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On s'en va ~さぁ、行こう!~ 後編

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11.『Vous avez choisi?』(ご注文はお決まりですか?)


カジノ広場のすぐ側にある『カフェ・ド・パリ』はグラン・カジノ程勇壮華麗でないが、モナコの観光地として恥ずかしくない偉容を誇っていた。
元々はレストランで、太陽が出ている時間帯であれば、パラソルの下に並んだいくつものカフェテーブルで食事やお茶を楽しむ地元住民や観光客の姿を見る事ができる。
シュラもモナコを『任務の為』訪問した際はここでランチを取るそうだ。
(味にうるさいアフロディーテが何も言わずに食べるほどだから、その美味さは推して知るべし)
さて夜のカフェ・ド・パリであるが、グラン・カジノ程気張った雰囲気でもなく、また入場料もないので、気楽にカジノの雰囲気を楽しみたい観光客で賑わっていた。
「結構混んでいるな」
シュラはタキシードの上を脱ぐと、蝶ネクタイを外した。
元々堅苦しい格好が苦手な上、カジュアルな観光客の多いこの『カフェ・ド・パリ』では、着飾った姿がひどく浮くのである。
「だが、この雑然とした感触がいい」
根っからのギャンブラーであるシュラは、カフェ内に充満するカジノの香りにどうしても我慢できなくなったのか、ブラックジャックのテーブルに向かう。
ずぶの素人(つまりミロ)をいたぶる前に、少し楽しんでおきたかったのかも知れない。
「折角来たのだから、少々遊んで来る」
「オレとの勝負はどうするんだよ!」
抗議するミロ。シュラは冷ややかにミロの顔を見つめると、煙草を口元に運びながら、
「1時間だけ時間をやる。その間にアテナにしっかりとお祈りしておけ」
「1時間って…シュラがそれだけ遊びたいだけじゃないかよ!」
ミロの反論を聞かず、シュラは事務的にカミュに告げた。
「カミュ、モナコまで来てガキのお守は大変だと思うが、後でルイ・ケーンズでディナーを奢るから勘弁してくれ」
ルイ・ケーンズはオテル・ド・パリにあるミシュランの三ツ星レストランである。
ミロの一ヶ月の給与など、一晩の食事で軽く吹っ飛ぶ。
思わず苦笑するカミュ。シュラのことだ。食事代くらいすぐに稼いでくるに違いない。
「ディーラーに睨まれない程度にな」
「わかっている」
背中を向けたままカミュに手を振り、カジノの奥に消える。
一方ミロ。彼はカフェ内に漂う芳香に腹を鳴らせていた。
夕食を取る前にサガにお仕置きを食らったのである。空腹を覚えても仕方なかった。
「カミュ、腹減った」
カミュは細い眉を顰めると、
「お前、夕食はどうしたのだ?」
「取る前にこっちに来たからな。何も食べていない」
胸を張って答えるような事でもあるまい。カミュは落ち着いた様子で、
「そうか。ではここはレストラン。好きなだけ食べればいいだろう?フランス語がわからない場合、隣のテーブルを指差せば同じメニューを持ってくる」
「そうなのだが」
口籠るミロ。妙に言葉が重い上、ジーンズのポケットに手を突っ込んでせわしなく身体を震わせている。
何となくミロの言いたい事がわかったカミュ。呆れたように大きくため息をつくと、
「食事代は後で返してもらうからな」
「さすがオレの大親友!」
タキシード姿のカミュにしがみつこうとするミロ。
カミュはそんなミロのみぞおちに肘鉄を入れると、何事もなかったかのようにレストランのテーブルに足を向けた。

「ラタトゥイユを3人前。ああ、グラスでロゼを。銘柄は任せる」
「畏まりました」
オーダーを取ったウェイターは一礼してテーブルから下がる。
ミロはカミュと二人きりで食事ができる事が嬉しいのか、テーブルの上で頬杖をつくと子供のようにニコニコ笑っている。
「やっぱりモナコ来て良かったよ」
「何故だ?」
「カミュとこうして二人で食事できるから」
ミロの笑みは屈託ない。自分と食事ができる事を素直に喜んでいる。カミュは大して表情も変えずに壁にかかる名画のレプリカを眺めながら、
「わりと一緒に食事はしているだろう?お前はよくシベリアに来るしな」
「氷河やアイザックがいつも一緒じゃないかよ」
不服そうに頬が膨らむ。同い年の青年の、同い年とは思えない所作に苦笑いが浮かぶ。
「それはお前のわがままと言うものだ。氷河やアイザックがいる事を承知で、お前はシベリアに来るのだろう?」
「でもオレは二人きりで食事したいんだよ」
カミュは決してミロの顔を見ない。何故見ないのかは本人もわかっていないのかも知れない。
「シュラはいいよなぁ。結構一緒に飲みに行っているんだろう?」
言葉の端々から漏れる嫉妬。カミュはようやくミロに視線を向ける。
「そうでもない。駐留期間が重なった時のみだから、月に一度程度か。シュラはアフロディーテと出かける事の方が多いようだが?」
「でもオレよりシュラと一緒にいる事が多いような気がする」
「気のせいだ。シュラは隣の宮にいるからな。その分顔を合わせる機会が多いだけだ」
カミュの言葉は間違っていない。また理由は定かではないが、聖域の駐留期間はシュラと被る事が多いので、(聖域内の噂だが、ミロとカミュを同じ時期に駐留させると、ミロが宝瓶宮に出かけ過ぎてカミュが仕事にならないため、シフトを組んでいるシオンが意識して二人の担当期間をずらしているらしい)嫌でもシュラと顔を合わせる事になる。
「そうか?オレには好き好んでシュラと一緒にいるように見える」
「ミロ」
段々カミュは頭が痛くなってきた。
ミロの感情が子供の独占欲に酷似しているのは、カミュのみならず、周囲の同僚皆が知るところなのだが。
「私はお前をよい友人と思っているが……どうやらお前の話を聞いていると、私とお前の間には認識の違いがあるようだな」
「違うなら、これから狭めていけばいいさ。オレはカミュを一番の親友と思っている。だから……」
テーブルの上に置かれたカミュの白い手が、微かにぴくりと動く。
「カミュもオレを親友と思って欲しい」
ミロの青い目が、カミュの端正な顔を捕えた。その深い青。
弟子の氷河に似た、しかし氷河より深みのある青。
その青に映ったカミュの紅い口元が、綺麗に弧を描く。
「お前は、狡いな」
「何が?」
「それは……」
カミュが何か答えようとした瞬間、礼儀正しいウェイターが3人前のラタトゥイユとロゼワインを運んできた。
「Bon appetit!(どうぞ召し上がれ)」
丁寧に一礼して去っていくウェイター。
ミロはテーブルに並べられた3人前のラタトゥイユの皿をつかむと、相当腹が減っていたのか、ものすごい勢いで食べ始める。
一応最低限のテーブルマナーは守っているが、あまりにもがっついているので他のお客の視線が痛い。
呆れたようにカミュはため息をつくと、
「……もう少しゆっくり食べたらどうなのだ」
「ん~……」
口の周りをトマトソースで染めているミロは、カミュのその言葉を受けるとすぐに、
「腹減ってさ!何にも食べてなかったんだぜ?」
「それはわかるが、あまり子供のような食べ方をするな」
カミュは胸ポケットから紙ナプキンを取り出すと、ミロに差し出した。
思わずミロの動きが止まった。
カミュがそんな事してくれるとは思わなかったので、ミロはフォークを持ったままポカーンと彼の綺麗な顔を眺める。
機会仕掛けのような動きでナプキンを取ると口の周りを拭い、カミュに返す。