章と雪
私、実家で針仕事の先生を付けられたけど、、、実家の先生は、私に求める事か多すぎて、、、言われた通りの出来には、とても程遠かったのよ。最後には匙を投げられちゃって、、。
でも、お義母様は、分かるように簡単に教えてくれるの。ほら、ちょっと、、針目が揃ってないけど、でも良いのよって。」
針目の荒らさは、ちょっと所ではなかったが、それでも、浅雪の頑張りはよく分かる。慣れた女子ならば、これだけ縫うのは造作も無く、朝飯前に終わるだろうが、浅雪はどれだけかかったのだろう。
半日?、一日?。
じっとして居られない浅雪が、その刻をずっと座ったままで、取り組んだのだ。
平章は、嬉しさと愛おしさが、抑えきれなくなる。
「上手に出来てる。」
平章は衣を、浅雪に着せてやる。
「あのね、何で私が着るのよ。平章が着なきゃ。」
「ふふふ、、。」
━━沢山、褒めてやらなけりゃ、、、。━━
平章は両手で浅雪の顔を、優しく挟む。
婚儀の当日はお白粉(しろい)を叩いて、紅を指し、美しく飾った浅雪だった。
浅雪は婚礼前に、実家の蒙家から、『夫人は美しく身形(みなり)を整えて居るもの』、そう口酸っぱく言われてきた。
婚礼の日、見違える浅雪に、平章の胸はどきりと高鳴った。
他の男が、浅雪に目をつける前に、婚礼を挙げられて良かったと、心底、安堵した。
浅雪は元が良いから、着飾った花嫁姿は、嫋(たお)やかな仙女の如き麗人にしか見えない。
麗人も良いが、実は平章は、いつまで経っても、お転婆な、子供の様な、浅雪の方が愛おしい。
だが浅雪は、慎ましやかな女人のように、頑張って振舞っていた。
まるで別人の様に、さも以前からこうだった様に、すました顔で過ごしていて、平章はそんな浅雪の姿に、笑いを堪えるのに苦労した。
堪え切れねば、腕に浅雪から抓(つね)られた、痣が増える。
平章は、ずっと麗人のままの、浅雪では居るまい、そう思っていた。
『いつまで、麗人のままでいるか、見てやろう』、という悪戯心も芽生えていた。
案の定、日が経つにつれて、白粉の匂いは薄れ、元の浅雪に戻りつつあって、ほっとしていた。
━━今日は髪の油を使わなかったんだな。━━
平章は浅雪の、額の生え際から出ている、短くて結い切れなかった髪の毛を、くるくると指に絡めた。
普通、髪油でこうならないように、纏めるのだが、浅雪はこの油が嫌いなのだ。
「あっ、、髪が、、いつの間に、、、、また油が足りなかったのかしら、、。」
浅雪は恥ずかし気に、急いで両手で生え際を隠した。
━━少しは使ったのか。━━
「いいんだ。私はこれが好きなんたから。」
平章は、浅雪の手を剥ぎ取って、浅雪の生え際を撫で、額に口付ける。
ふと握った浅雪の左の指先に目がいった。
「?!!。」
「あっ、、。」
浅雪も気が付いて、平章の手を振り解き、急いで自分の左手を隠す。
「隠さないで、、。」
平章は、穏やかに微笑んで、浅雪の左手を目の前に戻した。
一回り小さな浅雪の手の、三本の指先に、細く切った包帯が巻かれている。
針仕事をして、針で指を突いたのは、想像に難しくない。
━━苦手な針仕事を、私の為に、してくれる。出来ない事を恥ずかしいと思わなくていい。━━
「、、雪、、、ありがとう。」
「困ったな、、、。」
平章は真顔で困り切っていた。何を困っているのか分からずに、浅雪が聞いた。
「何が?。」
「、、、食べてしまいたい。」
そう言うと、包帯を巻いた、浅雪の左手に口付ける。
「、、?、指を?。食べられたら困るわ、せっかく縫い物を覚えたのに、出来なくなっちゃう。」
「、、、雪を全部。」
侍女を下げたのをいい事に、二人は、ゆっくりと深く唇を合わせた。
互いに、五日分の愛を、確かめ合っていた。
「、、あっ、、。」
「今度はどうしたの?。」
「、、、東青だ、、、。」
足音がするのか、気配で分かるのか、平章が悔し気に呟いた。
浅雪は、『夕餉を共にしましょう』と、長林王妃から、言われていたのを思い出した。
恐らく東青は、王妃から言われて、二人を呼びに向かっているのだろう。そして間もなく、この東院に着くのだ。
「夕餉なんか要らないよ、、。小雪だけでいい。」
「断れないわよ。」
「、、、東青め、気を利かせて断れば良かったのに、、。」
「もう、駄々っ子ね。そんな事、東青さんにできる訳がないわ。」
東青は平章付きの親兵だ。平章にとびきり忠実だが、そんな事が出来る訳がなかった。
「世子。」
程なく、拱手をした東青が現れる。
「あ〜〜〜、、。」
「?????。」
がっかりした平章に、東青は訳が分からず不思議顔をし、浅雪はくすくすと笑いを堪えていた。
「世子、長林王妃が夕、、」
「私はもう出かけていた。」
「、、、は??。」
平章に、突然、言葉を遮られ、更に東青は、ぽかんとしていた。そして、平章の言葉の意味も、よく分からない。
平章は言葉を続ける。
「東青が来た時には、この東院には私達はもう居なくて、伝えられなかった。」
「はい。」
東青は平章の、言葉の意味が分かったのだろうか。直ぐに、素直に返事をした。
余程の信頼関係を築いているのか、全てを察しているのか、東青は平章の行動や、自分への指示の、説明を求めたりする事は無い。平章の令を全て、卒なく熟(こな)していくのだ。
「小雪、城外の白南村で、夜祭がある。見に行こう。」
「夜祭!!!。行きたい!!。」
浅雪の瞳が輝いた。
浅雪は、ずっと王府に缶詰で、外出するのは皇宮か、長林府関係の親族への、挨拶回りなどの堅苦しい所ばかりで、顔を出した後は、数年分の気疲れを、ごっそりと持ち帰っていた。
安らぐはずの、実家の蒙府にも、一度顔を出したきりだった。
実家に行ったものの、両親も蒙府の者も、『浅雪が暇を出される』という心配ばかりで、気晴らしにもならず、気が滅入るだけだった。
「あっ、今から白南村に行ったら、城門が閉まるまで、帰って来れないわ、、、。
ん〜、、でも、長林府の令牌があるわ。それなら、城門を開けてもらえて、王府に帰って来れるわね。」
「そんな面倒臭い事するか?。」
「えっ、、じゃあ飛ぶの??。そりゃ確かに私は、その辺の令嬢とは違うから、飛べることは飛べるけど、、さすがに城壁を越えるのは、した事がないから、不安だわ。屋根や塀を越えるのとは、訳が違うもの。」
『飛ぶ』という発想が、浅雪らしいと、平章に笑いが込上げる。
普通の女子ならば、そんな言葉は出てこない。
「ぷっ、、城壁を越えたりしない。門が開いてから、帰ってくればいい。」
「えっ、、いゃっ、、、アサガエリ、、、。」
浅雪の顔が真っ赤になった。
「えっ、嫌か?。」
「、、、、、、、。」
浅雪は何も言えなくなり、真っ赤になって、袖の端で、口元を隠していた。
「何を恥ずかしがる?、金陵の噂になる?、私達はもう夫婦なんだ。何も言われはしないだろ。」
「、、、、、、、。」
恥ずかしがる浅雪が面白くて、可愛らしくて、平章は困ってしまう。
「朝帰りが嫌なら、昼まで戻らなきゃいい。」
「だって、軍務はどうするの?。明日もあるんでしょう?。怒られるわ。」