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自分らしく
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彼方から 第二部 第六話

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「ここに結界を張った『何か』が、あの馬たちと同様、おれ達の精神を狂わそうとしている……ノリコはそう言いたいんだ」
「イザーク……」
 伝え切れなかった思いを、彼が、イザークが代弁してくれた。
 バーナダムの暴挙を止め、ノリコを救い、その思いを、考えを、言いたいことを、イザークだからこそ理解でき、皆に伝えることが出来たのだろう。
 ノリコの安堵した笑みが、彼の言ったことが正に、自分の言いたいことなのだということを物語っている。
 その言葉に、エイジュを除く面々が、ハッとしたように目を見開いている。
「ば……」
 バーナダムも、腕を掴まれ、イザークの言葉に一瞬動きを止める。
「バカな! じゃ、お……おれが、狂ってるとでもいうのか!?」
 だが、すぐに腕を振り解き、彼の言葉を否定してくる。
 自分だけしか信じられない、とでも言うように……
「おれはなにも、おかしいことを言っちゃいないぞっ!」
 自分だけが正しく、周りの皆が間違っていると――

「でも、バーナダム優しかったよっ!!」

 自分を守ろうとするかのように言葉の牙を剥き、威嚇するように声を荒げるバーナダムに、ノリコが心と力を籠めて訴える。

「あやまる力あった! ありがとう知ってる!」
 
 使える言葉の全てを駆使して、必死に、彼に彼自身を取り戻して欲しくて、これ以上、言葉の暴力を続けて欲しくなくて……

「弱い子にひどいこと言わないっ!」
「おれは……」

 暗い感情に捉われたままでいて欲しくなくて――
 彼の中にある優しさを、本来の心の有り様を……

「思い出してっ!!」

 欲しくて……
 ノリコはバーナダムの服の両袖を掴み、顔を覗き込むようにして強く、彼の中にある悪いものを追い出すかのようにその瞳を見据え、言葉に想いを籠めてをぶつけていた。

 スッ――と、まるで光が射し込んだかのように、ノリコの言葉がバーナダムの心の中に入ってゆく。
 自分が何を言ったのか、何をしようとしていたのか……暗い感情で霞が懸かったようだった頭の中が、晴れてゆくのが分かる。
 その瞳に、アゴルに抱かれたジーナの姿が映る。
「あ……」
 何かから解き放たれたかのように、バーナダムは自我を取り戻していた。
 彼の様子を見ていた他の面々も、同じように、何かから解き放たれたような……その呪縛から解放されたかのように、呆けた顔を見せている。
「おれ……おれ、何てことを……」
 自分自身を確かめるかのように、両手を顔に寄せてゆく。
 我を失っていたとはいえ、思い起こされる己の言動に、バーナダムは寒気がしていた。

 ――呪縛を、解いた……いえ、浄化した?

 一連の騒動に、特に口を挟むことなく、エイジュはただ見守っていた。
 彼と彼女――イザークとノリコの言動を、その様を……


「おわっ! ちめてっ!」
 バラゴが不意にそう言って、自分の頭を触っている。
「雨?」
 彼の声に反応し、アゴルが思わず、空を見上げた。
 途端に――

 ―― ザアアアアァァッ ――

 音を立て、大粒の、しかもかなり激しい雨が、いきなり降り始めた。
 さっきまでは確かに――そう、確かに晴れていた。
 ここが魔の森でなければ、散策するのに持ってこいと言えるほど、空は晴れ渡っていたのだ。
「な……何だ、この豪雨は――いきなり……」
 ジーナを雨から庇う様にその身に抱え直すが、大して役には立っていないようだ。
 それほどまでに、降ってきた雨の勢いが凄まじい。
「みんなっ! 近くの家に入ろうっ! 避難しなきゃ!!」
 これに否を唱える者などいるわけもなく……
 コーリキの指差す家へと、皆、駆け込んでいた。

   *************
 
 比較的保存状態が良いと言えるだろう。
 皆が駆け込んだ家は雨漏りすることもなく、窓の戸板も、雨が凌げる程度には付いており、家具などの調度品もそれなりに残っていた。
 中には薪も残されていて、濡れた服を乾かす為、暖を取るため、暖炉に薪がくべられていた。

 薪の爆ぜる音がする。
 揺らめく炎が、とりあえずではあるが、心を落ち着かせてくれる。
「おれ、森に入ってからなんだかすごく、イラついてた」
 バーナダムが、さっきまでの己の言動を振り返るように、話し始めた。
「それがみんな、周りのせいだとか考えて、ムキになってアラ捜しとか、やってたような気がする……何で、そうなってしまったのか――」
 家の中、恐らく、居間であろうと思われる部屋の中央に、片膝を立て座るバーナダム。
 他の面々は彼を囲むように同じように床に座り、アゴル親子は彼の後ろで、左大公一家の隣には、イザークとノリコが二人並んで、ガーヤはテーブルに、バラゴは彼女の後ろで壁に寄り掛かって立ち、エイジュはガーヤの向かいに座っていた。
 ナーダの城から脱出する際に持ち出した食料を出し、休憩がてら口にしている。
「そう言えば、あまりにもバーナダムらしからぬ言動だった」
「うん……そりゃ確かに、少し短気なとこはあったけど」
「それにちょっと単純で」
「加えて血の気が多くて、無鉄砲な性格だけど、あんなこと言うような子じゃなかった……」
 バーナダムの言葉を受けて、ジェイダ、コーリキ、ロンタルナ、ガーヤ……
 彼を昔から知る面々が、口々にそう言い始める。
「なのに、そんな簡単なことにすら気付けなかったあたし達も、ちょっと、おかしくなっていたわけか……」
 きっとそれはほんの僅かな影響でしかないのだろう。
 バーナダムほど顕著ではないにしろ、皆が少しずつ、狂わされていたのは事実なのだ。

「あの……」
 バーナダムが戸惑い気味にジェイダたちを見やる。
「みんな、そんな風におれのこと思ってたの?」
 こんな時にこんな事で、自分がどう思われているのか知ることになるとは……
 合っている……皆の言っていることは合っているのかもしれないが――なんとも複雑な思いだった。

「この雨も、その『何か』の仕業なんだろうか」
 激しい音を立て、降り続いている雨。
 アゴルは戸板の外れかかっている窓から外を眺め、そう呟いた。
「なんて降りだ……これでは身動きが取れない」
 ジーナは父の服の裾を掴み、見えないながらも共に外を見ている。
「いい休憩時間ができたじゃねぇか、今のうちにせいぜい食って、体力つけとけよ」
 バラゴは食料を口にしながら、物事に動じない、豪胆さの垣間見えるセリフを吐いている。
 一見、楽観的にも見えるが、アゴルの言う通り、今は雨のせいで動くことが出来ない。
 ならば、それ以外の出来ることをやっておくというのも一理ある。
「ジーナ、何か見えてくるかい?」
「ううん」
 それでも、『ただ事態が動くのを待つだけ』と言うのは性に合わないのか、アゴルは娘の占いに何か打開策はないかと期待を寄せているようだ。
 だが、『占い』で何もかも『占える』という訳にはいかないだろう。
 占者は万能の未来予知者ではないのだ。
 ジーナは父の問い掛けに応え、首を振る。
「あ」
 そしてふと気づき、
「ご免なさい、あたし……」
 そう言って俯いてゆく。
「ここ占ったのあたしなのに……なにも見えなくて……」