二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

BLUE MOMENT8

INDEX|8ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 

 私同様、物を置く趣味のない士郎の部屋であれば、なんの飾り気もないと思っていたのだが、数は少ないものの、家具や調度品は上品な装飾が施されていて、内装もレトロな感じだがセンスがいい。おそらく所長代理の趣味だろう。
 士郎に合うかどうかといえば微妙なところで、この部屋で気分的に休めるのだろうか、と疑問が浮かぶ。
 一通り室内の様子を見渡していれば、ここは私の部屋よりも小さく、ベッドが部屋の半分近くを占めていることがわかる。そのベッドは、また、なんとも豪奢だ。元々は天蓋付きなのだろう、カーテンは取り去られているが、天井に届きそうな支柱がある。材質はオーク素材だろうか。木目が美しいベッドヘッドや支柱に白いシーツが映える。
「エミヤ。士郎くんをベッドへ」
 この部屋の雰囲気に少し圧倒されていたが、所長代理に言われるまま、士郎をベッドにそっと下ろす。
「さ、じゃあ、士郎くん、六体目を出して」
「は?」
「え?」
 きっと我々は、同じような顔をして所長代理を見たのだろう、ぷ、と吹き出された。所長代理は少し笑いながら、早く、と士郎を急かす。前回も思ったが、六体目を出すことは、そんな、ストレッチをしろ、というような気軽さで指示することではないと思うのだが……。
「もう、お手のものだろう?」
「…………」
 お手のもの?
 そんな馬鹿な。いくら夜ごと六体目を分離させていたとしても、士郎にそんな意思はなかったはずだ。反論した方がいいのでは、と士郎を見遣れば、罪人のような顔で視線を落とした。
「士郎?」
 何やら思い詰めている気がして腰を屈め、その顔を窺えば、私の視線から逃れるようにベッドに横になって背を向けられてしまう。
「やってみる」
 ぼそり、とこぼれた感情のない声を寂しく思いながらベッドから離れる。所長代理を見ると、小さく頷いた。まるで、大丈夫だよ、というような微笑を浮かべている。顎を引いて頷き返し、士郎へと視線を戻した。
 六体目が出てこなければ我々には手の打ちようがない。だが、やはり、そんなことを容易く行えるというのは心配でもある。
 気を揉みながら待つ時間をじっとして耐えられるだろうか、と思っていたが、たいして待つこともなく、六体目が現れた。
 以前、私を憎々しそうに睨み付けてきた六体目は、士郎を見下ろしたまま不安げに瞳を揺らしている。同じ顔で、そんな情けない顔をするなと言いたくなってしまう。
 まったく、こいつは士郎とともにありながら、いったい何が不安だというのか。つい、腹立たしく思ったものの、いや、と思い直す。
 不安ではあっただろう。夜ごと表に出されてしまうこいつは、意識のない士郎をどうすることもできず、ただただ見ているだけだ。士郎が目覚め、引き寄せてくれるまで、こいつは士郎がこのまま目覚めないのでは、という不安に苛まれ続けていたはず。
 私は士郎の傍にいられなかったから、その焦燥を知らない。
 したがって、お前は士郎の傍にいたではないか、と一概に文句を垂れることもできない。
 そして、こいつはこいつで士郎の身体のために、どうにか融合しようと努めていたかもしれないのだ。
 ふと、先程の士郎の表情を思い出す。
(何か、あったのか……?)
 六体目の変わりように少し戸惑っていると、こちらに手を伸ばしてくる。
「な、……に?」
 腕を掴まれたと同時、その中へと引き込まれた。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

 落ちる……。
 いつかも、落ちていった。
 あのポッドで、ワイヤーの擦れるヒリヒリした感触が不意に消えて、どこかに放り出されたとき。
 落ちていく感覚の後にくるのは、おそらく衝撃だ。歯をくいしばって、動かない身体を硬くして、その落ちた先との衝突に備える。
 恐かった。
 何も見えない中で落ちていくのは、風の音が遠くに聞こえるだけなのは……。
 地面か水面か、はたまた溶岩か……、何かはわからないものに衝突して、バラバラになる自分を想像して、恐くて、恐くて……。
 頬を水滴が伝ったような感覚は、ポッドからのものなのか、それとも俺の頬が実際に濡れていたのか、判然としない。
 ただ、もう、終わるのだ、という事実が眼前にある。
(俺は、何もできないままで、終わるんだ……)
 未来が変わったのかどうか確める術はなくて、俺が戻った場所は全く別の世界だったのかもしれないっていう可能性も否定できない。俺が今いるこの世界のように、平行的に世界が存在しているのなら、俺は、別の世界へと来てしまったことになる。
 俺は、どこにも行けない。
 俺が戻ったと思った未来には衛宮士郎が存在していて、今いるこの世界にも、すでに故人だけど衛宮士郎が存在していた。
 ということは、ここも俺の居るべき世界じゃない。俺は、どの世界からも弾かれてしまった……。
(俺は……)
 確かな温もりを必死になって掴んでいる。落ちるからって、つい手を伸ばしてしまったアーチャーにしがみついている。
 落ちる感覚は嫌いだ。
 あのポッドでも、今、この生身でも感じるのは同じ。
 あの時は、不意に落下が止まって、浮遊感に満たされた。ふわふわと……、落ちなくはなったけど心許なくて、何も縋るものがなくて、どこにいくのかもわからないままで……。
 ふ、と落下がおさまった。
(また……)
 アーチャーに回した腕にますます力が籠る。
 ポッドの中にいたときは一人だった。何も掴めず、何にも縋れなかった。だけど、今は……。
(アーチャー……)
 確かな温もり。
 俺を離さない腕。
 浮遊感ではあるけれど、緩やかに落下していっている。
 どこに落ちるんだろう?
 俺が落ちるのは、どこだ?
 助けることのできた人たちを見過ごしてきた俺は、いったいどこに堕とされるんだ……?
 どこに堕ちたとしても、俺には嘆くことも、恐がることも、嫌がることも、そんな人間らしいことをする権利なんてない。
(今だけだ……)
 アーチャーに縋っていいのは、今、この落ちている間だけ。
(ずっと、このまま……着かなければいい……)
 バカなことを思いながら、アーチャーの温もりを全身で感じていた。



「士郎、着いたぞ」
 カルデアに戻ったことを教えられ、アーチャーの肩に埋めていた顔を上げる。
「ぁ……」
 目が合った。
「あ! っ、わ!」
 しがみついていた手を、ばっと放したけど、アーチャーは俺を横抱きにしたままだ。
「あ、あの、下ろし――」
「やあ、おかえり、士郎くん」
「え? あ、た、ただいま」
 その声を振り向けば、ダ・ヴィンチが笑顔で迎えてくれる。
「あの……」
 何をどう言えばいいかと考えていれば、ダ・ヴィンチは六体目が分離することを謝ってくる。だけど、六体目が離れてしまうのは俺のせいだ。同調率は高いのに、それをどうにもできない俺の……。
 俺が六体目と完全に融合できないのは、六体目とアーチャーを区別しているのが原因だとダ・ヴィンチは言う。そんなこと言って、同じ霊基ってやつだなんて言われてもアーチャーと六体目は違う。アーチャーは俺を憎んでいるし、俺だけを見てくれることなんかない……。
作品名:BLUE MOMENT8 作家名:さやけ