたし、驚かそうと思ってた。」
「色々、出来ない事は多いけど、旦那様のお迎え位なら、立派に出来るのよ。真後ろに来るまで、気が付かなかったなんて、、。私、あなたを守る役目も、果たせないわ。」
「それは申し訳ない、、、気が付かない様、こっそり近づいたんだ。せっかくの機会を、私が台無しにしたか?。今度は堂々と来るから。」
「ほんっと、やな人w。」
「ん?、、、嫌いになったか?。」
「うふふふふ、、、、、、、、大好き。」
平章は、浅雪を抱き締め、口付けをしようとした。
「やだ、、駄目よ、皆が見てるわ。」
「ふふ、、、全員下がらせた。」
夫は卒が無い、、そう思いながら、平章の口付けを受けた。
五日分の寂しさが、溶かされていった。
婚儀の前は、逢えなくても、こんな寂しさは感じなかった。王府で、あまりすることが、無いせいだろうか。平章も、寂しかっただろうか。
長い口付けの後、平章の抱き締める腕に力が入る。優しく、力強く、平章が浅雪を愛おしく思う心に、包まれていく。
──平章も寂しかったんだわ。──
「ん?、、。」
ずっと、一向に進まなかった、浅雪が仕立てるの衣の畳み方が、いつもと違っているのに、平章は気がついた。
浅雪をぴったりと抱きながら、衣の布地に手を伸ばす。
「おぉ、進んでる!。」
布地を開くと、袖は付かないが、肩と脇が縫い合わされていた。
「んー、ふふふ、、。小雪も、ここで頑張ってたんだな。」
「そうよ、、お義母様から教えていただいたの。頑張ったのよ。」
「母上が?、母上が、仕立てが得意だなんて、聞いた事が無い。」
「お義母様も、あまりお好きじゃないみたいだったけど、私の先生としてはとても優秀で、、、。