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BLUE MOMENT6

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 憮然として言えば、ダ・ヴィンチは笑っている。俺が子供みたいに拗ねているって、クスクスと……。
「そりゃあ、ジジイに比べれば、俺は子供だよ」
 ちょっとイラッとしたから、言い返してやった。
「む! ジジイじゃないよ! 見なさい! この美しい姿を!」
「はいはい」
 適当にあしらって、紙くずを集める。今日からは助手の仕事になるのかと思ったけど、また今日も、ダ・ヴィンチの工房の片付けになりそうだ……。
 ため息ものだ、本当に。
 はじめは匿ってもらって、って負い目があったから、文句も言わずに作業に勤しんだ。だけど、やっぱり散らかり具合が尋常じゃなく……。
 いつのまにか、文句が独り言のようにこぼれていく。それにダ・ヴィンチがいちいち反論してくるから、軽い口喧嘩のようになってくる。
(ほんっと、ああ言えば、こう言う……)
 天才って、そこだけじゃないのか、なんて言ったら、百倍くらい、いろいろな言葉が返されてきた。なんだかんだと言い合いながら、片付けもしなきゃいけないなんて、疲れるな……。
 だけど、そんなのに助けられていたりもする。
 やっぱり、考えてしまうから……。
 たった一日半。二日にもまだ満たない。
 だというのに、 アーチャーの姿を見られないことが寂しいと感じている。触れてほしいと思っている。
 それは、いけないことだとわかっているのに、今朝、工房への扉じゃない方――表との境界である扉の前に立って、手を触れれば生体認証でロックが解除され、扉を開けずにそのまま立ち尽くす、なんてバカなことをしてしまった。
(出てはいけない……)
 あの部屋は、ダ・ヴィンチが俺を助けるために用意してくれた部屋だ。少しアーチャーと距離を置いて、じっくり自分の想いと向き合った方がいいと言って……。
 でも、向き合うもなにも、俺の想いなんか、わかりきっている。
 アーチャーが好きだ。
 けれど、それだけだ。
 何を望むこともない。いや、何も望めない。アーチャーからのリアクションなんて期待しないし、必要ない。
 だけど俺は、求めてしまったんだ、触れてほしいって。
 座薬を入れてアーチャーを待って、溜まってるんじゃないか、なんて煽るようなことを言って……。
 アーチャーじゃない。
 溜まっていたのは俺の方だ。
 急に熱が冷めたように俺をフルネームで呼んで、俺を少しも見なくて、抱き寄せもしなくて、アーチャーの態度が急変したことにびっくりしすぎて……。
 だからといって憎悪を向けても来ず、殺そうともしない。アーチャーは、俺からいっさい興味を失くしたようだった。
(アーチャーに憎まれもしないなんて……、俺は、どうやって衛宮士郎であることを証明すればいいんだろう……)
 立っている足元がぐらつく。
 もう、衛宮士郎であることが証明できない。アーチャーがいないと俺は――――。
「終わったよ、士郎くん」
「え? あ、なに?」
「何をぼんやりしているんだい? この箱、空になったよ」
「あ、本当だな。なんだ、やればできるんじゃないか」
「当り前さ。私は万能の天才だよ? 不可能など……、なくはないけれども、やろうと思えば、片付けくらい――」
「じゃあ、はじめからやれよ……」
「そうなんだけどさあ、あははは……」
 笑って誤魔化した。
(天才でも、こういうこと、するんだな……)
 そんな調子で、結局、今日も夜まで工房の片付けをするだけで終わった。

「はー……」
 バスタブに湯を溜めて肩まで浸かってなごむ。アーチャーの部屋はシャワーだけだったから、こういうことはできなかった。
(これから、どうしようか……)
 いつまでもこんな隠遁生活はしていられない。六体目のことはどうにかしないとダメだけど、やっぱり俺は、ここを出た方がいいと思う。
「アーチャーに、迷惑はかけたくないしな……」
 たくさん礼を言わなければ。 
 俺のお世話係みたいになってしまったことも、魔神柱にとり憑かれた時のことも。
 きちんと言えるだろうか……。
 アーチャーの顔を見られるだろうか。
 いや、それよりも、アーチャーが会ってくれるかどうかすらわからない。
「あー……、ダメだなぁ……」
 会うこともできない、礼を言えそうにもない……。
 浴槽の縁に頭を預けて瞼を下ろす。
「なんで、好きになんかなったんだろうなぁ、俺……」
 誰にも相談できない。それに、こんなこと相談したって、された奴は困るだろう。俺が好きになった理由なんて誰にもわかるはずがない。俺にもわからないんだから。
「遠坂なら、わかるか? 桜もわかるかな?」
 でも、訊けないんだよ……。
 ここは俺のいた世界じゃないから。いや、俺のいた世界だって、俺は存在を否定されている。だって未来に戻ったら、俺は衛宮士郎かどうかも証明できなかったんだから。
 あの世界には、衛宮士郎がいた。聖杯戦争に参加していない衛宮士郎が。ということは、俺の世界は、あの壊れかけの世界だ。俺はあそこに戻らなきゃいけないのに……。
 戻る術がない。カルデアの力で、技術で、レイシフトできないかと訊いたものの、色よい返事はもらえなかったし、だいたい、平行的な世界へのレイシフトなんて、そんなことができる保証もない。
「もう……」
 戻ることも進むこともできなくなった。俺には過去も未来もない。ただ俺が記憶しているだけで、誰も知らない時間が俺にあるだけで……。
 ゾッとした。
 歯の根が合わなくなってくる。慌てて湯船を出た。温まったため息がこぼれる。
「さむい……」
 身体は温めることができる。吐く息も温かい。なのに、寒いのは……、寂しいからだ。
 まだアーチャーに縋ろうとしている。
「未練がましい……」
 苦笑いをこぼして、バスルームを出た。



 翌朝、ダ・ヴィンチの工房に入ると、ダ・ヴィンチは難しい顔をして机上を見ていた。
「何かあったのか? また、レイシフトするような?」
「あ、おはよう。早いね」
「おはよう。昨日もこの時間だったぞ? ……というか、俺はいつもこのくらいには起きる。ずっと続けた習慣は、どうしても抜けなくて……。それより、何か、」
「ああ、うん。実はね……、君に頼みがあって」
「頼み? 片付けは昨日終わって、今日はきれいだけど?」
「いやいや、片付けじゃあないよ。調査を依頼したいんだ」
「調査? 俺に?」
「そう。特異点になり得る僅かな事象は、現地調査でなければ気づけない。だから、君に」
「……そ、それは、俺なんかじゃなくて、ちゃんとしたスタッフに――」
「知っているだろう? カルデアは、いまだ人手不足だって。本当なら、サーヴァントに行ってもらうのが一番いいんだけどね、サーヴァントだけに任せるには支障がある。マスターとの縁を切ってしまったり、もしくは、何者かに切られてしまったり、なんてことにもなりかねない。各地へ立香くんに行ってもらうのは負担が大きいし、だから、君に頼みたいんだ」
「まあ、そりゃ、藤丸のためになるんならなんだって協力する。でも、俺では役に立たないんじゃないか? 俺は、多少魔力があるだけで魔術は使えない。結界の違和感はわかるけど、それが何かとか、そういうことはからっきしだ」
作品名:BLUE MOMENT6 作家名:さやけ