彼方から 第二部 第六話
「お父さん? お知り合いですか?」
父を振り向き、問い掛けるロンタルナに釣られ、エイジュもそちらに目を向けた。
「左大公……ジェイダ左大公ではありませんか! お久しぶりです、お元気そうで何よりですわ!」
「君こそ! ああ、何年振りだろうか……いつぞやは大変失礼した、多大な迷惑を掛けてしまった」
「もう、昔の話です。それに、左大公のせいではありませんし……そんなことよりも、この度は大変な目にお遭いになりましたね、もう、お会いできないものと思っておりました」
二人は思わず駆け寄り、互いに手を取り合って再会を喜んでいる。
その様に、周りにいる面々は呆気に取られ、色々と問いたいことがあるものの、そのタイミングを掴めずにいる。
このまま放っておくと、二人だけで話が盛り上がって行きそうな雰囲気に、イザークやアゴル、バラゴの視線がスーッと、ガーヤに向けられてゆく。
その視線に溜め息を一つ吐き、致し方なく、一番の年長者であるガーヤがおずおずと、話し掛けた。
「あの……左大公、申し訳ありませんが、良ければ紹介して頂けませんか」
ガーヤはそう言って、エイジュをちらりと見た。
「いや、これはすまない」
ジェイダは状況を忘れて再会を喜んでしまったことを、照れくさそうにしながらそう言うと、皆の方に向き直った。
「彼女は渡り戦士を生業としていてね、名は、エイジュール・ド・ラクエール。数年前に、アイビスクの臣官長の依頼で、彼の親書を持って、わたしを訪ねてきたのだよ……確か、魔物や化物といった類の話や、国の言い伝えやお伽噺のようなものを収集していると言っていた。それで、そういう類の話に詳しい人物を紹介して欲しいということと、ザーゴの城の蔵書を閲覧させて欲しいという内容だったな」
ジェイダは確認を取るようにエイジュを見ながら、そう紹介した。
「ええ、そうですわ」
エイジュはそう返すと、
「エイジュール・ド・ラクエールと申します」
皆に深々とお辞儀をし、
「今ではそれに加え、魔物や化物、怪物退治も、依頼に含まれていますわ」
そう言いながら顔を上げ、にっこりと微笑んでみせた。
ほぉーという、感嘆の息を漏らしながら、彼女の名乗りに、イザークとノリコ、ジェイダ以外の面々が、順に名を名乗ってゆく。
簡単だが、自己紹介を終えたことで、そこはかとなく皆の間に漂っていた彼女への警戒が少し、解けてゆく。
「そう言えば、君は、あの二人と知り合いなのか? ノリコも君も、名前を呼んでいたが……」
「ああ、そういやさっき、お互い、名前を呼んでいたね、イザークも知っているようだったし……」
ジェイダの言葉に、ガーヤがそう言って二人を見やる。
他の面々の視線も、自然と、イザークとエイジュに集まってゆく。
「知り合いと言うほどじゃない」
「知り合いと言うほどではないわ」
「え?」
一拍間を置き、ほぼ同時に二人から同じセリフが出て来て、ガーヤは一瞬面くらい、思わず、イザークとエイジュを交互に見てしまっていた。
エイジュとイザークも意図せず互いに見合ってしまい、ノリコもガーヤと同じように、二人を交互に見てしまう。
「ククッ……いやだわ、同じタイミングで同じセリフを言うなんて――」
そのまま、体を屈めるようにして笑ってしまうエイジュ。
彼女の笑い声に釣られるように、他の面々からも失笑が漏れ聞こえてきて、イザークはバツが悪そうに赤面している。
彼女への皆の警戒心が、更に解れたのが分かる。
ノリコはホッとしたように笑みを零していた。
「二人とは数か月前、カルコの町で偶然、同じ宿に泊まったというだけですわ」
笑い涙を指で拭いながら、エイジュは左大公にそう返した。
「数か月前……【目覚め】が現れたと、各国の占者が占ったころかね?」
ジェイダの言葉に頷くエイジュ、イザークは【目覚め】という言葉に無意識に反応し、表情が少し堅くなる。
彼の隣で、イザークの無意識の反応に気付いたのか、ノリコもチラッと、彼を見上げている。
「臣官長の依頼を受けて、樹海周辺の町に赴いていました時に……」
そう、続けるエイジュ。
「二人と……ってことは、ノリコも一緒だったのかい?」
ガーヤの問い掛けに頷き、
「まだ、言葉を覚えていなくて……、少しだけ、彼女に教えてあげたのよ」
ね? と首を傾げながら、エイジュはノリコに微笑んだ。
ノリコも、パァッと、表情を明るくして頷き、
「名前、教えてくれた、あたしも」
嬉しそうな笑みを浮かべイザークを見上げる。
「そうか……」
屈託のない笑み。
ノリコが彼女に――エイジュに、何の警戒心も抱いていないことが分かる。
イザーク自身も、彼女が自分たちにとって危険で悪い人間だと――そこまでは思っていない。
だが、それでも、警戒心は解れなかった。
「ですから、知り合いと言うほどでは……」
そう、左大公に向け、苦笑するエイジュ。
何となく、場が和んだ雰囲気に包まれてゆく。
「……とにかく、話なら歩きながらでも出来る、少しでも進んだ方が良くはないか?」
「そ、そうだね」
まるで、それを嫌ったかのようなイザークの言葉に、少し戸惑いながらガーヤが応えていた。
「君はどうするのかね? エイジュ。この森に来たのは、恐らく、臣官長の依頼だからなのだろう?」
「ええ、そうですが……」
「君も腕に覚えがあるだろうが、女性を一人、こんな森に置いて行く訳にはいかない。どうだろうか、森を抜けるまでの間だけでも、我々と行動を共にしては……わたしとしては、その方が心強いのだが……」
「左大公、彼女はそんなに腕が立つんですか?」
熱心にエイジュを誘うジェイダを見て、ガーヤがそう訊ねてきた。
「うむ、わたしが保証する」
力強く頷くジェイダに、他の面々もエイジュを見る眼が少し変わる。
腕を褒めてくれた左大公に、少しはにかんだ笑みを見せ、
「そうですね、ここで再会できたのも何かのご縁ですし、迷惑でなければ、ご一緒させていただきたいのですが……」
他の面々を見回し、エイジュは同意を得たい意向を示した。
「おれ達は構いませんよ、お父さん」
ロンタルナの言葉に、コーリキとバーナダムは、同意を示すように頷いている。
「あたしも構わないですよ、左大公」
とガーヤ。
「どうやら、左大公の信用も厚いようだし、腕も立つなら言うことないよ」
そう、左大公を見た後、エイジュを見て微笑む。
「ありがとう、御期待にはなるべく応えるわ」
エイジュも笑みを返し、そのままイザークたちを見た。
「おれは構わねぇけどな――左大公の言葉じゃねぇが、渡り戦士とはいえ女を一人、こんな森の中で置き去りになんて、男としてできねぇからよ」
バラゴはそう返しながら、『お前らは?』と問い掛けるように、イザークとアゴルを見た。
「……反対する理由がない」
イザークはそう言って、ふぃっと、視線を外す。
その様は、彼女への警戒が解かれていないことを示している。
「おれもだ」
アゴルも、イザーク同様に否は唱えない。
彼はイザークとは違う意味で、彼女を警戒していた。
「そう、良かったわ……では改めて、道中、よろしくね」
作品名:彼方から 第二部 第六話 作家名:自分らしく