ファラジ
「だ〜か〜ら〜〜っ! 根を詰め過ぎないようにしろって、俺は何度も言ってるよなぁ?! あぁ?!!」
床上でぐったりしているアムロの顔の両側に手をついて恫喝まがいの言葉を発するのは、近所のお兄さんとして苦言を言い続けていたカイ・紫電だ。
その後ろには大きく頷きを繰り返す幼馴染のフラウと、その彼氏の座を獲得した隼人が居た。
「もっと言ってやって! カイさん」
「そうですよ。俺達が言っても聞きゃしないんだから、こいつは」
「障害者のお役に立つって事は、すごくいい事だって私も理解はしてるんですよ? でも、製作者が倒れちゃったら、会社は立ち行かなくなっちゃうじゃないですかぁ」
「倒産なんて事になったら、フラウの再就職先。カイさん、見つけてくれますか?」
話の矛先が自分の不摂生から会社の倒産という最悪な方向に走り出したことに、アムロは慌てた。
「ちょっ! 倒産なんて事、ありえないからっ!」
「ありえないって、なんでそんな事言えるの? 実際に制作に携わってるの、アムロだけなんだよ?」
「フラウだって・・・」
「私は事務関連だけでしょ?」
「そ・・・・それは、そうだけど・・・・」
「って事はだ。お前がダウンしたら、何一つ完成品は出来上がらねぇって事だよなぁ?」
再びカイから低く、怒りを抑えたとありありとわかる声がアムロに向けられた。
アムロは床上で器用に首を竦ませる。
「でも、フラウが外皮やクッション材の工場に掛け合ってくれてたりしてて」
「だが、それもお前が現行のままで良いか否かを判断するからだろう? フラウが判断して連絡してるわけじゃないって、俺は聞いてるぞ?」
言い訳は隼人によってリセットされてしまった。
「ぐっ・・・・」
「ア〜ム〜ロ〜〜」
カイの両手がアムロの頬に当てられ、正中に向けてググッと力がかけられた。タコの様に突き出された唇にフラウと隼人は吹き出しそうになったが、カイは眉間のしわを深くした。
「おめぇ、また痩せやがって。頬の肉が無いじゃねぇかっ!」
言葉と同時にパンッと軽い打音がアムロの頬から発する。アムロの目が真円に見開かれた。
「よぉっし、解った! 俺に任せとけ」
カイがフラウと隼人に向けて笑みを向けた。
そして、アムロに向けて凄みのある笑みを向ける。
「「「えっ?」」」
三人が異口同音に同じ言葉を発したのだが、カイが何をしようとしたのかを理解できた人間はその場には居なかった。
そんな出来事から数か月してからだ。
アムロの研究開発所の前に運転手付きの最高級車が泊まったのは。
ご近所さんは何事が起ったのかと遠目に様子を見たが、下車してきた男の姿に女性陣はため息を吐き、男性陣は悔しさを露わにした。
シミも見当たらない白い肌に健康的な色の艶やかな唇。
南の海を思わせる蒼い瞳。
高い位置にある腰が否応なしに足の長さを知らしめる。
太陽光を煌かせた金髪に、コーカソイド特有の彫刻のような肢体を高級素材で作られたスーツが包み込む。
『如何にも一般人とは大きく異なるとわかる男が、この、たぶん、ほぼほぼ、きっと・・・決して儲かっていなさそうな研究所に何の用事??』
住民の感想は、誰もが同じものであった。
そしてその時から、半年以上にわたるアムロの苦行が始まった。