彼方から 第二部 第六話
「ま、言い方が素直じゃねぇが、あいつが言うんなら、きっとそうなんだろうな」
バラゴが珍しいものでも見るかのようにエイジュを見て、何故か納得している。
「確かに……」
彼女を見やりながらアゴルも、イザークの言葉に納得していた。
ケイモスを倒し、御前試合であれだけの能力と強さを見せた男が言うのだから、間違いはないだろう。
左大公が彼女の腕を信頼しているのは、『軍の選りすぐり』を倒したという実績があってこそなのだろうし、イザークが嘘を言ったりするような男には見えない――その必要性も考えられない。
それに、足の運びや身に纏っている『気』とでも言うのだろうか……そんな雰囲気のようなものが、どことなくだが、ケイモスやイザークに近いものを感じる。
そしてもしも……もしも彼女が他の国のスパイであるとするならば、尚更……そんな考えが、アゴルの頭の中を巡っていた。
「けれど、だって、エイジュは女だぞ!?」
同じように、ナーダの城で御前試合でのイザークの強さを見ているはずなのに、アゴルやバラゴのように、バーナダムは納得することはできないようだった。
「バーナダム、イザークの推測は当たっているのだよ……わたしが門まで行った時には、右大公の差し向けた兵士たちは皆、彼女に倒されていたのだ」
次第に語気が強くなってゆくバーナダムを窘めるように、ジェイダがそう言ってくる。
「えぇっ!? 本当なんですか……!」
左大公の言葉に驚きながら、それでも、今一つ、納得はし切れていないようだ。
バーナダムは仕方なく口は噤んだが、ムッとしたような表情を崩してはいない。
「それから、どうしたんだい? 牢屋にでも入れられちまったのかい? 自分の身を守るためとはいえ、国の兵士を倒しちまったんだ、あのケミルなら、そうしてもおかしくないだろうし……」
大人しくはなったが、どこかイラついた風のバーナダムを見やりながら、ガーヤはエイジュにそう訊ねていた。
「そうね、右大公は顔を真っ赤にして怒りながらそう言っていたわね、何しろご自慢の軍の兵士が、一介の――しかも女の渡り戦士に倒されてしまったんですもの……」
と、コロコロと笑いながら、
「なのにナーダ様が、『こんな強い女は見たことがない、しかも見場も良いときている、わたしのコレクションとして申し分ない、近衛としてわたしの城に来るが良い』とか、言い始めてしまって……二人で言い合っていたわ、牢屋に入れるんだ、いや、近衛として城に……ってね」
肩を竦め、明るく返している。
「結局、そうやって二人で言い合いをしてくれていたお蔭で、親書を読んでくださった左大公が門まで来てくださって――それで、その場は事なきを得たのだけれどね」
「そうだったのかい……そりゃ、大変だったね」
ガーヤの同情を含んだ言葉に、
「その場は、よ……」
と、エイジュが断りを入れて来た。
「え?」
「本当に大変だったのはその後――城の蔵書を閲覧させてもらえる許可をいただけたのは良いのだけれど、一日や二日で済むような蔵書の量ではないでしょう? これだけ大きな国の城の図書蔵ですもの……依頼主の求めるものを探し当てるのに、結局一週間ほど城に通うことになったのだけれど……」
そこまで話して、エイジュはさらに大きな溜め息を吐いた。
「その間、あたしが図書蔵から出てくるのを待っていたのよ……右大公とナーダ様が代わる代わる、ね」
「なんでだ? 兵士をやっつけちまったのは、お咎め無しにしてくれたんだろ? 左大公がよ」
さぞかし嫌な思い出なのか、エイジュは首を振りながらもう一度溜め息を吐いた。
その溜め息に、バラゴが不思議そうに訊ねている。
「それで済んだら、左大公が『多大な迷惑を掛けた』なんて言いやしないよ、恐らく、しつこく言い寄ってきたんだろう? ナーダが近衛に入れってさ。ケミルの方は、嫌味でも言って来たのかもしれないね、あんたがそれに怒って手を出して来たら、今度こそ牢屋に入れてやろうとでも考えてさ」
「さすがね、その通りよ」
バラゴに向けて言ったガーヤの推測に、苦笑しながらエイジュが頷く。
「そりゃ……大変だったな」
うげぇ――という表情を見せながら、バラゴが同情してくれる。
「まぁね……もう、本当に毎日、図書蔵を出入りする度に――だったものだから、いい加減嫌になって来て、いっそのこと依頼なんて放り出してしまおうかと思ったほどよ」
「面倒くさい奴らだね、ぶん殴っちまえば良かったのに」
「そうね、本当、そうしたかったわ」
「ガーヤ……」
ガーヤとの掛け合いを愉しむように、笑い声を上げながら話すエイジュ。
ジェイダが少し困ったような表情を見せ、ガーヤを窘めるようにその名を呼んでいた。
「あんた……」
不意の呼び掛けに、エイジュ以外の面々が少し驚いて呼び掛けた主を、イザークを見た。
足を止め、わざわざ体を向けるようにして振り返るイザークの眼差しが、少し、冷たい。
「渡り戦士の割には責任感が強いんだな、適当に切り上げたところで、依頼主は知り様がないだろう。それとも――どんなに嫌な目に遭っても、金さえ貰えばそれでいいと思っている、そんないい加減な仕事をするような渡り戦士の連中と同じに、見られたくなかっただけか?」
意外な、イザークの挑発的な言葉に、思わず場に沈黙が奔った。
隣にいるノリコも、彼の冷たい口調に不安そうな瞳を向けている。
エイジュは口の端を少し上げただけの笑みを見せると、
「あなたの言う通りよ、『仕事として依頼を受けている』のですもの、たとえ、依頼主が知り様がなくても、最後まできちんと依頼を全うするのが、あたしのモットーなのよ。それに、そうしてこそ『報酬』と、言えるのではなくて?」
そう返した。
態と強調されたセリフに、イザークがムッとした表情を見せる。
「ふふっ、カルコの町でのお返しかしら? 負けず嫌いなのね」
彼を子ども扱いしているような……そんなエイジュのセリフ。
「…………行くぞ、ノリコ」
「えっ? あ、うん」
イザークはふいっと顔を背けるように踵を返すと、ノリコの腕を取り歩き出した。
拗ねた子供のような態度を見せたイザークに、ガーヤは意外そうに目を見張っている。
「ご免なさいね、彼を、怒らせちゃったみたいね」
皆も、二人に付いて歩き出し始め、エイジュが小声で、ガーヤにそう謝ってくる。
「え? ああいや、謝るようなことじゃないよ、ただ、いつも冷静で、人と関わるのを避けているような子だったからさ――だから、あんな、人を挑発するようなことを言うなんてね……」
先頭を歩くイザークとノリコの背中を見ながら、物珍しそうに返すガーヤ。
その言葉に、アゴルも二人の背中を見やる。
「ところで、何だ? カルコの町でのお返しってよ」
「ああ、聞きたいね、良かったら話してくれないかい?」
バラゴとガーヤが、興味津々でそう訊ねてくる。
「構わないけれど……」
そう言いながら前を歩く二人を見やり、エイジュは少し遠慮がちに、カルコの町での出来事を話して聞かせていた。
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いつもと、少し違う――それは感じていた。
作品名:彼方から 第二部 第六話 作家名:自分らしく