ファラジ
走る車の中では、男-シャア・アズナブル-が意外な人物と鉢合わせをしていた。
「セイラ? 君、何故、この車に?」
当然と言えば当然なのだが意外性に欠ける問いを発した兄に視線を向け、妹でありダイクン社の副社長の任につくセイラは『今日も不成果だった様ね』と判断した。
「彼の言い分ではないですが、いい加減諦めては? この半年、一向に成果が得られていないのですから」
言いにくい事をズバッと口にした妹に、シャアの表情が不機嫌なものになった。
「君は私に盗聴器でも付けているのかね」
「そんな真似をせずとも、かのアムロ・レイの為人ひととなりを聞き及んでいれば、そう言うであろうと容易に判断がついていますわ」
「セイラに言われるまでもなく、色よい返事を貰えないであろう事は対応している私が一番よくわかっている」
「でしたら・・・」
「それでも尚、彼の技術が必要なのだよ」
「何故、そこまでアムロ・レイを」
セイラはアムロの略歴を調査して把握している。
決して最高峰の学舎の卒業ではないし、業績も振るってはいない。ダイクン社が手に入れなくてはならない程の研究開発者とは、どうしても思えないのだ。
だが、その言葉をシャアが全否定する。
「彼の様な発想をする技術者は、当社には存在していない。既存の理論に固執して、チャレンジをしようとしない。
アムロの発想は、既存の理論の対極から思いもかけない到達点を見出してくる。そして、その発想の根底にあるのは、他人の為に。という事だけなのだ。
そんな研究者が存在するかね?わが社に」
「・・・・・」
「いないだろう? だからこそ彼を、アムロを傘下に入れたいのだ。そして、技術振興を手助けしたいのだ。
彼が首を縦に振るまで、私は何度でも、何百回、何千回であろうと訪問するよ」
もっともその所為で、私に代わって会合に何度も出てもらって済まないと思ってはいるのだが、と低姿勢で出られては、それ以上の苦情を言う事が出来なくなってしまうセイラである。
「あまり頑張り過ぎて体を壊さない様にして下さいな」
「おや、嬉しいな。君に心配してもらえ」
「兄様の心配をしているのでは無いわ。倒れられたら、その原因となったと彼が非難を浴びる事になるからです。心根の優しい人柄なのでしょう? 余分な心労を与えるべきではありません」
「あいも変わらず手厳しい。兄の身より、私をそでにしつづけてるアムロの心配とは・・・。だが、彼は私のものだよ、セイラ」
「仕事のパートナーにすらして貰えないうちから所有権を主張するのは、如何なものかと思いますけど?」
「それくらいの気概でトライしているのだよ」
シャアはそう言うと、妹から渡された書類の入った分厚いファイルを開いて、この後に控えている業務の下調べと決済のサインを入れ始める。
その動作に一切の迷いはうかがえない。
採用・不採用の決断は数舜。そして、その決断に間違いがあったためしはない程、シャアの経営者としての手腕は優れている。
(なのに何故、兄さまはあれほどにアムロ・レイに拘るのかしらね)
セイラは支社へ向かう車中で英断を下している兄の横顔を眺めながら疑問符を浮かべたのだ。