BLUE MOMENT6
思案に暮れていれば、ひとり納得したように呟くギルガメッシュにむっとする。
静かに私を精査するような視線に気づき、これ以上は限界だ、と、したり顔のギルガメッシュから目を逸らそうとすると、先にギルガメッシュの方が顔を逸らした。
「ふむ。そこの騎士」
びく、と肩を揺らしたのは、たまたま通りがかった太陽の騎士・ガウェイン卿だ。
なぜ、彼を呼び止めるのか?
「知っておるであろう?」
「なに?」
両者を交互に見れば、にやり、といけ好かない笑みを刻むギルガメッシュに、ガウェイン卿はあらぬ方へ視線を向けた。
(こ、これは……)
わかりやすい……。
彼の性格からして隠し事の類いは不得手。これほどあからさまに動揺する重要参考人は滅多にいないだろう……。
「ガウェイン卿」
「ぅ……、い、いや、その……」
「何か知ってるの? ガウェイン?」
「う……ッ……」
明らかに動揺している。常ならばマスターには正面から向き合う彼が、半身を背けている。
「ガウェイン?」
再びマスターに呼ばれたガウェイン卿は、その場に片膝をつき、頭を垂れた。
「申し訳、ございませんっ!」
「な? え? なに、どういうこと?」
「しょ、所長代理に、口止めをされて……、その……」
「ダ・ヴィンチちゃんが?」
驚くマスターの声に、ガタイのいいガウェイン卿が身を縮めている。
その恐縮具合が気の毒になってきた。口止めされたというのならば、元凶は所長代理だ。彼は巻き込まれただけだと思われる。
(実直な彼に心苦しさを与えてまで口止めをするとは……)
所長代理も酷なことをと思いつつ、その元凶を作ってしまったことに何やら申し訳なさが湧き上がる。
だが、先に士郎だ。
すぐに足が向かう。ガウェイン卿を吊るし上げるよりも重要なことがある。所長代理が詰める工房へと、だんだん歩調が速くなる。
「お、おい! エミヤ!」
追い縋るクー・フーリンは無茶をするなだとか、短慮は良くないぞだとか、とにかく忠告めいたことを説法のように繰り返す。
「わかっている」
低く吐き出した声は、クー・フーリンのため息を誘ったようだ。
「はぁ……。落ち着けって。あの天才には何か理由があるんだろ。面白半分とか、冗談でやることじゃないって常識くらい持ってる。んな、沸騰した頭でなに話しても、皆目いい方へは進まねえぞ」
クー・フーリンの忠告はちゃんと聞こえているが、聞く気がないので右から左だ。
「……わかって、いる」
ああ、すべてわかっているのだ。責めるべきは、所長代理ではなく、私自身。
それでも、ひと言の相談も無しに、士郎を匿ってしまうのは納得がいかない。
「こんな手を使わなくとも、きちんと話し合うことができるのだ。我々はガキではない。士郎も私もとっくに成人して話し合いができる年齢だ。しかも、私は永い時間を守護者として存在していた」
自身を正当化しようとでもいうのか、足早に歩きながら、つらつらと言い訳を並べ立てている。
「こんなもの、お手の物で……」
いや、士郎の考えていることも、思うことも、望みも、後ろ暗いところも、何を思い、どんな傷を負って生きてきたのか、何をして、何に苛まれていたのか、はっきりとはわからない。
こうなのだろうかと想像することはできても、実際に士郎が思ったことも、苦しんだことも、体感することはできない。
所長代理の工房まで来たころには、私はすっかり意気消沈していた。
扉をノックすれば、中から返事が聞こえる。
「はいはい、どうぞ」
待っていたかのように、所長代理は私を招き入れる。
「ダ・ヴィンチちゃん、どういうこと? 士郎さんがいないんだけど、何か知ってるなら、」
私についてきていたマスターがまず口を開いた。
「うん、まあ……。立香くん、それからクー・フーリン、悪いんだけど、エミヤと二人で話したいんだ。いいかな?」
しばらくむっとしていた二人だが、マスターもクー・フーリンも頷いた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
『やあ、士郎くん。空の旅はいかがだったかな?』
「ああ、快適だったよ。木箱を出てからは」
『そうかい。それはよかった。では、さっそく、ローラー作戦を開始しようか』
「了解」
たった一人でローラー作戦って言うのもおかしいけど、とにかくやるしかない。
新都の中でも端の方にあるマンションを拠点に、ダ・ヴィンチの指示に従う。市内を一日で回れる範囲に区切って、その中を俺は、ひたすらダ・ヴィンチの言う通りに歩けばいいらしい。カルデアでモニターとにらめっこしている管制室のスタッフとダ・ヴィンチがチェックしているんだそうだ。
そうはいうものの、ただ歩くというのも難しいもので、下を向いてばかりもなんだし、あんまりキョロキョロするのも怪しまれる。早足では見落とす可能性があるから、適度な歩調で何気ない感じを装う。
(難しいな……)
知った顔に出会うことにも気を引き締めないといけない。いろいろ考えてると息が詰まりそうになって、思わず天を仰いだ。
(あ…………)
晴れた空が見えた。
「は……」
『どうしたんだい? 疲れちゃったかな?』
「あ、ああ、いや、空だなあって……」
『空?』
「あ、悪い、なんでもない」
この空を、俺はいつもガラス越しに見上げていた。こんなふうに風を感じ、いろんな匂いを吸い込むことなんてなかった。
『……懐かしいかい?』
ダ・ヴィンチの質問に、すぐに返答できない。
懐かしいかと訊かれれば、そうは思わない。俺が生きていた世界には、こんな平穏な街はなかった。
新都は崩落したビルの残骸が残っていただけのゴーストタウンだったし、魔術協会の施設は地下にあったし、こんな街じゃなかった。
確かに高校生のころ、あの聖杯戦争のころを思い出せば、懐かしいと言えるけれど……。
きゅ、と胸が絞られる。
赤い外套が脳裡を掠める。
瞼を下ろせば、それは、なおはっきりと……。
何もかもが褪せていたアイツの鮮烈な赤が、俺には深く埋め込まれた杭のように刺さっている。
(俺の理想だった……)
今でも理想だ。
俺は、ああなりたかった。
アイツの苦しみを知っていても、俺ならばその苦を与えられても仕方がないと思えるから、きっと俺は、アイツが今も後悔しているあの道を、嬉々として歩むだろう。
狂っているのかもしれない。
もう、麻痺しているのかもしれない。
救えたはずの誰かを救わずにいたから。未来のために、多くの誰かを見殺しにしてきたから。
そうして、何よりアイツを犠牲にしたから……。
『士郎くん!』
ダ・ヴィンチの声に、ハッとする。
「え? あ、悪い、なんだった?」
『大丈夫かい?』
「あ、ああ、なんとも、」
『そう? バイタルが、いや、メンタルの数値がひどく乱れていたんだ。何か、嫌なことでも思い出した?』
(……そんなことまで、わかるのか)
『士郎くん?』
「ああ、ごめん、ちょっと、やっぱり、いろいろ思い出した。問題ないよ」
『そうなのかい? 辛かったら言うんだよ?』
「了解」
『では、続けようか。そのまま、西に向かって歩いてくれるかな』
ダ・ヴィンチに答え、言われるままに歩き出す。今度は物思いに耽るのをやめた。
作品名:BLUE MOMENT6 作家名:さやけ