STAR TREK TRAVELER
ナカタは食べてみるが、口の中に入れると消えてしまった。何かホロデッキのデータが欠落しているようだった。空腹は全く満たされなかった。残りの携行食料をポケットから出して食べていた。
突然、全てが真っ暗になった。何の音もしなくなり、重力もなくなった。ナカタはどちらが上か下かもわからなくなっていた。急激に不安感が増してくるナカタ。
「どうした。修復に失敗したか」
ナカタの言葉はホロデッキに虚しく響いていた。
「問題はない」
ホロデッキの重力が戻り、照明が点灯した。
「修理は進んでいるのか」
「いや」
「いやって、お前らしくないな」
「資材が調達できない」
「あんたらの、素晴らしいテクノロジーでもか」
「この劣ったAIの仕業だ。お前が細工したのか」
「かもな」
「バカな、そんなことをしたらお前も私も死ぬぞ」
「ええっ、実際に俺は何もしていないぜ」
「資材が調達できなければ、このままの状態が永遠に続く」
「何にもしいないのに、脅しか」
「私のエネルギーデータがこのAIから抜け出せなければ、近隣の小惑星にある資材が調達できないのだぞ。なぜ閉じ込める」
「おいおい、あんた、この船のAIに捉われたってわけか。笑えるな」
「修復技術があっても、手足がなければ…、これは比喩だが、直すことはできない」
「もしかして、俺に手足になってくれとでも言うのか」
「これに選択の余地はない。やらなければお前も死ぬのだ」
「でも、手足になったとしてもだ。この船を直したら転売するんだろ。あんたしか得をしないよな」
「考える時間を38年与えよう」
「時間のスパンが全然違うんだけどな」
ナカタは周囲の空間に向けて言っていた。
ナカタは21世紀前半の渋谷のスクランブル交差点にいた。通りに車はなく、歩道にも街にも人は誰もいなかった。強い日差しが降り注いでいる。ナカタは交差点のド真ん中に置いてある革張りのソファに座っている。
「何をやっている」
ソファの前に立つトラベラー。
「気晴らしに、一度やってみたかったことをやってみただけだ。昔は地上を車が走っていたから交差点というも
のがあったんだぞ、知ってるか」
「原始的なことだな。それでどうだ、私の手足になるのか」
「それには、まずシャトルを直さないとな」
「シャトルだと、魂胆は見え透いている。まずは転送装置を直す」
「勝手にしてくれ。あんたも俺も捕らわれの身ってことは同じだからな」
「抵抗はしないのだな」
「お前に一時的に協力するが、お前を許したわけではない」
ナカタは、渋い顔をしていた。
「良かろう」
「それで、必要な資材を調達できそうな所が近場にあるのか」
「浮遊している小惑星がまもなく近くを通過する。それがそうだ」
「転送装置の修理は間に合うのか」
「間に合わせる」
宇宙服を着ているナカタは、小惑星の表面に転送された。掘削レーザーを肩から下げている。
「どうだ。聞こえてるか。無事に転送完了だ」
ナカタは宇宙服の無線の感度を調整する。
「その周囲にレーザーで穴を10メートルほど掘れ、そしてそこにある鉱脈から『errrxy』同位体297が含まれている岩石を採取する」
「そのなんとか同位体ってなんだ」
「説明している時間もないし、理解はできない。黙って作業をしろ」
「偉そうだな」
ナカタは渋々レーザー光を小惑星の地面に向けた。
宇宙服を着ているナカタは、小惑星の表面に転送された。
「今日で何日目だよ。いつまで続くんだ」
「7日目だ。後2日で終わる」
「あの変な物質で本当に船が直るのか」
「死にたくなかったら、作業を実行しろ。待て、不測の事態の可能性がある。作業を中断しろ」
「なんだよ、やれって言ったり、止めろって言ったり」
「お前を船に戻す」
ナカタは、転送室に立っていた。トラベラーが出迎えている。
「あの小惑星はおかしい。位置が変化しない」
「浮遊しているんだろう」
「それなのに、位置が変化していない。我々も一緒に動いている可能性が高い」
「引力か何かに引き寄せられているんだろう」
「エネルギー集合体にあったデータバンクを思い出しのだが、放浪星系というものがある。それに飲み込まれた可能性が高い」
「何を言っているか、良く分からないんだけど」
「無理はなかろう。とにかく危険なものだ」
「別に超光速で動いているわけではあるまいし、急ぐことはないだろう」
「移動速度は不安定で、時速56.4089キロから光速の2896倍まで変化するとされる」
「あんたも迂闊だったんじゃないか」
「それに異論を唱えるつもりはないが、一刻も早く出た方が良いに決まっている」
「出ると言っても、壊れかけのインパルス推進しかないぞ」
「インパルス推進を最大限に活用すれば、何とかなるはずだ」
「スウィングバイでもするのか」
「その通り。まずは採取した『errrxy』同位体297で、インパルス推進を直す」
『アトカ』のインパルス・ドライブ装置の周囲に光のリボンが目まぐるしく動き回り、少しずつ黒焦げの部分がなくなって行く。周囲の宇宙空間の色は、薄っすらとグレーがかっていた。
ブリッジの操舵士席に座るナカタ。後ろの艦長席には、ダヴィンチ姿のトラベラーが座っている。
「お前の操舵の腕にかかっている。慎重にやってくれ」
「俺を頼りにしているのか。なんか随分と立場が変わったな」
「つべこべ言わずにやれ」
「黙っていると落ち着かないものでな」
ナカタは、切り替えた手動用のレバーをしっかりと握っている。『アトカ』はインパルス推進で航行し始めた。
一番近くの小惑星の横をすり抜け、その先にある木星程の惑星に向かった。その途中に小惑星群が散らばっている。
ナカタは機敏に操作して、小惑星群の間をすり抜けた。
「センサー類が使えなくても、何とかなりそうだな」
トラベラーが言った直後に艦内が少し揺れた。
「おーっと小さいのが当たったようだ」
「気を付けろ」
「わかってるよ」
ナカタは、レバーを操作している。
木星程の惑星のそばをかすめると、一気に加速した。『アトカ』は、速度を増して、星系の重力圏を振り切ろうとしている。
「上手く行ってないか」
ナカタはレバーから手を離していた。
「まだわからんぞ」
トラベラーは、主モニターを見つめていた。
艦内は小刻みに揺れてから、安定した航宙になった。
「脱したようだぜ」
艦長席に振り向くナカタ。
「そのようだな」
トラベラーはそう言うと、姿を消した。
●3.修復
天体測定ラボでデータを分析しているナカタ。
「今どこにいるのか、全く不明だ。トラベラー聞いているのか」
「それはそうだろう、放浪星系と共に移動したからな」
声はするが姿はどこにもなかった。
「お前の転売市場に行くにも、俺の地球に行くにも、ワープドライブを直さないと、どうにもならないだろう」
「お前だけでは手が足りない。ホロで人手を増やそう」
「ダヴィンチの分身をいくつも作る気か」
「ミケランジェロの方が良いか」
「ちょっと待て。お前が殺した乗組員のデータはあるよな」
「ある」
「ポレックやバーンズ、ロムガなんかをホロで再現してくれよ。その方が気が利いている」
「その方が、お前のやる気を高めるのか」
作品名:STAR TREK TRAVELER 作家名:3代目キセノン