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自分らしく
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彼方から 第二部 第六話

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「もう、数十年も前の話だ……それまでは、ここも平和な森だった」
 この森の『昔』を知っているのだろう。
 そう呟く左大公の表情は寂しげで、少し、辛そうに見える。
 誰もいなくなった集落を支配しているのは静けさ――
 人気のない廃屋が建ち並ぶ場が、これほどまでに寂しく、そして、不気味なものとは……

 ――ドシャンッ!! ガラガラッ

「きゃっ!!」
 静けさを破る突然の物音に、ノリコは思わずイザークの腕にしがみついてしまっていた。
「うへぇ、ひでぇ……上の棚が落っこちてきやがった」
 そう言いながら埃に塗れ、バラゴがすぐ近くの廃屋から出てくる。
「いやあ、何か食い物でもないかと思ってナ」
「あんた、これ何年前の家だと思ってんだ?」
 派手な音を立て、静けさと不気味さを吹き飛ばしたバラゴを、呆れ顔で見るコーリキ。
 そんな彼に、バラゴは持ち前の飄々とした笑顔で応えている。
 恐らく彼なりに、皆の緊張を解そうとでもしてくれたのだろう……
 だが――
「ったく、意地汚い奴だな!」
 一人、彼だけはそんなバラゴの行動に過剰な反応を示した。
「なに?」
「バーナダムッ!」
 そう、バーナダムだけが……
 彼はコーリキの窘めを無視し、ぷいっと、顔を背け皆から離れてゆく。
 そんな彼の行動が、ノリコは何故か心に引っ掛かり、無意識に眼で追っていた。
 エイジュも同じようにバーナダムを、そしてノリコを見ている。
 イザークも多少気になるのだろうか、ノリコに腕を掴まれたまま、バーナダムだけということではなく、辺りの様子を気にするように見回している。

 ――あ

 ノリコはふと、気づいた。

 ――いけない、また……!
「ご免なさい」
 そう言って掴んでいたイザークの腕を放し、自分も彼から少し離れてゆく。
 彼は、何も言ってなどいないのに……
 彼女が勝手に、迷惑なのではないかと気を回してしまっている。
 イザーク自身、ノリコにそう言われるまで、腕を掴まれていることを『なんとも』思っていなかったのに。
 その状態が至極当たり前で、ごくごく自然で、当然であるかのように感じていたのだから……
 だからなのだろうか――少し離れてゆくノリコを見るイザークの瞳が、何とも言い難い色を浮かべている。
 何かを言いたそうで、それでいて言葉が浮かばないような……今の自分の気持ちを表す言葉が見つからないのか、それとも、ただ、言えずにいるだけなのか……

 ただ一つ言えるのは、イザーク自身、ノリコが自分から離れることを『良し』と思ってはいないこと、それだけである。

「この集落があるということは、ほぼ、森の中心まで進んだことになる、みんな頑張ろう、あと半分だ」
 バーナダムの行為で、険悪になりかけていた面々。
 その雰囲気を正すかのように、ジェイダは皆にそう呼びかけ、先へ進むことを促した。
「ここの住人はどこへ行ったんだろうな」
「ジーナ、昔のことはわかんない」
 ジェイダに促されるまま、皆は集落の外、更なる森の奥へと歩を進め始める。
 補修すれば、まだ住めそうな家々に、アゴルはふと疑問を口にしていた。
「きっとさ、化物が現れたから、みんな逃げだしたんだよ」

 ――だと、良いわね

 ガーヤの言葉に、エイジュは心の中で密かにそう思う。
 ここは、『魔の森』――
 そう呼ばれる所以が、必ずあるのだから……

   *************

 集落を抜け、左大公の一行は何事もなく、森を進んでゆく。
 もしかしたら、このまま……
 実は魔の森などという噂は、誰かの出任せだったのでは……?
 そんな、安堵にも似た気運が、皆の間に広がり始めていた。

 だが、魔の森はじわじわと、その恐ろしい顔を現し始めていた。
 気づかれることなく忍び寄り、その触手を伸ばし始めていた……


「ここは、さっきの集落じゃないか……」
「ばかな……直進していたはずなのに……」
 戸惑いと戦きの混じった声音で、左大公の息子たちが呟いている。
 森を抜けるべく、集落を出て只管真っ直ぐに、彼らは進んでいた。
 いや、進んでいたはずだった。
 誰もが初めて通る森、道案内してくれる者はおろか、行き先を示してくれる案内板なども在りはしない森。
 面々は、再び舞い戻ってしまった集落に不吉な予感を覚えながらも、それを掻き消すかのように、道を間違えたのかもしれないと、もう一度、集落を後にする。
 ――だが、その先に待っていたのは……
 またしても見覚えのある建物たち――これで三度目となる集落跡だった。
「閉じ込められた……」
 集落の中央に佇み、バーナダムが顔を蒼褪めさせ、呟いている。
「一度入った者は二度と出られない……あの噂は、こういうことだったのか……」
 力のない彼の言葉に、幾人かは、表情を強張らせてゆく。
「も、もう一度やってみよう……今度こそ、うんと気を付けて……」
「無駄ですよっ!!」
 ロンタルナの提案に、バーナダムは語気を荒げる。
「また同じことを繰り返して体力を消耗するだけだ……ちくしょう、化物なら戦い方もあるのに――こんな……」
 ただ、同じ場所に戻されるだけ……
 仮に、これが化物の仕業だとしても、その『化物』が姿を現さないのでは対処のしようがない。
 彼の言う通り、闇雲に歩き回ったところで体力を使い果たし、やがて、動けなくなることは目に見えている。
「おい、イザーク。何か手はないか」
「…………」
 流石にバラゴも、バーナダムと同じように思ったのだろう。
 御前試合でのイザークの策を思い出したのか、彼にそう問い掛けている。
「分からん、おれもこんなことは初めてだ」
 バラゴの問い掛けに正直にそう返しながら、彼は自分の後方に控えているエイジュを振り返った。
「あんたはどうだ?」
「え?」
 エイジュにそう問い掛けたイザークに釣られ、バラゴも振り返り、怪訝そうに彼女を見る。
 他の面々も、それに釣られるかのようにして、エイジュに視線を向けた。
「……どうして、あたしにそんなことを訊くのかしら?」
 イザークに問われ、エイジュは小首を傾げて訊ね返す。
「アイビスクの臣官長の依頼とやらで、こういう類の話を集めていると言ってなかったか? それに、依頼には、化物退治も含まれているんだろう?」
 イザークの言葉に、納得したかのように『あぁ、そういうこと……』と呟くエイジュ。
「つまり、似たような話、あるいは対処法のようなものを知らないかと、そう言いたいのね」
「そうだ」
 エイジュの言葉に端的に頷くイザーク。
 皆の意識が集まる中、エイジュは顎に手を当てながら、『そうね……』と、暫し考え込むようにして辺りを見回した。
「何処をどう通っても、同じ場所に戻ってくる……こういう『魔の森』の伝説や話というのは意外と各地にあってね、そういう話を仕入れる度に出向くのだけれど、実際に行ってみても、本当に同じ場所に戻されるなんてこと、ほとんどなかったわ」
「ほとんどと言ったな?」
 エイジュの言葉尻を受け、イザークが確認するように訊いてくる。
「えぇ」
 彼の問い掛けに小さく頷き、エイジュはそのまま話を続ける。