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BLUE MOMENT6

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「いやいや、問題ないよ。そのあたりの解析はこちらでやるから。君は端末を持って、その場所に居てもらうだけでいい」
「え? それなら、俺じゃなくても――」
「言ったじゃないか、人手不足だって。聞いていたかい? 私の話を」
「あ、うん、悪い」
「それじゃ、オッケーだね?」
「あ、ああ」
「では、さっそく向かってもらいたい」
「わかったけど、いったい、どこに?」
「日本の、冬木市だよ」
「冬……木……」
「君には縁ある土地だね。したがって、本当は心苦しいんだけれど……。君ほどの適任がいないのも事実だ」
「う……、あ、うん、そうだな」
「ここまで言ってしまって、ズルいとは思うけどね。どうだい? 行ってくれるかな? どうしても無理だと言うなら考え直すけど?」
「……ほんと、ズルいな」
「うん。知っているよ」
 にっこりと笑うダ・ヴィンチは、相変わらずきれいな顔をしている。ほんとはジジイなのに。
(それに、読めない……)
 その表情から何かを読み取るスキルは俺にはない。
 ダ・ヴィンチは、何か思惑があって俺にこの依頼をしてきている。それはなんとなく感じられる。真意の読めない笑顔の裏に、いったい何を秘めているのか、俺にはさっぱりわからない。
(それでも……)
 この天才がなんの根拠もなしに、こんなことを頼んでくるなんてありえないだろう。
(ここは、天才を信じるしかないか……)
 確かに冬木に行くのは気が重い。
 けどここで、こんなふうに隠れて過ごしていても何も変われない。環境が変われば、俺のどうしようもない気持ちも、少しはマシになるかもしれない。
「俺でまかなえることなら、行かせてもらう」
「そう言ってもらえると助かるよ。では、注意点をいくつか……」
 ダ・ヴィンチはこまごまと端末の使い方なんかの説明を始めた。
「君はこの世界ではすでに故人だから、知人には気を付けて。それから、新しい眼鏡だ」
「え? 眼鏡なら、あ……」
 どこにやったかも忘れていたけど、確かアーチャーの部屋に置いたままだ。すっかり頭の中から消えていた。もう着けることすら忘れていたから……。
「ずいぶん左の視力は回復しているから、眼帯はもういいよ。あとは左だけに少し度の入った、新しいこの眼鏡で事足りるだろう」
 新たに調整してもらった眼鏡を受け取り、ダ・ヴィンチに礼を言えば、
「礼には及ばないよ。私も仕事を依頼しているんだから」
 そう言って、やっぱり美しい笑みを見せた。
 その日の午後、ちょうどカルデアの定期輸送便の復路のヘリに、荷物である木箱に紛れて便乗し、空路で日本へ向かった。
 なんで荷物にならないとダメなんだって訊けば、協会の目とかいろいろ面倒でさ、とダ・ヴィンチは笑っていた。
 ダ・ヴィンチの言葉を百パーセント信じる気にはなれないけれど、詳しい話を訊き出す気はない。
 それが、俺のことを慮ってだということが薄々感じられたし、俺に自省する時間を与えてくれたと思えば、素直にその心配りを受け入れるべきだ。
 なんだかわからないけど仕方がない、と諦めるようなことをぼやいて、俺は冬木の地に下り立つことになった。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆

 士郎の捜索を続けていれば、やがてマスターの耳にも入ることになったようだ。
「士郎さんがいないって、どういうこと?」
 マスターから強い口調で訊ねられる。というよりも、責められている。
 そう思うのは、私が引け目を感じているからだけではないはずだ。ということは、マスターには、いや、周りから見れば、原因は私にあるということが明白なのだろう。
「それが……だな…………」
「さっぱりわからねーんだ。一週間くらい前の夜にエミヤの部屋を出たっきりだそうだ。カルデアにいるサーヴァントのほとんどに確認したが、誰も姿を見てねぇし、匿ってる様子もねえ」
 言い澱む私の代わりにクー・フーリンが説明する。
「か、匿う? な、何から?」
 泡を食うマスターに、こいつ、とクー・フーリンは私を指し示した。
「エミヤ……、士郎さんに何したの……?」
「…………」
 目を据わらせるマスターに答えられない。
 何をしたかと問われて、これといった理由がわからない。理由がないというのではなく、ありすぎてどれだかわからないのだ。
「ち……、ちちち沈黙しないで!」
「すまない、マスター……」
 もう謝るしかない。マスターは、士郎がカルデアに居ることを望んでくれた。どんな姿でも、意味などなくても、ここにいてほしいと。だというのに士郎の姿が見つけられないとは、マスターの意思にも反している。
「ってことで、こいつも反省してやがるから、許してやってくれよ」
「えっとー、おれが許すとかじゃないと思うんだけど……」
 マスターの言う通りだ。私が許しを請わなければならないのは士郎だ。だが、肝心の士郎は、今、目の前にはいない。
「マスター、心当たりはないだろうか? 何か気になることを言っていたとか、どんな些細なことでもいいのだが……」
「おれはエミヤより士郎さんを知らないし……、気になること、かぁ……」
 マスターは一生懸命に思い出そうとしてくれているようだが、やはり明確なことに思い当たらないらしい。
「何をしておる、雑種」
 神経を逆撫でるような高慢な声が聞こえ、振り返るとギルガメッシュがいる。
(なんだ、キャスターの方か)
 こいつに何をされたわけでもないが、つい、ギルガメッシュにむっとしてしまうのは、やはり聖杯戦争のことが尾を引いているのだろうか。
「王さま……、えっと……」
 こいつはギルガメッシュではあるが、あの金色のアーチャーとは違い、高慢ではあるが、それなりに話が通じる。アーチャーの方と組まされるのはごめん被るが、キャスターのこいつであれば、百歩譲って同じパーティーでもかまわないと思う。
 マスターに対しても高慢だが、マスターはこいつのことを信頼しているし、良き相談相手でもあるようだ。なので、私が口を出すこともない。
「ふむ。探しもの、というのは本当らしい……」
「えっ? なんで、わかるの?」
「おせっかい焼きの、首を突っ込みたがりの、花をばらまく夢魔が要らぬ独り言をわざわざ目の前に来て吐いていくのでな。失せ物があるくらい容易くわかる」
「わー……頼りになる奴だねー……」
 その夢魔の正体を知る我々は、なんとも言えない表情を浮かべてしまいそうになる。マスターが苦笑うのも頷ける。
「フン、まったくもって迷惑な話よ。どこぞの給仕が居らぬことなど、我には関わりのないことだというに」
「え! 王さま、士郎さんのこと、わかるの?」
「あの給仕であろう?」
「給仕ではない」
 一応訂正を入れれば、ギルガメッシュは、す、と目を細めた。赤い瞳に見据えられるのは、なんとも居心地が悪い。
(花をばらまく夢魔とは……。まあ、そのままだが表情に鬱陶しさが隠しきれていない……。なかなかにこいつもマーリンには手を焼いているようだな。マーリンは、おそらく自身の能力で何かを見たのだろう。それが、事故か故意かは別として……。しかし、あの夢魔は、本当に、いったい何がしたいのか、まったく……)
「ほう……。貴様が……」
作品名:BLUE MOMENT6 作家名:さやけ