Lovin’ you ~If~ 〈未来へ〉3
「君が無事で本当に良かった…!」
「シャア!」
二人、抱きしめ合っていると、不意にアムロから力が抜ける。
「アムロ?」
「ん…ごめ…なんか…貧血…?クラクラする…」
「アムロ!」
目の前が真っ暗になり、アムロの意識が遠のく。
「アムロ!しっかりしろ!」
そのまま意識を失ってしまったアムロを抱きしめ、シャアが叫ぶ。
しかし、アムロが眼を覚ます事はなく、シャアは腕の中のアムロを抱きしめながら零式を操縦してアーガマへと帰艦した。
◇
医務室の前にあるベンチで、カミーユと二人、アムロの診察の結果を待つ。
「すみません、クワトロ大尉。俺が足手纏いになったばっかりに、アムロさんを危険な目に合わせてしまいました!」
膝の上で拳を握り締め、唇を噛み締める。
「あのパイロットが異常だったんだ」
「でも…!」
「しかし、下がれと言うアムロの命令を聞かなかったのは問題だ。分かっているな?」
「…はい」
「その件については、艦長から処分の指示を待て」
「はい…」
「ところでカミーユ、ビームを弾き飛ばしたあの光は何だったのだ?それに…」
クワトロは、あまりにも非現実的な内容に、その先を言おうか言うまいか迷う。
「子供の声…ですよね」
それを察して、カミーユがクワトロに問いかける。
「ああ、やはりお前にも聞こえていたか」
「はい、アムロさんにも聞こえていました」
「アムロにも…」
クワトロは少し考え込むと、診察室にいるアムロへと視線を向ける。
『まさか…な…』
暫くすると、診察室から診察を終えたアルが現れた。
クワトロがガタリと音を立てて立ち上がり、アルを見つめる。
そんなクワトロに、アルが小さく溜め息を吐く。
「お待たせしました。クワトロ大尉」
「ドクター!アムロは?」
「大丈夫ですよ。ただの貧血です」
「…っ…そうか…」
ホッと息を吐き、ベンチに座り込むクワトロの前へとアルが足を進める。
「ドクター?」
見上げるクワトロに、アルが盛大に溜め息を吐く。
「クワトロ大尉…おめでとうございます」
「は?」
「おめでたです」
「…まさか…」
「アムロの貧血は妊娠によるものです。まぁ、最近の激務で疲労が溜まっていたのもありますけどね」
アルの言葉に、一瞬呆気にとられたクワトロだったが、その意味を理解すると、ガタリとベンチから立ち上がる。
「アムロの元に行ってあげて下さい。今、目が覚めていますから」
「わ、分かった!」
アルへの返事もそこそこに、クワトロは慌ててアムロのいる診察室へと走って行った。
それを見送り、未だ呆気にとられているカミーユの隣に座る。
「カミーユ?」
「あ…すみません…なんか…驚いて…。でも…納得しました。あの声は…」
笑顔を浮かべるカミーユに、アルが首を傾げる。
「よく分からないけど。アムロが言ってたよ。この子が守ってくれたって」
アルの言葉に、カミーユが頷く。
「はい、そうです。あの子が守ってくれまし
た!」
ニュータイプとして、何かを感じ取っているカミーユに、アルは肩を竦ませて小さく息を吐く。
自分には分からない感覚。
それを、目の前の少年は感じ取り、何かを理解したようだ。
そんなカミーユの頭をポンと優しく叩く。
「まぁ、そう言う訳だから。心配しなくていいよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
アムロの元へと駆けつけたシャアは、恐る恐るベッドのカーテンに手を掛ける。
そんなシャアの気配をカーテンの向こうに感じて、アムロが顔を上げる。
「シャア?」
「アムロ…」
戸惑いながらもカーテンを引くシャアに、アムロが少し照れくさそうな表情を浮かべながら微笑む。
「アルから聞いた?」
「ああ…」
「今、二ヶ月だって」
「そうか…」
身体を起こしてベッドに座るアムロの元へと、ゆっくりと歩み寄る。
そして、その頬にそっと触れる。
「本当に…?」
「うん」
「そうか!」
そう言うと、そのままギュッとアムロを抱き締めた。
「アムロ!」
自分を抱き締めるシャアから、歓喜の想いが伝わり、アムロも笑みを浮かべて抱き締め返す。
「シャア」
そのまま暫く抱きしめ合った後、ゆっくりと身体を離すと、そっとアムロのお腹に触れる。
「アムロを守ってくれてありがとう…」
「やっぱり貴方にも聞こえた?」
「ああ、アムロに似た女の子だ」
「姿なんて見えなかっただろ?」
「見えなくとも分かるさ」
「本当に?」
「ああ」
優しく微笑むシャアに、アムロもつられて微笑む。
「貴方が言うならそうかもね」
「そういえばアムロ、あの時に言っていた“逃げる”とは、一体どう言う事だったのだ?」
「え?ああ、あれは…さ…」
◇◇◇
その後、ハマーン・カーンの死によりネオ・ジオン紛争は幕を閉じた。
しかしまだ、各地では紛争が絶えない。
エゥーゴは、ネオ・ジオン制圧後も、地球連邦軍には属さず、その軍事力によって紛争を鎮めていた。
また、シャアは色々な事業にも手を伸ばし、拠点としている旧難民収容コロニーのスウィート・ウォーターは、見違える程に経済が潤い、市民の生活水準は格段に向上した。
それを目にした各コロニーの代表者達が、こぞってエゥーゴと手を組もうと交渉に訪れる。
今日もまた、各コロニーの代表者達と協定を結ぶ為の会合が開かれる。
「総帥、各コロニー代表が揃いました」
「うむ、分かった。行こう」
反地球連邦軍『エゥーゴ』の総帥として、シャアは、エゥーゴを地球連邦政府と対等に渡り合える組織へと成長させた。
スペースノイドは地球連邦政府に支配されるのでは無く、同じ人間として、対等の立場で共生していく。それがエゥーゴの求める理想であり目標だ。
「大佐、今日はこの後、出資者とのパーティです。奥様も同伴となりますので、一旦お屋敷の方へ戻って一緒に会場に参ります」
「そうか、分かった。彼女の準備の方は大丈夫か?」
「はい、勿論手配済みです」
シャアの側近として、全てを取り仕切るナナイ・ミゲル大尉が自信ありげに答える。
「それならばいいが…」
「大佐?」
「今日は午前中にモビルスーツ隊のミーティングがあると言っていたからな。そのまま整備に手を出して時間を忘れて没頭している可能性がある」
「…それはマズイですね。直ちにアムロ大尉へ連絡を取る様に手配します」
「ああ、その方がいいだろう」
案の定、パーティの事などすっかり忘れていたアムロは、ナナイの部下により急いで屋敷へと連れ戻された。
「アムロ大尉、急いでご準備を」
「うん!ごめんナナイ大尉」
急いでシャワー室へと入るアムロを見送り、ナナイが溜め息を吐く。
その横では、シャアがクスクスと笑いながら三歳になる娘を抱き上げていた。
「お母さんも一緒にお出掛けするの?」
「ああ、そうだよ。ライラはお兄ちゃんと良い子でお留守番できるかい?」
「うん!ライラ、ちゃんと良い子でお留守番できるよ」
「そうか、良い子だな」
「うん」
あの時、アムロのお腹にいた子供は、今年三歳になる。
その姿は、シャアの言った通り、アムロに似た顔立ちに、シャアと同じ金髪とブルーの瞳を持っていた。
作品名:Lovin’ you ~If~ 〈未来へ〉3 作家名:koyuho