彼方から 第二部 第六話
エイジュはそう言って、ホッとしたような笑みを見せながら皆を見回す。
皆も、頷いたり、言葉を返したりしながらエイジュを迎え入れた。
そうしながら、あからさまではないものの、自分に対し警戒心を示す二人を、エイジュはそっと、見詰めていた。
森を抜ける為、他の面々も動き出す。
「荷物は手分けして持って行こう、城の混乱を利用して集めた、食料や武器などだ」
ロンタルナがそう言って、馬に積んであった荷物をそれぞれに振り分けてゆく。
「じゃ、おれはこいつを担当させてもらうぜ」
バラゴがそう言いながら、大きさの割には重そうな袋を二つ、肩に担いだ。
「ん? なんだい? その煌びやかな袋は」
嬉しそうに袋を担ぐバラゴを見て、ガーヤがそう訊ねた。
「金だ」
「金!?」
にんまりとピースサインをするバラゴに、ガーヤは驚いたように訊き返している。
「おれの賞金だ」
イザークがそう、捕捉してくる。
「あの『あほう』が、試合に勝てば金20袋やると言った、だから貰ってやったんだ」
当然、且つ、当たり前のように言うイザーク。
そうなんだーとでも言うようにノリコが彼を見上げている。
「あんた達も、これから色々と必要になるだろう……そりゃそうだ」
――意外とちゃっかりしてるんだね……顔に似合わず……
心の中でガーヤはそう思いながら、白霧の森に入る前に聞いた、城からの脱出の経緯を思い返していた。
リンチのような御前試合――それにイザークは勝ったのだから、貰うべき賞金であることは確かだ。
「で……?」
ガーヤはそう言いながら、バラゴの肩に担がれた袋を覗き込む。
「正直に20袋だけ持ってきたのかい? どうせなら、もっとふんだくってやりゃ良かったのに」
「ガーヤ……」
ナーダの仕打ちを鑑みれば、ガーヤの言葉にも頷けなくはない。
それを困ったように窘めようとするジェイダ左大公は、やはり『正義』の人なのだろう……許容範囲はあるだろうが……
「では行こう、ノリコ、おれから離れるな」
「あ……うんっ」
皆に荷物が割り当てられたのを見計らって、イザークがそう言って歩き出す。
ノリコも慌てて、イザークに付いて歩き出した。
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「四・五年ほど前だったか――彼女がザーゴの城に、わたしを訊ねてきたのは……」
森の中、その奥へと、並んで歩く左大公とエイジュを中心に、後ろを息子たちとバーナダムが、両脇にはガーヤとジーナを抱いたアゴル、前にはバラゴ、さらに前、先頭はイザークとノリコが歩いている。
ガーヤから、エイジュが受けた『多大な迷惑』とはなんだったのか、その説明を求められ、ジェイダが話し始めていた。
話す前に、大きく溜め息を吐いたジェイダ――その様子に、『多大な迷惑』が如何に左大公に心労を掛けたのか、想像するに難くない。
「彼女はアイビスクの臣官長の親書を携えて来ていたのだが、門番の兵士は彼女を城の中へは入れずに、門の前で待たせたまま、わたしにその親書を持ってきたのだよ」
済まなそうにエイジュを見やるジェイダに、彼女は笑みだけ返す。
「それはやはり、彼女が渡り戦士だったから……ですか?」
アゴルがそう訊ねている。
ジェイダは頷き返し、
「そうだろう……皆がそうだとは言わないが、渡り戦士には素行の悪い者が多い、兵士が警戒するのも無理はないのだが――だが、それがいけなかった」
当時のことを思い返したのか、ジェイダの眉が、険しく顰められてゆく。
「何があったんですか?」
話の続きを促すガーヤの言葉に、ジェイダはなんとも言えない表情で口籠ってしまう。
「あたしから話しますわ……あんな人達でも国の重鎮ですもの、左大公の口からは言い辛いでしょうから」
「……済まないな」
クスクスと笑いながら、エイジュがそう言って話を引き継いでゆく。
「それで? 何があったんだい?」
「親書の返答を待っている間にね、間が悪いことに、ケミル右大公がナーダ様とご一緒に、どこかの視察から帰ってらしたのよ」
困ったような、呆れたような笑みを浮かべ、エイジュはそう、ガーヤに返した。
あー……という、溜め息のような呟きが、背後の三人から漏れ聞こえてくる。
「……何となく、話の内容が想像つくけど、一応、最後まで聞こうかね」
ガーヤは眉を顰めながらそう言い、エイジュを見る。
ふぅと、エイジュは一息つき、改めて話し始めた。
「目が合った途端、右大公が眉を吊り上げて、あたしを指差しながら言って来たのよ、『おまえは何者だ、何故このような所に居る、女のくせに渡り戦士などしているのか、どうせ碌な人間ではあるまい、牢屋に入れられたくなかったら、さっさと城の前から去れっ!』ってね、ナーダ様はナーダ様で、『女だてらに渡り戦士とは面白い、その戦いぶり見てみたいものよ』って……」
やっぱり……そんな空気が流れている。
「まぁ、あいつらなら言いそうだな」
とバラゴ。
「それで、どうしたんだい?」
とガーヤ。
「去れと言われて、去れる訳ないわよね? 用件が済んでいないのだから……だから、右大公にこれこれこういう訳でって説明はしたのよ? けれどねぇ……」
とエイジュ、大層な溜め息を吐く。
「聞く耳持たずって奴かい……」
「そうなの、頭ごなしに目障りだから去れっ! の一点張りでね、仕舞いにはナーダ様の面白半分のご命令とやらで、警備に付いていた兵を差し向けて来る始末だし」
「えっ! あのいつも連れ歩いている兵士達を!?」
エイジュの言葉に後ろの三人から驚きの声が上がる。
「何だ、その兵士に、何かあんのか?」
その驚きように、バラゴが興味ありげに訊ねている。
「ケミルの護衛に付いている兵士は、軍の中でも選りすぐりの強者だと聞いている……」
そんな奴らを、いくら渡り戦士をしているとはいえ、女性に差し向けるなど……しかも面白半分に……
そう言いたげな表情で、ロンタルナが返してくる。
「あら、そうだったんですか? ロンタルナ様」
「……そうだったんですかって――」
肩越しに笑顔でそう返してくるエイジュに、ロンタルナ以下三人は半分呆れたように彼女を見ている。
「……恐らく、返り討ちにしたんだろう?」
話など、聞いている風では無かったイザークが、前を向いたまま不意に、そう言ってきた。
皆が、『おっ?』という表情で、イザークの方を見やる。
「まさか……だって、軍の選りすぐりだぞ?」
バーナダムが信じられないという言葉を言外に含ませて言い返してくる。
「……そうでなければ、左大公が彼女の腕を、そこまで信用しないだろう」
イザークは立ち止まり、バーナダムを見やってそう言うと『それに……』と、エイジュに視線を移し、
「あんたは弱くない――気配で分かる」
見据えるようにして、そう言っていた。
ノリコが不思議そうに、イザークを見上げている。
ガーヤも、『へぇ……』とでも言うようにイザークとエイジュを見やっていた。
「――お褒めに与り、光栄だわ」
ふふっと、笑みを零すエイジュ。
彼女の反応に少し、眉を潜ませ、
「褒めてなどいない、事実を言っただけだ」
イザークはそう言うと、再び歩き始めた。
作品名:彼方から 第二部 第六話 作家名:自分らしく