BLUE MOMENT8
足早に墓地を出て、自宅のあった方へ向かったが、こちらにもその姿はない。
(当たり前か。かつての自宅など訪れたりはしないだろう……)
これは思い出巡りではない。士郎はそんなつもりで冬木に来たのではないのだ。
ここにはいない、と踏んだ。
「士郎……」
この町で何を思ったのだろうか。かつて自身も過ごした町を、士郎はどんな気持ちで歩いたのか。
深山町はあまりにも士郎の思い出が山積している。士郎のメンタルを鑑みれば心配だ。所長代理はメンタルが弱っていると言った。管制室で見ていただけでも、じっとしていられなくなるような数値の乱れを出すこともあった。
(いつまでもここにはいないはず……)
こちらではなく新都の方が可能性が高い。
ただ、新都へと向かう途中のどこかや母校の方、普段買い物に行っていた商店街、上げてみると、それなりに広範囲だ。士郎がいる可能性のある地はいくつもある。
(どこだ……)
可能性の高さで絞っては空振りに陥ることになるかもしれない。ならば、一つ一つ潰していくのが正解か。
気は逸るが、霊体で思い当たる場所を虱潰しに探ることにした。
当初の意気込みは、次第に焦りへと変わっていく。探した場所に見落としがなかったかと、何度も自問自答を繰り返す。
日が傾く中、士郎の痕跡もその姿も見つけられないまま、新都と深山町を隔てる川沿いまで着いてしまった。
「士郎……どこだ……」
赤い橋を見上げる。これを渡れば新都だ。
新都へと繋がるこの橋は、私にとっても懐かしい。
「ここで……」
協力しろと、未来のために手を貸せと、琥珀色と赤い瞳で私を見据え、強い意志を私に示した。
あの時の私は、士郎がただただ気にくわなかった。なんだこいつは、と、自身とは違う、真っ直ぐな想いを語る意志の強さに、私はどこか嫉妬めいた気分でいた。
懐かしい、と思うのは少し感傷が過ぎるだろうか。
だが、今、士郎の気配も感じることができない中で、私を強く見据えた瞳が懐かしい。士郎に避けられているも同然の身では、真っ直ぐに視線を交わすことすらなく、もうずっと、琥珀色の瞳を見ていない。
(もしかすると、もう二度と……?)
ゾッとした。
私は何に怯えているのか。
まがりなりにも英霊というものの部類だというのに、ただ士郎との関わりが失せてしまうかもしれないと想像しただけで、震えがくる。
このまま士郎を見つけることができなければ、二度と士郎とは視線を交わすどころか、会うことも叶わなくなる。
「いや、そんなことにはならない。必ず見つけ出し、これから交わせばいい」
言葉も視線も。
ここから士郎との関係を作っていく。そのための期間だと所長代理は言った。
「まだ終わってはいない。終わらせる気もない」
語気強く口にする。自身を鼓舞するように。
「そういえば……」
士郎の仮住まいは新都の方にあるのだったか。
(そこに戻っている可能性もあるにはある……)
体調が優れないのかもしれない。
新都を捜索しつつ、士郎の仮住まいへ向かうことにすればいいか?
確証はいまだにないものの、気を取り直し、深山町の方に士郎はいないと踏んで霊体を解く。ここからは、人目が多くなるため、実体での行動だ。注意を怠るつもりはないが、万が一、人前で霊体から突然姿を現したりすれば、どうなるかわからない。
できれば、人の目は少ない方がいいが、そんな都合よく事が運ぶと思っていない方がいい。でなければ対処に遅れをとる羽目になる。いろいろな可能性と士郎の行き先を考えながら歩き出す。
(本当に、深山町にはいないのだろうか……?)
確証がないだけに、踏ん切りがつかない。だが、手がかりがないのも事実。ぐずぐずしているわけにはいかない、と自身を叱咤し、赤い橋を新都に向けて歩くものの、半ばあたりで足を止めた。
ずいぶん陽が傾いてきていることに気づく。
急がなければならない。時間は待ってはくれない。説得する時間も考慮すれば、一刻も早く士郎を探し出さなければならないというのに……。
「どこだ……」
焦りが、じりじりと胸を焼いていく。
新都の方へ再び歩き出し、このまま見つけられなければ、などと弱気になる。新都側の川沿いがずいぶん近く見えはじめて、ふと後ろ髪を引かれる気がした。
振り返ってみるも、そこに誰がいる、ということでもない。背後の川沿いへと目を向けても、ここから見える範囲に求める姿は見当たらない。
(反対側は……?)
車道を挟んだ反対側の歩道へ目を向けた。ここからは、あちら側の川岸は見えない。先ほどいた川沿いだが、橋のたもとの向こう側は見えなかったし、気配も感じられなかった。ガタ落ちの、自身の性能を頼りにしすぎていたかもしれないが、人影でもあれば気づけると思う。
(誰もいなかった……と、思うのだが……)
だが、なぜか、気になる。
(この交通量なら、渡っても……)
いいか、と思ったが、やはり目立つ行動は慎んだ方が無難か。ここは、交通ルールに則るべきだ。いや、だが、横断歩道までは距離がある。さいわい車の通りはそれほど多くはない。
「…………」
迷ったのは数瞬、車道へ飛び出し、反対側の歩道まで突っ切ったそのままの勢いで欄干へ飛び付き、川岸へ目を凝らす。
新都、深山町、私の求める者は……?
「ああ……」
己の直感を、これほど褒めたいと思ったことはない。
赤い橋から少し離れた、川岸の植え込み近くに見えたのは、探し求めた姿だ。
「士郎!」
ここからの声など聞こえるはずがないというのに、柄にもなく大声で呼んでいた。
やっと見つけた。
やっと会えた。
ただそれだけが、今、私を突き動かす。
駆け出す足を止めることもせず、想いのままに走った。
夜であれば、人目を気にせずここから一足飛びでそこに行ける。だが、今の時間帯、多くはないが通行人や車が行き交っているのだ。そうそう無茶もできない。もどかしく思いながらも、舗装された歩道を蹴って、一足ごとに、確実に、距離を詰めていく。今は士郎に動きがないが、すぐにどこかへ行ってしまうかもしれない。見失わないよう、その姿から目を離すことなく、一心に駆ける。
橋を渡りきり、川沿いにまで辿り着き、互いに顔の判別がつくところまで来て、私の足は急激に速度を落とした。
(何を言えば、いいのだろうか……)
士郎を見つけることばかりが頭にあって、肝心の連れ戻す策を一切考えていなかった。いや、策も何も、正直に話して、士郎をとにかくカルデアに戻さなければならないことは決まっているのだが……。
何をどう……、と考えている間に、士郎が私に気づいた。
「……なんで…………?」
走ったためか、呼吸が乱れて、うまく声が出ない。情けない。英霊だというのに、走ったくらいで息を切らすなど。いや、ただ走るだけで息を切らせたりしない。ただそこに士郎がいるというだけで、安心感だか、なんだかわからない高揚感が邪魔をして喉を詰まらせる。
「っ…………士郎……」
どうにか呼べば、驚きに満ちていた表情が歪み、
「アーチャー……」
泣きそうな顔で私を呼んだ。
(ああ、士郎……)
作品名:BLUE MOMENT8 作家名:さやけ