ファラジ
3
休日も自分の研究室に籠って完成品の品質向上に頭をひねっているアムロの耳に、来客を告げるチャイムの音が響いた。
「フラウ〜。フラウってば〜〜。出てくれ・・・って、今日は日曜日だった〜〜。くっそー。来客のアポは無かったから居留守使うか」
アムロはチャランポロンと鳴る音を無視してPCと睨めっこを続けたのだが、来訪者も諦める気が無いのか繰り返しチャイムを鳴らし続ける。
こうなると我慢大会の様相を呈して来るのだが、鳴り続けるチャイムが考えに没頭させてくれないのだからアムロの方がネをあげた。
「今日は日曜日で休業日だ! アポも取っていない。帰って貰おうか!」
インターホン越しに来訪者にそう告げると、インターホンの向こう側で『やった〜!』『畜生!!』と対極の叫びが上がる。
その事にアムロの意識が少しだけ来訪者に傾いた。
『アムロ・レイさんですよね? 俺達、ダイクン社のサンフランシスコにある支社から来ました。少しだけお話を聞いていただけないかと』
「ダイクン社? あの鬱陶しい社長の?」
『あ〜〜。何度も何度もCEOがお邪魔していて申し訳ありません。ただ、俺達もあなたの協力が必要だって強く思ったもので』
「作戦を変えてきたって事かよ!」
『ちっ! 違います!! 切らないで下さい』
アムロがインターフォンを切ろうとしたのを察知したのだろう。来訪者が慌てた声を上げた。
『俺達の訪問。上役たちの了承を得ての行動じゃないんです。純粋に、俺達だけの想いで夜行バスに乗ってきたんです』
「夜行バス?」
『可哀想だと思って下さるなら、ほんの少しで良いんです。俺達と話をして下さい』
二人の来訪者は矢継ぎ早に言い募ってきているが、お上品なCEOを相手するより心が動く感じがしたアムロは、入り口の電子ロックを手元で解除すると「入って来いよ。案内のロボットがお出迎えするから」と告げた。
扉の鍵がピーッ!ガシャン!と鳴り、ゆっくりとスライドして開いた。
「「お邪魔しま〜〜っす」」
カミーユとジュドーはちょこっとだけ及び腰になりながら扉をくぐった。
すると、目の前に緑色の球体がバウンドして登場する。
思わずキャッチしようとしたジュドーだが、静電気の様な痺れを感じて手を引いた。
球体は床に静止すると、二つのライトを赤く点滅させて二人をチェックした後、ブルーにシグナルを変えて『オキャク、キタ。アムロ、コッチ。アムロ、コッチ』と、たどたどしい子供のような声と共にころころと転がりだした。
二人は見失ってはならじと慌ててその後について歩き出す。
「あのロボットの外装。どうなってんだろうな。あんなに跳ねてるのにICチップとか配線、トラブル起こさないんだから」
「それに、あんな成りして警備機能も搭載されてんだぜ?」
「警備機能??」
「ああ。触れようとしたらビリッって来たから・・・」
「触って触れない程じゃ無いんだろ?」
「ん〜〜。出力を落としてあるのかも」
「へっ? じゃ、スタンガンって事か?」
「場合によっちゃカウンターショック、所謂AED並みにもUPが可能なんじゃ」
「いい観察眼だ」
球体を追いかけて小走りになりながら会話をしていた二人だったが、開け放たれた扉の向こうから自分達以外の声が聞こえて、会話を中断した。
踏み込んだ先には獣道の様な隙間があるが、目に入るのは複数台のPCと資料や論文の挟まれたファイルや本がキャビネットに収まりきらず床から林立する空間。
「・・・腐海?」
ジュドーがふと頭に浮かんだ単語を呟いた。
カミーユも似たような単語を浮かべていたが、あえて口にしなかった。何故なら、自分の自宅の部屋がかつてそうだったから。
人一人がやっと通れる位の獣道を、緑の球体は林立する物体を揺らがせる事なく奥へと進んで行く。
二人もその後に続いてソロソロと歩みを進めた。
いくつかの小山の横を抜けると、その先に少しだけ開けた空間が存在した。その空間の窓際に、一人の小柄な人影があった。
「ようこそ。ホワイトベース研究所へ。俺が所長のアムロ・レイだ」
窓から差し込む光が男の頭部にあたり、紅茶色の強いくせ毛を暖かい色にしている。
瞳はメイプルキャンディの様で、肌は純粋な白人よりやや黄色味があった。
背丈は二人より少しだけ低い所為か、目線が少し下に行く。
穏やかな声は深みがあり、なんだか癒される気がする。
カミーユは返事も忘れてアムロを凝視していた。
ジュドーの方は周囲の棚や床にある本に視線を向けてきょろきょろとする。
それをアムロは暫し観察し、フッと笑みを浮かべると先制攻撃を仕掛けた。
「好奇心は満たされたかな? 少年達」
「・・・・はぁ??」
「・・・・しょう、ねん??」
「「俺達! 成人してるよっ!!」
異口同音に見事にハモった言葉に、アムロが爆笑した。
その笑顔に、二人の怒りは上昇する事無く霧散する。
陽だまりの様な笑顔だったから
ひとしきり爆笑すると、アムロは目じりに浮かんだ涙を拭うと右手を差し出した。
「よく来たね。折角の休日を半日かけて、こんな片田舎まで」
歓迎の言葉に、二人は交互にアムロと握手を交わした。
この対応がシャアでは為された事が無いと言う経緯を二人が知ったのは、アムロがダイクン社の仲間となってからで、その事にシャアが大層へそを曲げて拗ねまくる事になるのだが、この時の二人はそれを当たり前の様に受け入れていた。<>改ページ
「俺達は、今開発をしている技術の進展に、どうしてもアムロさんの意見を頂きたいと思ってきました」
「会社に研究員は沢山いますけど、俺達の考えを理解して参加してくれる人が居ないんです」
「到底無理。そんな開発は理論的でないし、今の技術では荒唐無稽だって、鼻にもかけてくれない」
「だけどそれじゃあ、改革は生まれないと思ってます!」
「ですから」
「ちょっ! ちょっと待ってくれ!!」
カミーユとジュドーはアムロの手を握りしめたまま口火を切ると、立て板に水の様に話し始めた。
その内容はアムロ自身も言われ続けてきた事だが、それをステレオで一気に言い募られても返答に窮する。
一先ずじっくり話を聞く事にして、アムロは申し訳程度の古びたソファーセットに二人を座らせた。
「コーヒーと紅茶、どっちがいい? あ、日本茶にハーブティもあるけど」
給湯スペースからそう質問すると、日本茶? 日本茶ってあの?? と呟きが聞こえ、「「日本茶で」」と返事が返される。
その一致具合に、アムロは笑いが一向に引かない事にくすぐったさを感じていた。
「俺の半分・・・1/4かな? 日本なんだよ。だから日本茶を常備してるんだ」
テーブルに、強制的に、なかば強引にスペースを作ると、アムロは自分の分も含めて湯飲みを置いて茶菓子を出した。
「これはコメで作った『煎餅』って食べ物。張り付いてる黒いのは『海苔』って海藻な。食べなれない人には紙を食ってるみたいだと言われるけど、健康には良い食材なんだよ。
良かったら食べてみて。日本茶に合うから」
そう言われて、二人は煎餅の袋を各々取った。
袋を開けようとした時、向かいの席にからガコッ!と異音が発せられた。