オペラ座の廃人
「そこで、ラダマンティス様に音楽を聞く耳を養っていただこうと、ファラオと私で相談し、オペラの要素もあり、ポピュラリティも高いQUEENを聴かせる事にしたのだ」
「ほぉ…」
興味深そうに目を細めるオルフェ。ラダマンティスが上機嫌で歌を歌う姿を見る日が来ようとは、想像すらできなかった。
「ここだけの話なのだけど…」
オルフェはバレンタインの耳元に口を寄せると、小声でゴニョゴニョと何かを囁いた。
それを聞いたバレンタインは一見いつもの通りの無機質な表情を保っていたが、多少心が揺れる事があったのか、瞬きの数が多くなっている。
「まぁ、それは仕方の無い事ではないか?」
「意外だな。もう少しイヤな顔するかと思っていた」
「決まってしまった事は仕方あるまい」
こういう部分はバレンタインはあっさりしている。
「ではラダマンティス様に御報告申し上げた方がいいな」
「いや、それはしなくてもいい」
バレンタインの肩を掴み、彼を制止するオルフェ。
「冥界の機密を、パンドラの許可無しにラダマンティスの耳に入れる訳にはいかないからね」
しかし彼の本心が別にある事は、この嫌味ったらしい笑顔でバレバレである。
「そんな機密を私に話していいのか?」
「だから、ここだけの話って言っただろう?」
口元が必要以上に弛んでいる。バレンタインは大して表情も変えずに資料を机の上に置くと、事務所から出ていった。
これから色々と仕事があるらしい。
オルフェは事務所にラダマンティスと二人になった事を確認すると、足をドンドンと踏みならし、その後軽く両手を打鳴らした。
リズムを字面に起こすと、ドンドンパン、ドンドンパンといった感じになる。
すると…地獄へ道連れを歌っていたラダマンティスが突然立ち上がり、側にあった懐中電灯をマイクのように掴むと、これまた音痴な声で、
♪Buddy you're a boy make a big noise
♪Playin' in the street gonna be a big man some day
♪You got mud on yo' face You big disgrace
♪Kickin' your can all over the place Singin'!
と、フレディばりに歌ってくれるのである。すでにパブロフの犬状態だ。
「面白ーい!!ハハハハハ!」
誰もいない事をいい事に、大声で笑いまくるオルフェ。ああ、本当に冥界に居候していてよかった。
こんな面白い出来事、地上ではなかなかお目にかかれない!
腹がよじれるまで笑った音楽家はラダマンティスのデスクの上にお土産のお菓子を置くと、涙目で詰所から去っていった。