BLUE MOMENT6
「え? な、なに?」
「ここにあった、アイデアノートはっ?」
「は? あ、アイデア、ノート?」
「ここにあっただろう? こう、湾曲したイメージを描いた」
床を指して訴えられるけど、そんなの見覚えがない。
「え、っと、床にあったのは、ゴミばっかで――」
「なにを言っているんだ、君は! ここには私のアイデアと知識と技能と、私の持てるすべての才能が凝縮された、貴重でレアで希少価値の高い――」
「わ、わかった! わかったから! 探すから!」
ごみ箱代わりにしていた段ボール箱を引っくり返してダ・ヴィンチのアイデアノートなるものを探す。
(でも、床に落ちてたのは、ゴミと紙くずだけだったけど……)
ノートなんかなかったのに、と不可解に思いながら、ダ・ヴィンチのノートはどこかと、せっかく片した床の上を、またいろいろな紙くずなんかで埋めてしまう。
よほど大事なノートだったんだろう、滅多に見ない真剣な顔でダ・ヴィンチも一緒になって探している。
だったら、床になんて置くなと言いたいけど……。
「あ! あった、あった!」
「ほんとか? よかった、大事なノー……ト?」
ダ・ヴィンチの手でシワを伸ばされた物を見て首を捻ってしまう。
「ノート?」
「ん? そうだよ」
何度見ても、くしゃくしゃにされた紙。一冊のノートから一ページをちぎったような、紙くずにしか見えない紙……。
「それの、どこが…………?」
「大事な大事なダ・ヴィンチノートだよ」
「…………」
他にもそういうのがあるのかと思って、床に広がっている紙くずを改めて眺めてみる。
(どう見ても……)
ゴミにしか見えない。だけど、この天才には大事なノートらしい。
「…………はぁ……」
盛大にため息を吐いた。この部屋にある物は、紙くず一枚にしてもゴミと判定するわけにはいかないみたいだ。
「あのさ……」
「ん? どうしたんだい?」
きょとん、とこちらを見るダ・ヴィンチは、ジジイとは思えないキレイな顔で笑みを浮かべている。
「大事なノートって、もしかしてさ、これ全部?」
「全部ではないけれど……。ふむ。大半は」
いい笑顔で言い切りやがった。
このジジイ……、とは口にせず、拳を握るに留める。
「だったら、片付けろよ! 大事なものなんだろ!」
「いやー、そうなんだけど、忙しくてねえ」
「だからって、大事な物を失くしたら、」
「失くならないさ。だって、この部屋のどこかにはあるんだから」
「…………」
なに言っても無駄な気がしてきた。
忙しいことを理由に、手の届く所にいろんなものがあって、確かこの辺に……とかって言いながら散乱した物を漁って……、そういう生活が身に沁みついているんだ、この天才は…………。
これは、俺が何を言ってもダメだ。
「あのさ、一つ確認したい。片付けたいとは思うのか?」
「もちろん」
大きく頷くダ・ヴィンチに俺も頷く。
「じゃあ、俺が片付けて、処分はあんたの確認を取ってからってことにして、この部屋、片付けてもいいか?」
「願ったり叶ったりだね」
「わかった。なら、そうさせてもらう。こんな散らかったところ、落ち着かないから」
「へー。君は、料理だけじゃなく、そういうことも得意なんだね」
「得意なんじゃない。必要だからやるんだ! ……んでも、まあ、掃除は嫌いじゃないし、洗濯も炊事も、」
「まるで家政婦さんだね!」
「う……」
昔、一成に言われたことを思い出した。
“下手な家政婦に頼むよりも、衛宮に頼んだ方が掃除も炊事も行き届いている”と、一成は大真面目にそう言って俺を拝んでいた。
懐かしい顔を思い出してしまった。もう会うこともない友人は今、平穏な世界で寺の次男坊として忙しくしているんだろうか……。
「士郎くん? どうかしたかい?」
「え? あ、いや、なんでもない。とにかく、あんたは仕事が済んでからでもいい、俺が集めたゴミだかどうだか判断できない物を選別してくれ」
「了解」
ダ・ヴィンチの助手だとかの前に、俺はこの工房の清掃員をすることになった……。
「はあ……。やっと片付いた……」
ため息をこぼし、時計――ダ・ヴィンチの趣味と思われるクラシックな柱時計を見遣ると、午後八時に近い時間だ。
「いやー、きれいになったねー」
「この状態を維持することを願うよ」
「了解だ。っと、ああ、食事を頼んでおいたからもうすぐ誰かが運んでくる。君は自分の部屋に戻りたまえ」
「え? あ、ああ、さんきゅ。って、俺の部屋?」
「昨夜言ったじゃないか。隣の部屋を使えばいいと」
「あ……、そうか。うん。わかった。ありがとう」
「どういたしまして。そこの扉の向こうが君の新たな部屋だ。そこも表への扉同様、君の生体認証でしか開かないからね。食事が来たらノックするよ」
ひらひらと手を振るダ・ヴィンチに頷き、再び礼を言って俺の部屋だというところにに入った。照明を点けると、
「ぅ……わ…………」
なんだ、この部屋……。
予想外すぎて、思わず声を上げてしまった。
アーチャーの部屋とは全然違う。据え付けの棚とか、調度品とか……。一番目を引くのは部屋の半分近くを占める天蓋付きのベッド。白い布地のカーテンがベッドを覆っていて、狭いのに、どこのお屋敷かと思うような内装だ。
「誰の趣味だよ……」
当然、ダ・ヴィンチなんだろうけど、ジジイのクセに……。
どこのお姫様だ、とつっこみたい。こういうお姫様みたいなのに憧れていたんだとか言われたら、ちょっと遠くを見ていたくなりそうだ。
落ち着かないので、天蓋から垂れるカーテンは外す。そうすれば、少しこの部屋に入った時の衝撃は和らいできた。
「はあ……」
なんだか疲れてしまった。もう横になりたいと思った矢先、ノックの音にさっき入ってきたばかりの扉を振り返る。
「士郎くーん、ご飯だよー」
どうして入ってこないのかと一瞬思ったけど、ダ・ヴィンチにも扉は開けられないんだった。いそいそと扉の前に戻ってドアノブに手を触れれば、かちゃり、と小さな音がして扉の鍵が開いたようだ。
「あれ? 何もしなくても、」
「そうだよ。君の生体認証と言ったじゃないか。君が扉に触れただけでロックが解除される仕組みだよ」
開いた扉からダ・ヴィンチが顔を覗かせて説明する。
「へえ。アーチャーの部屋はパスワードだったけど、ここは違うんだな」
「キャスタークラスならこのくらいの細工は常道だよ。カルデアの部屋は、カードキーでも実物の鍵でも対応可能にしてあるんだ。それぞれ好みがあるからね。ふうん、エミヤはパスワードなんだね。それが性に合っていると思ったんじゃない?」
「そっか……」
そういう話はなんにもしていない。ただロックをしろと、パスワードはこうだ、と言われるままに従っていた。
「じゃ、ゆっくり食べて、あとは休みたまえ」
「あ、ああ、ありがとな。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
ダ・ヴィンチはにこやかな笑みで言って扉を閉めた。途端、かちゃり、とまた音がする。今度は施錠されたみたいだ。
(オートロック?)
室内はレトロなのに、システムはハイテクだなんて……。ちょっとそのギャップに苦笑いを浮かべてしまった。
「さて、と……」
作品名:BLUE MOMENT6 作家名:さやけ