オペラ座の廃人
さて、第二獄ファラオの家。
お土産をファラオに渡すために訪問したオルフェだが、当然のように花畑を見渡せるテラスにてコーヒーをごちそうになっていた。
「ファラオ、随分仕込んだね。ハハハ…あー、面白い…ハハハハ」
「笑いながら話すのは構わないが、私の顔にコーヒーをかけるなよ。
もしかけたなら、借りているNew Orderのボックスセット(注:初回限定生産品につき店頭から無くなったら入手困難)返さないからな」
「う・・・。まったく!本当にイヤな奴だ。ね、ケルベロス」
ベランダで地上土産のペット用ゴム毬で遊んでいたケルベロスだが、自分の主人の悪口を言われていると察すると、グルルと低いうなり声をあげる。
軽く肩を竦めたオルフェはコーヒーを飲み込むと、
「しかし、あのラダマンティスをあそこまで『教育』するなんて、どんな魔法を使ったのさ」
「何、別に大した事じゃない」
ファラオの視線が泳いでいるのは、決してオルフェの気のせいではあるまい。
「…カノンがQueenを聞いていると囁いただけだ」
一瞬、何を言われたかオルフェはわからなかった。
頭の中でノイズと共にトレント・レズナーが歌っている。
「……それだけ?」
「ご期待に添えなくて申し訳ないが、それだけだ」
「そう…」
あの風流な耳を持たないラダマンティスにどのように音楽を聞く耳を叩き込んだのか興味のあるところであったが、非常に期待外れの答えだったので残念がると同時に、ファラオに音楽家として一歩先を越されたのではないかと妙な焦りを感じていたので、ファラオの味気ない答えを聞いてちょっと安心したところもあった。
ファラオはカップをソーサーの上に置くと、
「だがこれに安心するなよ。いつかはお前をぎゃふんと言わせるような曲を書いてやるからな」
その口調は仲のいい友達と張り合う子供のよう。オルフェは受けてたちましょう!とにっこり笑うと、
「でも気が向いたら今度一緒にバンドやろう。今年はハロウィンパーティーやるみたいだから」
「面白そうだな」
ファラオもにっこり笑うと、カレンダーに視線がいった。
そういえば、もうすぐオペラ観劇の日だ。それなりに支度をしないとならない。
「ラダマンティス様にもそろそろお支度をして頂かないとな。ウィーン国立の桟敷席といったなら、正装しないと入れないだろう」
まるでバレンタインのような事を真面目な顔で言う。
親愛なる上司に恥をかかせてはならないと、ファラオなりに考えているようなのだ。
その件に付いてオルフェは言いたい事があったのだが、真剣なファラオの顔を見たら言えなくなってしまい、
「そうだね…いい公演になるといいね……」
と、コーヒーカップを掴んで遠い目をするだけであった。